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貧乏客船の35日(5) <br /><br /><br />シンガポールは白っぽい高層ビルが立ち並ぶ、<br />結構美しい町だ。 <br />そしてぼくたちはその美しい町並みをちょっとそれたところの路地裏のラーメン屋に入った。<br />ラーメンはうまかった。無茶にうまかった。<br />ただ、あれは何の肉だったのか…<br /><br /><br />サイゴン4月23日〜4月25日シンガポール<br /><br />船は波静かなボルネオ海を南下してシンガポールに向かった。<br />船が蹴立てる波のほかには波らしい波もなく、右にも左にも緑の島の眺めが絶えることのない、穏やかな南の海の航海が続いた。<br />シンガポールにはサイゴンから二日目の昼過ぎに着いた。<br />カンボジュ号の日本人三等船客はぞろぞろとシンガポールの町に繰り出した。<br /><br />町はとても蒸し暑くて参ったが、町並みはなかなか清潔で、熱帯樹が爽やかにざわめいていた。<br /><br />でも、結局またぼくたち三人はいつの間にか一行とはぐれ、<br />ちょっと怪しい雰囲気の裏通りに入り込んでいた。<br />「腹へりませんか?」<br />と北川が言い出した。<br />昼食は船で済ませてきた。でも、<br />「軽くやったら入るな」<br />「そやな、ラーメンぐらいならな」<br />「よし、あそこに入ろう」<br />ということで、三人は小汚い一軒のラーメン屋に入った。<br />五つばかり粗末なテーブルを並べた客席は一応屋根の下にあるが、その客席から丸見えのキッチンは露天の、中庭ふうの場所にある。<br />ちゃちなステンレスの流し台や調理台が並ぶキッチンの、地面がむき出しになった床には、白い鶏の羽が一面に散らばっているほか、締められて白目をむいた鶏の死骸がいくつも転がり、気の弱い人ならとても食事どころの雰囲気ではない。<br />気は、三人ともとても弱いことがサイゴンでの女の一件で立証されたのだが、<br />どういうわけか三人が三人ともこれにはまったく動じない。<br />「あの鶏の死骸の手前に何か落ちてるやろ」<br />「うん、なんやろなあ、何かの足みたいやけど」<br />「足やなあ。何の足やろ」<br />「豚かなあ」<br />「ちょっと小さすぎるで。羊やろか」<br />「いや、シンガポールに羊はおらんやろ」<br />「とすると……」<br />「犬」<br />「うん、まあそれやな」<br />「犬、食うんかなあ」<br />それらの素材をゴム長の足で無造作に除けながら忙しそうに立ち働く中国系コックの動きを眺めながら、<br />そんな会話が転がった。<br /><br />ラーメンはしかし、上等だった。<br />「おお、うまいやないか!」<br />「うん、うまいなあ」<br />「この店は当りやったな。ちょっと汚いけど」<br />汚いのは「ちょっと」なんかじゃなかったが、三人は感動のうめき声とともに、大きなエビと、そして「何か」の肉のたっぷり入ったラーメンを、汗を拭き拭きむさぼった。<br />ぼくたちの脇で古い扇風機がギコギコときしみながら必死に風を送ってきた。<br />中途半端な時間だから、ほかに客はいなかった。<br /><br />食ったあとは三人とも面倒になってタクシーに乗った。<br />タクシーはあっちで曲がりこっちで曲がりしながら港に向かった。<br />「おい、こんなに曲がったか」<br />「いや、港からほとんどまっすぐやったなあ」<br />「おかしいなあ」<br />行く手にカンボジュ号の白い船体が見え始めた頃、ぼくたちはいっせいに気付いた。<br />「やられたな」<br />「そうらしいな、くそーっ」。<br />目いっぱい回り道をしてメーターを稼がれたのである。<br />「まあええか。ラーメン無茶に安かったし」<br />という北川の一言が、ぼくたちのちょっと割り切れない思いを何とか収めてくれた。<br />そういえばあのラーメン代は、ぼくたちの常識ではいくらなんでも安すぎた。<br /><br />ただ、あの肉は何の肉だったか、ということについては、今も未解決のままである。<br /><br /> <br />       <br />

