2004/05/17 - 2004/05/28
32012位(同エリア47320件中)
明石DSさん
でっかいだろう・・・三峡ダムを見に
私が乗った船
一等船室、二人部屋を一人で借りる。
日本人は私一人、他、白人が少々
その他は中国人ツアー客
船は満員だった。
-
2004.平成16年5月20日(木)
■石宝寨観光・・・所要時間は1時間だけ
昼の1時から次の観光地「石宝寨」というところに行く。
港から近いが急勾配の階段を上り、時間も往復1時間。眺めは良かったが汗だくになって降りてきた。 -
■石宝寨観光
これで今日の観光は終了らしい。
夜の11時頃からの白帝城観光と言うのがあるらしいのだが、私は「不想去=行きたくない」と断った。 -
■石宝寨観光
中国人旅行者は、大金をはたいてやっとの旅行者も多いのだろう・・・きついスケジュール、過酷な環境なんて何のその馬力はあるタフだ。 -
三峡下り
石宝寨の帰りに小さなジャガイモを1元買って船に戻った。これが結構美味かった。 -
三峡下り
船に戻り、ロビーのソファーに座っていた損な性分の小姐と話をした。
22歳、重慶人、兄が一人で、給料は1000元程。自分が行った一番遠い所は武漢で、やはり海は見ていない。感冒でしんどいらしい。最近はこの仕事も暇だと言っていた。 -
2004.平成16年5月21日(金)
三峡の朝日
■小三峡旅遊
今日も確か6:00起床と言っていたのに5:00にドアを叩いて起こされた。
朝起きたら大きなネズミが部屋の窓際からドアのほうに横切って行った。ゴキブリも2匹這っていた。
こんなのは当たり前で写真で写せば汚さは映らないが、こんな私の部屋が最高の船室であり以下は想像できる。 -
■小三峡旅遊
ボチボチ起きて5元の朝飯を食いに行った。
マントウとおかゆの朝飯は食える。今日はこれから小三峡の観光に船を乗り換えて出かけるのだ。 -
■小三峡旅遊
船着場に待ち構える物売りのおばちゃんたち・・カメラ・望遠鏡、その他を売っていた。
8元が6元、6元が5元になってゆく -
■小三峡旅遊
いつものようにみんなにはぐれないように付いて行ったが、船が違ったらしく引き返す。 -
■小三峡旅遊
今日も人が延々と続く、これだけの観光地の賑わいは中国人も豊かになった証拠なのか?あの黄金周に来ていたらどれだけの人ごみだったのだろう。 -
2004.平成16年5月21日(金)
■小三峡旅遊
小三峡の景観も今まで見たことの無い風景だった。
両側にそそり立つ巨大な岩壁。まさに自然が作り出した壮大な芸術作品であり、その規模の計り知れない大きさに圧倒される。 -
■小三峡旅遊
只、眼を川面にやれば時折ゴミの帯が流れている。すぐにそれらも川の濁流に飲み込まれ何事も無く元の川に戻るのだが・・・。 -
■小三峡旅遊
それを目にするときは“げっそり”する。ゴミだけではなくこの巨大な川と豊富な水量は、何もかも呑み込み消化してしまうかのようだ。 -
だからこそ人間どもは、その無限の浄化作用に期待してすべてを投げ込む。
しかし、その大河に二つものダムを作った。それによって損なわれる浄化能力は計算出来る物ではないはずだ。 -
このとうとうと流れる大河を見ていると、その堰きとめることの罪悪が想像も出来ない。
きっと大河は悲鳴をあげているだろう。ヘドロの堆積は一体どうなるのか?人間の計算なんて当てになどならない・・・。 -
2004.平成16年5月21日(金)
小三峡が終わり船を下りて自分たちの船に戻る途中、ちまきのような物3個入1元(14円)と昨日の小さなジャガイモ蒸かし1元、それにパンケーキのような物(2元)を買って船に戻る。 -
ちまきとジャガイモ・・・船の飯より美味かった
これが私の昼飯だ。それから夜の三峡ダム見学まで、船の中でまたゆったりした時間を過ごしていた。 -
私はガイドの言う時間を守る。
私たちのグループもそうだった。しかし、その他の団体の中にはいい加減な奴が多く、時間どおりには行かない。 -
まあそれが中国なのだろう・・・誰も文句も言わない。みんなが揃うまで待っている。船のロビーも一夜明ければ床はゴミの山だ。
タバコの吸殻は床に全部捨てている。灰皿に入れる習慣も無いのだろう。初めて見るときは唖然とするがすぐ見慣れる。
そして、こんな国にはなりたくない・・なってはいけないと思う。 -
■愚かな巨大な壁を見る
堰き止められた長江が眼前にあった。 -
2004.平成16年5月21日(金)
■愚かな巨大な壁を見る
まず私たちの乗ったバスはダムの下流側に停車し、ダムを見上げて左手に長江を見ながら大きな巨大な壁を眼前にした。 -
コンクリートの壁の何箇所かの放水口から水煙を上げながらゴーと言う音と共に水は吐き出されてゆく。
こっち側サイドのダムは完成しているようで工事の形跡はなく、対岸の方が水煙で見えないが完成を目指してライトを煌々と照らしながら昼夜の工事が行われているようだ。 -
