2006/05/03 - 2006/05/05
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ケントマイルドさん
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何が望郷編なのかはさておいて、昨年に引き続き再びコラートへショートトリップ。周りの人間(日本人もタイ人も)からは、「何でコラートなんだ!」と不振な目で見られているが、この街が好きなんだからしょうがない。「バンコクも好きだけど田舎町も好き、よってコラート」と、訳の分からない三段論法でいざ出発。
日本で世話になったタイ語の先生(あんちゃんだが・・)に会うのも楽しみの一つだ。事前に食事の約束も取り付けたが、どうせ”スイカジュース”かなんかで乾杯で終わりだろうと思っていたら、最強の相棒を連れてきたのには嬉しい誤算であった。
ともあれ、コラートへの旅、懐かしさが蘇る。
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5月3日。
昨夜(厳密には午前2時)台湾経由でバンコク着。素泊まり用に予約したスイスパークホテルで、しっかり朝食バイキングを食べた。正午のチェックアウトの前に、明日行くコラートへの切符を買うために一旦外出。ホテルのフロントの女の子に「パイ ホランボーン」と告げると、「旅行バックはどうした?」と日本語で突っ込まれる。いくらなんでもバック忘れるバカな旅行者は居ないよ。「切符・・買う・・」と不思議な日本語で答える。
子供の頃、親の田舎に帰るのによく上野駅を利用した。あの時と同じ・・何て言うかこの雑踏、構内アナウンス、汽笛の音。 -
窓口は結構人が並んでいて待たされた。どのような基準で窓口が分かれているのか分からないが、せっかく順番が来た窓口で「ここは違う、あっち!」と無念の言葉。(タイ人も結構間違えていた)
時間はいっぱいあるからと並び直し、最前で購入している人を観察するのも楽しかった。ファランのおばあちゃん、人の3倍ぐらい時間かけて粘っていたが・・結局買わず。同胞(日本人)の青年、流暢なタイ語でチェンマイ行き寝台券をゲット。そして私の番。外人用インホメーションセンターでもらった時刻表を指差し、「プルンニー、コンディアオ」とつたないタイ語で言うと、即座に英語で「フル!」だと。なんだよ、端末機ぐらいたたいて調べろよ。状況が判断できない外国人が故の不条理(オーバーか・・)に後味の悪さを後にしてホテルへと戻る。
「またバスで行くか・・・」 -
翌日、5月4日。
どうせならとVIPバス(3列シート)がないかと探したが、結局昨夏も利用したこのバスにお世話になった。198B也。 -
少し遅めのバスでだった。11時50分出発。前から2列目、以前もこの席だったような気がする。(外国人用確保席か?)道中は映画(DVD?で鮮明)を見て2時間半はあっという間に過ぎた。タイ語なので言葉はほとんど判らないが、ストーリー単純で表情だけ観てどんな事しゃべっているか推察するのも楽しかった。若夫婦、奥さんピーで時々暴れる。どこからか祈祷師(仙人みたいな爺さん)やって来て鎮める。村に平和戻る、めでたしめでたし。
終点の第2バスターミナルに到着。ここまで乗車していたのは私とここから先の田舎(失礼)に行きそうな重そうな荷物を沢山持っていた数名の人々。コラートの街中の人達は、少し手前のショッピングセンター近くの賑やかな所で降りてしまった。というのも、街中で渋滞しそれを抜けるのに30分以上かかった。
本日の宿に荷物(といってもデーバック)を下ろし、約束の時間まで・・・、マッサージでも受けようと思ったが疲れていたのでベットに横になる。 -
ナイトバザールで食事。ここは以前来た場所(ガイドブックに載っている)と違い、常設の飲食・食料品が中心の地元の人が通うマーケット。そういえばコラートでは暗くなってからの街頭での屋台は都会(バンコク)のようにはあまり見かけない。やはり集中してこのような場所で営業しているのだろう。野球場1個ぐらい入る広大なスペース。駐車場も広い。シマタニホテルから鉄道を越えて、どこまでもまっすぐ続く国道を少し行った所にある。
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周りでは家族らしき人達が食事をしていた。街中のナイトバザールと根本的に違うところは落ち着いていること。若いアンちゃん達もあまりいないし、観光客(ファラン)も皆無。現地駐在の日本人はやはり街中の高級(もしくは日本料理)レストランに行くのだろうか。