35日の船旅? シンガポールのラーメン

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1970/04/24 - 1970/04/25

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KAUBE

KAUBEさん

貧乏客船の35日(5) 


シンガポールは白っぽい高層ビルが立ち並ぶ、
結構美しい町だ。
そしてぼくたちはその美しい町並みをちょっとそれたところの路地裏のラーメン屋に入った。
ラーメンはうまかった。無茶にうまかった。
ただ、あれは何の肉だったのか…


サイゴン4月23日〜4月25日シンガポール

船は波静かなボルネオ海を南下してシンガポールに向かった。
船が蹴立てる波のほかには波らしい波もなく、右にも左にも緑の島の眺めが絶えることのない、穏やかな南の海の航海が続いた。
シンガポールにはサイゴンから二日目の昼過ぎに着いた。
カンボジュ号の日本人三等船客はぞろぞろとシンガポールの町に繰り出した。

町はとても蒸し暑くて参ったが、町並みはなかなか清潔で、熱帯樹が爽やかにざわめいていた。

でも、結局またぼくたち三人はいつの間にか一行とはぐれ、
ちょっと怪しい雰囲気の裏通りに入り込んでいた。
「腹へりませんか?」
と北川が言い出した。
昼食は船で済ませてきた。でも、
「軽くやったら入るな」
「そやな、ラーメンぐらいならな」
「よし、あそこに入ろう」
ということで、三人は小汚い一軒のラーメン屋に入った。
五つばかり粗末なテーブルを並べた客席は一応屋根の下にあるが、その客席から丸見えのキッチンは露天の、中庭ふうの場所にある。
ちゃちなステンレスの流し台や調理台が並ぶキッチンの、地面がむき出しになった床には、白い鶏の羽が一面に散らばっているほか、締められて白目をむいた鶏の死骸がいくつも転がり、気の弱い人ならとても食事どころの雰囲気ではない。
気は、三人ともとても弱いことがサイゴンでの女の一件で立証されたのだが、
どういうわけか三人が三人ともこれにはまったく動じない。
「あの鶏の死骸の手前に何か落ちてるやろ」
「うん、なんやろなあ、何かの足みたいやけど」
「足やなあ。何の足やろ」
「豚かなあ」
「ちょっと小さすぎるで。羊やろか」
「いや、シンガポールに羊はおらんやろ」
「とすると……」
「犬」
「うん、まあそれやな」
「犬、食うんかなあ」
それらの素材をゴム長の足で無造作に除けながら忙しそうに立ち働く中国系コックの動きを眺めながら、
そんな会話が転がった。

ラーメンはしかし、上等だった。
「おお、うまいやないか!」
「うん、うまいなあ」
「この店は当りやったな。ちょっと汚いけど」
汚いのは「ちょっと」なんかじゃなかったが、三人は感動のうめき声とともに、大きなエビと、そして「何か」の肉のたっぷり入ったラーメンを、汗を拭き拭きむさぼった。
ぼくたちの脇で古い扇風機がギコギコときしみながら必死に風を送ってきた。
中途半端な時間だから、ほかに客はいなかった。

食ったあとは三人とも面倒になってタクシーに乗った。
タクシーはあっちで曲がりこっちで曲がりしながら港に向かった。
「おい、こんなに曲がったか」
「いや、港からほとんどまっすぐやったなあ」
「おかしいなあ」
行く手にカンボジュ号の白い船体が見え始めた頃、ぼくたちはいっせいに気付いた。
「やられたな」
「そうらしいな、くそーっ」。
目いっぱい回り道をしてメーターを稼がれたのである。
「まあええか。ラーメン無茶に安かったし」
という北川の一言が、ぼくたちのちょっと割り切れない思いを何とか収めてくれた。
そういえばあのラーメン代は、ぼくたちの常識ではいくらなんでも安すぎた。

ただ、あの肉は何の肉だったか、ということについては、今も未解決のままである。


       

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