ダム湖の水位と下流側の水位の高低差は175メートルにもなるらしいが。
資料によると
『5段で海抜67.8?、第4段で105?、第3段で125.6?、第2段で135?にまで達した。完成後は第1段で175メートルまで上がるが、いまの段階では第2段で水面が同じになり、通過できる。』 -
・・・今でも5.4.3.2と4階建てのドックに入り水位を合わせて船は階段を上り下りしなければならない。
要する時間は2時間半と言われているが、これは最短で待ち時間があれば当然加算される。半日掛りという状況もあるらしい。 -
11時頃から演舞があった。
ダム公園から少し離れたグランドで
三国志時代の騎馬での戦いを再現するものだ。少し離れた観客席のあるグランドに行ったら、若者が当時の武者姿で馬に乗ってウォーミングアップをしていた。 -
こんな夜遅くに騎馬の演舞とは
人間も馬も大変だろう。20頭ほどの騎馬に乗った戦士が敵味方に別れての騎馬戦である。 -
見ごたえがあった。
-
2004.平成16年5月22日(土)
■三峡下りの終着、宜昌にて
3時間遅れの午前3時頃に宜昌に着いたようだった。7時に下船のつもりで仮眠状態だったが、何故か?5:00に起こされる。
それに他の部屋の掃除や通路の掃除など始まっているので騒がしく、もうこれ以上寝れる気はしなかった。
ボチボチ下船準備をし部屋の外に出たら何の事は無い、まだまだロービーのソファーや椅子などでグーグー寝ている連中もいた。
私とはやはり神経の太さが違う、こんな状況でもマイペースで寝れなければ中国では健康に?生きては行けない。
心身とも強靭でなければ、長くは生きては行けない。そんな動物自然界の掟の中にあるようだ。今の日本人はそういう意味ではすべてに過保護で弱くなっていることを実感できる。
■下船
7時頃、ほとんど乗客も去り、ひっそりとした船をあとにしたが船着場には案の定、紙に私の名前を書いて出迎えてくれるはずの旅行社の人間の影もなかった。
宜昌での担当者の電話番号は書いてあったが、携帯もなくテレフォンカードもなく、まずはどうしようと思案していた所、この船の私の担当者だった小姐が買い物から船に戻るのに出くわした。
彼女がどこまで私をサポートするように言われていたのか知らないが、事情を知って自分の携帯で連絡をとってくれた。そして、10分後には行くと言う返事があったが、結局30分くらいして迎えの男は車で現れた。
その担当者が私が聞いていた張宝華(Zhangbaohua女性)という人間とは違っていた。そして小姐と別れ私は彼の車に乗った。
迎えの男の名前は「何先強=Hexianqiang」名刺には、湖北省宜昌市陽光旅行社:接待部主任と言う肩書きが書いてある。
ようは、この男も一匹狼の副業で提携先の旅行社の使い走りや、客引きをやっている男のようだった。年齢は40代、私の年を聞いて「あんたは私の兄貴だ」なんて言っていた。
この胡散臭い男が迎えに来てくれ、私としてはすぐに契約先のホテル、金利源酒店に連れて行ってくれる予定だったのだが・・・何故か?又、分けの分からない建物の前で車は止り、2階に事務所があるから付いて来いと言う。
分けが分からないまま付いて行くと、旅行社らしき汚い事務所になっておりパンツ姿の兄ちゃんと若い男も一人いた。
そのパンツか半パンか分からぬ姿の兄ちゃんが、
私を椅子に座らせ「もっといいホテルを紹介する・・・こっちは最近出来たホテルで同じ三星だから・・」と言うので、
私は「最初のホテルで良いから・・・」と言っても、二人して散々勧めるので・・まあ同じ三ツ星なら、まあ好きなようにしろと思って、「そこでも良いよ」と言った。
しかし、彼がそのホテルに電話したら値段に合う空き部屋がちょうど無かったらしく断られたようだった。
それで私も「このままで良いから早く連れてゆけ・・」と言ったが耳を貸さず、今度は又別のホテルに電話をしていた。
これも同じ三ツ星らしく・・こっちが良いからと言う。こうなってはどうでも良いと思い「そこで良いから・・」と返事をした。
「三峡賓館」これが結局一泊220元×2日=440元(6160円)の私の宜昌でのホテルになった。
奴らは220元を一体いくらで契約したんだろう。下請けから下請けへ・・・。
中国の旅行社の仕組みの一端が分かった。駅前の客引きも、事務所を構えた旅行社もやることは大差ない。
言葉もしゃべれない個人の日本人旅行者が奴らを使いこなすことは、まず無理だと思った。 -
■李静との出会い
しばし休憩のあと、又、例によって(笑)女性の運転手を探しに街に出る。結構ぶらぶらしたが見つからず、見つけても遠かったり、反対車線だったり・・と。
30分以上ぶらぶらしていたが、女性らしき運転手が私の右手の方向の道路を同じ進行方向で通りかかった。
これこそ互いに“運命の一瞬”でもある。宜昌と明石、何で、今、ここで巡り会うのか?