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そして我々は「スイカジュース」で乾杯。(察した通り・・・)
それはさておき、例によって先生とはホテルのロビーで再会を果たす。今回は友達を連れて来ていて紹介されたが・・この人、男?女?秋葉原でよく見かけるオタク系みたいな・・元会社の同僚で日系企業だったので「日本語」が少ししゃべれるらしい。お互いに「タイ語」「日本語」でそれぞれ質問バトルを繰広げたが、この勝負は3ラウンド持たずに私のTKO負け。あっちの日本語レベルの方が上だった。この時点でも、この人男?女?オカマ?だったのだが・・・アルコールが進むにつれ、話も多方面にわたりだんだん様子がつかめてきた。小学生の子供がいる母親、つまり女性。子供は日本の漫画が好きで「原書?」で読んであげるとか・・やさしいママ。
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先生は・・・しょげていた。
半年前に始めた電機部品の店、業績不振のため早くも撤退。1ヵ月後には店舗を引き払うので、自慢の「日本語教室」も既に自宅を改造して移転済みとの事。なんだ、タイミング悪い時に来ちゃったなぁ、先生。人生はそんなに甘くないと説き、キミにはキミの道があると説いてあげた。隣の「おかぁちゃん」のように、強くたくましく生きるんだよと。
それでも、大学の講師のほうは受講生も数名いるらしく頑張っていた。なんといっても例の「日本語教室」、生徒が20名いるそうである。まあまあの盛況じゃん。翌日の授業に講師として招待されたが・・「さっきのバトル見てたでしょ」・・丁重にお断りする。私ごときが・・先生に恥をかかせても悪いので。 -
飲むだけ飲んで食事をしなかったので、帰りにフルーツ売り場に寄った。ここは売り場が広いためか平積みにして同じ種類のものでも価格差をつけて沢山売っていた。中でもマムアンは、「こんなに種類があるんだ!」と驚くほどだった。「一番甘いのちょうだい」と言ったら一番高いのを買わされた。市場原理だわな・・・。
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【翌朝】
ホテルでの朝食会場。宿泊客は地元の人がほとんど。バイキング形式で種類も豊富で満足した。 -
昨夜買ったマムアンを食後のデザートに。
自分で皮をむこうとしたがなかなか出来ない。何も言わないのに、ウエイトレスさんがやって来て調理場に持って行きこのような姿になった。感謝である。一人で2個は食べれないので、残り1個をそのウエイトレスさんにさしあげた。「これは、一番高いマムアンですよ」とタイ語で言ったら笑っていた。あれっ?礼を言われるべきところを大笑いされたということは・・意味通じてなかったな。まぁいいか。 -
ホテル正面を望む。大通りに面しているものの写真のように50メートル程奥に引込んでいるので静か。ただし隣はディスコが併設されていて夜は若者がうろうろしていた。客室に音は漏れず問題なし。ホテルのオーナーは空軍関係者らしく、それらしき写真がロビーに沢山飾ってあった。
ホテルの名前「ラチャブルック・グランド」(だったかな)。発音しずらくて(覚えにくくて・・)参った。日本から直接電話を入れて1200B也。
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大通りを望む。写真中央が「T字路」になっていて、向かって右に折れると、第2バスターミナル方面。
3回目のコラートにして初めて・・・青い空・灼熱の太陽、くらくらするほど暑い。 -
とりあえず3度目も「タオ・スラナリ様」へお参りする人にお参り?さえぎるものが無い熱さなので、早々と木陰へ逃げ込む。
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ここは供物を売っている所だが、木陰だしそこはタイ、さまざまな人種がいた。
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大きな木の下で、みんな朝から涼んでいる。のんびりとした時間。子供相手にアイスキャンディーを売る親爺だけがせわしく動く。挙句に私にまで「買うか?」とばかりに無言で突き出す。せめて「ウィ」とか「カップ」とか言葉を発して接しろよ、犬や猫じゃないんだから。そんなとけてるアイスなんかいらねぇよ。
