1999/03 - 1999/03
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たまさん
私が初めてドイツへ行ったのは1999年春の卒業旅行のときです。
1991年の初海外でヨーロッパへ行ったとき、オーストリアやスイスなどのドイツ語圏がとても居心地が良かったので、次回はぜひドイツへ行こう!と思っていました。でもまさか、以後毎年欠かさず行くようになってしまうとはこの時は自分でも思ってませんでしたが…。
当時はデジカメなど持っておらず、今のように写真をいっぱい撮ることもしていなかったのであまりいい写真は持ってないのですが、スキャンする機会を得ましたので何枚かアップしていきたいと思います。7年も経つと結構懐かしかったりします。
まずはフランクフルト到着後、旧西エリアを南下してミュンヘンまで。
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出発は閉鎖直前の成田第1ターミナル南ウィング。
半月も海外に行く、しかも友人は一緒だが個人旅行で…ということでちょっと緊張した感じであります(笑)今やどこへ行ってもこんな気持ちは味わえないのが悲しい…。
この時は直行便など乗れるわけがなくソウル乗換のコリアンエアで行きました。ビビンバ臭いとか当時も酷評されてたわけですが、結構快適だった記憶があります。 -
フランクフルト空港駅。
当時は長距離駅はできてなかったので、今の近距離駅に客車特急が豪快に入ってきてびっくりしました。
S-Bahnに乗って市内へ。 -
今回の旅行はユースホステルを渡り歩くことになっていて、初日はフランクフルトのユースで宿泊しました。
しかしフランクフルトのユースは良くも悪くも大規模ユースで、初日から大部屋で寝るというのは海外2度目の自分にはちょっときつかったなあ…。
飛行機疲れもあって朝から張りがない感じですね…。 -
この日はフランクフルトをちょっと観光。
今だったら上も見上げず通り過ぎてしまう高さ95mの大聖堂も「おー、さすがドイツ!」と感動してました…。
でも、ゴシック様式の赤き大聖堂は改めて見ると街のランドマークとしての存在感は抜群だなと思います。 -
この後、ゲーテハウスを見て、ゲーテ広場のゲーテ像を見て駅へ向かいましたが、まあフランクフルトはあまり見るところないですね。
不勉強なものでゲーテについて学習することもなく渡独してしまったものであまり覚えておりません…。 -
フランクフルト中央駅。
ここからはずっと列車の旅です。 -
駅構内は写真で見ただけのドイツ鉄道の機関車、客車がいっぱい!おー、これがドイツの鉄道かと思ってあれこれ写真を撮りまくりました。
後から見ると、この写真の111型なんて近郊客車を引っ張る機関車であまり価値はなかったりしますが…。
ただこの頃は旧東西ドイツ国鉄時代からの塗装をした車両がまだ多数派で、何でも真っ赤になってしまった今よりは楽しかったです。 -
最初に向かった先はハイデルベルクです。
自宅にたまたま貼ってあった哲学者の道から望む旧市街のポスターに一目ぼれして以来、一度行ってみたいと思っていました。友人はこういうミーハーな趣味は持ち合わせてなかったので行く気ゼロだったようですが押し通しました(笑)
駅は市内から離れていて思いのほか近代的な建物でした。 -
廃墟然としているが歴史を感じさせるハイデルベルク城を見学。
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中庭を取り囲む建物をバックに記念撮影。
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城は半分廃墟と化していて思ったほどではなかったけれど、テラスから見下ろす市内の景色は素晴らしかったです。
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ゆるやかに流れるネッカー川を背後に従い、広がる赤い屋根の街並み…素晴らしいです。
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反対側の哲学者の道へ行き、旧市街を一望します。
本当に一面赤き街…。ポスターで憧れていた景色が目の前に広がっていました。
月並みですが、まさにドイツらしき景色に感動です。
廃墟然としたハイデルベルク城も、良きアクセントになっています。 -
ハイデルベルクからはECで今日の宿泊地ミュンヘンへ向かいます。
牽引する機関車は当時まだ各地で現役だった103型電気機関車。今日は残念ながら新塗装でしたが本で良く見たドイツ鉄道のエースが目の前にいるとは信じられない思いでした…。
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