私は窓を開けたまま走っているタクシーに向かって中国人のように「wei!=ウェイ!」と大きな声で呼んだ。
彼女は気付いてこっちを見て、そして止った。
私は、やおら乗り込んで、一呼吸置いてから「包5個小時多少銭?=5時間貸切いくら?」と聞くのである。
言葉の変なおっさんに、誰しも戸惑うだろうが・・見るからに誠実そうな男(私です=ホント)だから、嫌な顔はあまりされた記憶はない。まず、その時相手が聞いてくるのは、「どこへ行くの?」と言うことだ。
そりゃあ5時間と言っても片道2時間半走りっぱなしと、市内ぶらぶらと全然違うから。私は、その時いつも「市内観光ぶらぶら、そして昼になったら一緒に飯を食おう、おいしい店を紹介して、おごりますから」なんてことを言う。
彼女は150元(2100円)と言った。重慶より50元安いので値切りもせず、それで頼むと言って先に100元支払った。
後から聞いたのだが・・・この“ウェィ!”と言う呼びかけには中国人だとしか思えなかったと言っていた。彼女の名前は李静42歳、ご主人も重慶での劉容と同じように運転手だった。
子供は22歳の息子で当兵(軍人)だったが今は除隊して、専門学校に通っているということだった。
李静は劉容より、少し??したたかだったが、今回の旅もまったく偶然に出会った彼女たちのお陰で楽しかったし中国語の勉強にもなった。 -
2004.平成16年5月22日(土)
■三峡下りの終着、宜昌
三峡の起点で長江を望む -
もう昼も過ぎていたので「昼食を食べに行こう・・」と行ったら、李静はあっさり観光地の入り口にある料理店を指差し、ここに行こうと言う。
私は今までの経験では、「こんな観光地の料理店は高いだけだから・・町に戻って食べよう・・」そう言ってくれる女性が多かったのだが・・・。まあいいやと思って入った。
料理は鍋料理で、これと言って変わったものは無いのか?何を食っているのか?良くわからないが、料金は120元(1680円)とやはり今までは一番高いと思う。
タクシー5時間貸切150元だから・・・。
「仙人渓」の前で食べた、今日の昼食120元(1680円) -
■葛州ダム
次は、ここは行きたかった所で、葛州ダムに行った。三峡ダムに先駆けて完成している少し下流に掛かるダムである。地元の人間はこの二つのダムを葛州土貝(Gezhouba=ガージョウバ)と三峡大土貝(Sanxiadaba=サンシャーダーバ)と呼んでいた。
ここは貯水量は三峡ダムより遥かに少ないのだろうが、船はやはりゲートに入って水位を調節し航行する。入場券20元を買ってダムに入った。
そして、このダムにいた観光客相手の写真屋のでっかいおばちゃんこそが、「あんたは好きだけど日本は嫌いだ!」とはっきり私の前で、でかい声で言った唯一の中国人“おばちゃん”である。
彼女は南京虐殺のことも言っていた・・・が。
中国人は真実は知らない。
このおばちゃんにも
「共産党は駄目だ。共産主義は大嫌いだ」と言うと、それ以上何も言わなくなった。
今、何故?こんなに貧しく、こんなに苦労が多いのか・・・そのはけ口を豊かな日本に向けている。
そして、薄々誰しも分かっている。薄々ではなくはっきり分かっているのだろう・・・まともな人間は。 -
2004.平成16年5月23日(日)
再び三峡ダムの観光に行く
■三峡工程遊(三峡ダム観光)
重慶で契約した宜昌での旅遊だ。
費用は150元(2100円)一日旅遊かと思っていたが、半日で昼食も付いていなかった。 -
でも、良かった。じっくり明るい時に、この旅の目的でもあった三峡ダムを見ることが出来たのだから・・・。
万里の長城以来の大土木工事、発電だけでもアスワン・ハイ・ダム(エジプト)の八倍の能力、
日本の全部のダムの貯水量合計の2倍以上・・・ダム堤建設ポイントから遡ること約六三〇キロメートル上流の重慶まで、
実に東京―姫路間の距離に相当する細長いダム湖・・等など。 -
その聞き及ぶ巨大さは見ても感じない。
水位が上がる前を知っている人は、変貌が実感出来るのだろうが。