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涼む場所を変えるため移動。ここは供物売場の反対側。ステージがあってこのように歌っている。それもなりきった格好で見ている私(外国人)にも異様な雰囲気が読み取れる。歌っている歌詞が理解出来れば良いのだが・・・何なんだろうここは。観客ゼロ、私がカメラを向けるとしっかりとこのポーズ。
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ここはそのステージの裏側。ここは怪しいオヤジ達が涼んでいて、自分でも変な所に来て失敗したなと思った。ただ、類は類を呼ぶで、みんなタバコをふかしていたので私もここで一服する。「ジッポーライター」や「デジカメ」を出すと案の定寄って来て、私が多少のタイ語を話すと「仕事はトヨタか?」「いつタイに来た」「日本は寒いのか」など他愛もない質問攻めにあった。昨夜のバトルを考えるとこのぐらいのレベルなら・・・すべて答えたよ。この怪しいオヤジ達も話しているといい人達で・・、楽しかった。
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またもやこのレストラン(食堂)で一休み。朝食はホテルでたんまり食べたので、”甘すぎるアイスコーヒー”でのどを潤す。
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さてと、バンコクに戻るかと、タオスラナリ像を後にして第一バスターミナルの方へ歩き出す。途中、大きな市場がありそこに「バイクタクシー」がたむろしていた(写真)。この暑さだし、バイタクに乗って行こう、コイン(タイバーツ)の在庫一掃を兼ねてと思い1バーツコインを1枚づつ(せこく)数えていたら・・・・
後方の売場から「○×△◇さぁーん!(私の本名)」と日本語で呼んでいる声がした。振り向くと「なんだ、昨日のおかぁちゃんか」と驚きもしたけどこんな偶然に双方感激の再会。 -
市場の道路に面した店(線香とか花等供物関係)だった。小銭をせこく数えていた一部始終を見られていたことになる。というか、ここで立ち止まらなければと思うと・・。
今日は休日なので店を手伝っているとの事。Tシャツにエプロン姿になると、しっかり「タイのおかあちゃん」じゃない。昨日はちょっぴり疑っちゃったりして失礼致しました。
最後に「写真を撮るよ」というと、隣の売場の友達もよんでこの写真。 -
いやー、今回もいろいろ有って楽しかった。また来るからね・・・。
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バスターミナルの切符売場にて。
液晶画面に写っているのは、これから乗るバスの座席表。青い部分が座席で、空席が一目でわかる。また、どんな人が座るのかマンガ的な絵で表示されている。その絵が結構リアルな表現で、老若男女の区分が一目瞭然。これって日本にもあるのかなぁ。へたすると人権問題・・あまり深刻に考えない、マイペンライの世界だな。
コラート望郷編。この次にはいつ来ようか・・。
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この旅行記へのコメント (2)
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- コンSPANさん 2006/05/17 22:52:29
- この人?
- ケントマイルドさん、右の方・・・・先生?ちょっと太られました?左の方が最強の助っ人?
- ケントマイルドさん からの返信 2006/05/18 00:25:49
- RE: この人?
- そうです、最強の助っ人。先生の元会社の同僚です(あいつ、社会人してたのか?)。日系企業に勤めていたので、パサーイープンがニッノイ。でも私のパサータイより上。先生の分までビールを飲んでいた。日本語で「もち米の上のマムアンは食べれますか?」とか「日本人はどうしてカラオケが好きなのですか?」などあれこれ質問されて参った。コンタイはそんな事を気にしているのかよと勉強にもなりました。今までに無い貴重な経験をしました。
これからもう少し写真をアップして、この旅行記を完成したいと思います。その時は、また覗いて下さい。
ちなみに今日は今、帰って来ました。今日はこのまま寝ます。(ローカルな話題で済みません・・・)
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