完成の暁には、今より更に40メートルくらい水位が上昇するようだ・・・。
175〜177メール分が沈むのだ。三峡下りの最中、両側にそんな水位を示す標識が数多く立っていた。フーンである。 -
2004.平成16年5月23日(日)
三峡ダムにて
■絵葉書売りの少女
バスが停まるたびに少女が本と絵葉書を持って、観光客に差し出しながら売っていた。
この少女は、商売熱心ではないのかも知れない。バスが来るとやって来て商品を差し出し、バスが行くと所定の場所で座って待つ。
一日の稼ぎはどのくらいになるのか?見ている限りでは、売れていないのに、黙々と繰り返していた。
こっちが思うほど、彼女自身は辛くも無く、熱心でもなく。どうでも良いのかも知れないが・・何故か?その光景を見ていると・・・・。 -
2004.平成16年5月23日(日)
客待ちする宜昌市内でよく見かけたバイクタクシー
■サラバ愚かな壁よ
二回に渡り思う存分三峡ダムを見た。
当初の旅の目的を果たした満足感がある。どう見ても、こんな物は“要らない物”にしか見えない。
長江を遮る二つのダムが無ければ、どんなにこの大河は堂々と意気揚揚と海にその水を注ぎ込むことだろう。
長江の喘ぎ苦しむ悲鳴なのか?そこに息づく魚たちの悲鳴なのか?それが放水口から噴出す音と混じり合って聞こえるようだ。
三峡ダムがいつの日にか彼らの逆襲にあい決壊する時が来る想像をしてしまう。三峡の愚かな壁よ・・・サラバである。 -
宜昌駅。
重慶での契約は、総額1589元(22246円)で前金で950元(13300円)支払った。
その内、ここまで消化したのは、
三峡賓館の二日分220元×2=440元+三峡ダム旅遊費150元+武漢までのバス代100元=計690元である。
と言うことは、これから先奴らを無視すれば、
950元−690元=260元(3640円)の損失で終わる。
学習代だと思えば安い物だ、又、奴らと駆け引きすることも学習にはなるだろうが、うんざりだし。
と思って、「武漢に着けば迎えが来ているはずだ。もし迎えが来ていなければ、ここに電話してくれ」とさっきの事務所で、又、最初と違う電話番号を教えられており、もうお前等の相手なんぞしないと心で決めていた。 -
バスはいつ出発なのか?まだ客はまばらだった。
確か3:30頃出発した。
その時は客は三分の一くらいだったが、バス停が何箇所かあり、結局満員になった。私の横には太った気のいい“おばあちゃん”が座った。 -
■初の長途汽車(バス)の旅
かくして私の中国初の長距離バスの旅はスタートした。
高速道路に乗り一路武漢に。オンボロバスに高速といってもコンクリート道路で、状態は悪い。
あっちこっちで補修しているが、百年前の補修方法か?と思うような、遣り方だ。
しょっちゅう工事で車線減少もある。車も多くは無い。途中一回だけサービスエリアに停まり、トイレ休憩があった。
それなりに店屋もあり、GSもあり、それ風だ。トイレもまあましな方だった。
しかし、高速道路上でも子供が歩いていたり、人が横断していたり・・面白い光景を目にする。 -
2004.平成16年5月24日(月)
■武漢にて
市内に入ってから三箇所目くらいのバス停で、ほとんどの人間が降りようとしたので、若しかしたらここが終着駅ではないと思ったが、もし終着駅まで行って、旅行社の奴が迎えに来ていたらうっとうしいと思い、適当にそこで降りた。
宜昌で乗るときに例の宜昌の旅行社の奴がこのバスの女性車掌に私のことを“日本人で駅に着いたら迎えが来ているはずだから”・・・なんてそんなことを話していたので。
ちょうどその車掌が客の荷物を降ろしていたので、黙って出て行った。やっとこれでうっとうしい旅行社の奴らと手が切れたのである。 -
2004.平成16年5月25日(火)
■黄鶴楼へ
長江大橋を渡った。
武漢に掛かるこの橋は、長江で一番初めに出来た橋だそうだ。
「第一做的大橋」「毛沢東做的」初めて作られた橋だ、毛沢東が作ったと・・武漢滞在中、この大橋を渡る度にタクシーの運転手は説明してくれた。
武漢人にとって余程の自慢の大橋なのだろう。
ちなみに2番目は南京に掛けられたらしい。でも南京の橋は二重構造になっていなく、この武漢の長江大橋は下に鉄道が通っている。
この橋に差し掛かると左手前方に武漢の象徴でもある黄鶴楼がそびえていてる。
なかなかの景色だ。ガイドブックでよく見ていた、この景色を今、実際にこの地に来て見てるのか・・・と感慨ひとしおになるのだ。 -
黄鶴楼の入場券は50元(700円)今回の旅行中一番高い料金だった。
いくら存在感があるといっても姫路城に比べれば、貧弱この上ないのだが。8回行った中国の旅で、歴史を感じる旧跡に出会ったことはほとんど無い。 -
■黄鶴楼から写す
何が?4000年の歴史なのか?
それとも文化大革命の時に破壊し尽くされたのか?
知らないが、この黄鶴楼も元は三国時代に建てられた木造のものらしいが、現在の物はエレベーター完備の1981年再建されたコンクリート製のものだ。 -
まだ木造の旧跡に出会った記憶は無い。
今日も熱い、30度を楽に越えている熱さだと思う。 -
2004.平成16年5月26日(水)
■武漢
朝の河川敷公園は人に溢れ、そこらの中国でよく見る公園の風景のように、グループでダンスに興じたり、太極拳をしたりの人たちで賑わっていた。 -
■武漢
今日の朝食は、豆乳2杯1元(14円)と名前は知らないが薄いピザのような物1元:計28円を買ってまだ開いていない事務所の階段で座って食う。
うまかった。 -
■武漢
漢方医の診察風景をもう一度見に行った。
道路まで患者が椅子に座って順番を待ち、その奥には医者が座って患者の脈をとっている。
昨日も今日もしばらく見ていたが、診察は患者との問診と脈をとるだけだ。服を脱ぐわけでもなく、只ひたすら患者と会話しながら手首の脈をとっている。
この医者は人気があるのか今日も、外まで患者が椅子に座って順番待ちだ。三分診療というのではなく、一人に掛ける時間も長い。
診察が終わればすぐに漢方の調剤をしてもらって帰る。脈と表情と問診でどれだけの病気が分かり、治療が出来るのだろうか?私も言葉さえ分かれば一度診察して欲しかったが・・・。 -
■武漢
アヒル、ウサギ、鶏、ハト、その他、
これらは商品であり、生き物ではなく
まぎれもなく食い物だ。
暑苦しく瀕死の状態のようであった。 -
■武漢の求人看板
武漢だけではなかったが、街のあちこちに求人看板が立てかけてある。
それを見ると、給料は職種によって違うが、一ヶ月400元(5600円)〜600元(8400円)という職もざらにある。
一日の給料ではなく、一ヶ月の給料だ。ようするに中国人の低所得者層の給料は、日本人の一か月分が年収にもならない人たちがざらにいるということだ。
日本人の1年の年収は彼らの年収の10年〜20年分になってしまう。日本人の一ヶ月の収入がである・・・。
三峡下り
上海:重慶から武漢:船と汽車の一人旅
了
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ajiajiroさん 2006/06/15 22:41:16
- 力作、拝見致しました。
- 明石DSさん、こんにちわ!
なかなか盛り沢山の旅行記、楽しく拝見致しました。
しょうもない中国人も大勢いますが、何故か好きな中国…
そんな感じですかね?
これからも、よろしくお願い致します。
- 明石DSさん からの返信 2006/06/16 07:43:08
- RE: 力笹就拝見致しました。
- ajiajiro様
書き込みありがとうございます
仰るとおりです
何故か?オモロイ中国の旅・・・です
何でもOK(気疲れしない)、安い、近い、が、私にとって一番の魅力のような気がしますが
姿かたち、文字が似てても、異文化のギャップ体験がオモロイです
こちらこそ宜しくお願いします
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