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 広州、桂林、離江下り、陽策<br /> 2000年2月26日〜3月1日<br /><br /> 2月26日から3月1日まで桂林へ旅行してきた。漓江流域に聳え立つ奇山、珍山が織りなす光景は3時間程の船旅を退屈させない素晴らしい川下りであった。こういう奇山、珍山はカルスト地形と呼ばれるところにみられる風景だという。<br /> <br /> カルストのできかたは先ず<br />1) 約3億年前、赤道付近で海底火山が噴火を始めた。<br />2) 約2.5億年前、噴火のやんだ火山の山頂付近に珊瑚礁が発生し、厚く積み重なって石灰岩の地層を作った。<br />3) 約1.5億年前に珊瑚礁を載せた海底火山は移動するプレートに運ばれて海溝に沈み込み、堆積物と混合し山体が削り取られた。<br />4) 約二百万年前に始まった地球の造山活動で海底が隆起した。<br />そして石灰質で出来た地形は雨水に含まれる二酸化炭素に溶かされて削りとられこのような奇岩、珍岩が形成されたと考えられている。<br /><br /> 鋸歯状の地形(カレンフェルト)と擂鉢状の窪地(ドリーネ)とがあるがここ桂林のものは鋸歯状のものである。日本では山口県の秋吉台、北九州の平尾台、四国カルストがあるが、ここ桂林を中心とする漓江流域の広大な地域に途切れることなく続く景観に比べればその規模において全然太刀打ちできない。<br /><br /><br /> 今まで経験した川下りで今回ほど風景を堪能したことはなかった。<br /><br /> 漓江下りの終着港陽朔県で一泊して翌日「世外桃源」と称する観光地へ行った。川に囲まれた田園の中には少数民族が木造の建物に民族衣装を纏って自給自足の生活を送っている。観光客が舟で通ると川べりの舞台へ民族衣装を纏って現れ民族舞踊を踊って歓迎してくれる。<br /> <br /><br />  周囲には鋸の歯状の奇岩でできた山々が連なり、地味豊かな緑の田畑には折から赤色の桃の花がそちこちに咲き誇っており、木々は淡い緑色の新芽を一斉に萌え出していた。川では女性達が砧を打って洗濯をしていたり、男が投網を打って漁をしていたりする。庭先には鶏や豚が餌をついばんでいる。一見別天地の観があり、陶淵明が桃花源記に描いた理想郷さながらののどかな田園風景が展開されていた。<br /><br /> しかしよく考えてみれば、彼が描いた桃源郷には現在のように観光客が群れをなして訪れることもなくひっそりとしていたことであろうし、ましてや展示館に伝統の機織り機を持ち込んで若い娘が機織りを実演してみせたりということはなかったであろう。観光事業は手っとり早い外貨獲得の手段である。<br /><br />  開放政策実施以来俄に作られたと思われる休憩所や土産物売り場の建物は新築間もないものであり、トイレが清潔に管理されていた。そして民族衣装を纏った娘はしたたかに写真のモデルになりたがる。ここでも商業主義、拝金主義の汚染が始まっていた。<br /><br /> 漓江下りは竹江という港から始まる。カルスト台地に形成された山並の形は鋸歯のように鋭く奇山、珍山を見学しながら川下りを楽しんだ。この打ち続く景色に一時間ばかり飽かず見惚れているとやがて、冠岩の鍾乳洞に到着した。ここで一旦下船して鍾乳洞を見学した。とても大きな鍾乳洞で、天井から垂れ下がった鍾乳石や石筍は保存状態がよく折れたりしているものは少ない。<br /><br />様々な形をした自然が作り出す芸術作品を鑑賞しながら洞内を歩いていくとやがて洞内湖に到着した。そこには舟が用意されていて10人づつ乗り込んで真っ暗な中を船縁に設置された照明で四囲を照らし出しながら湖を航行するのである。<br /><br />物音のしない静寂の中、細いトンネル状の穴を通り抜けたりしながら10分間ほど洞内を巡った。聞こえる物音は船頭が操る櫂の水音だけである。観光客も静まりかえっている。閉鎖された空間なのであたかも地獄へでも船出するかの如き錯覚に陥るスリリングな体験であった。<br /><br /> 元の場所へ必ず帰れるという安心感があるから平気で乗っていられるが、初めてここを航行した人は余程勇気のある人だったに違いないと変なことに感心しながら洞内巡りを終了した。ニュージーランドでは鍾乳洞の中を舟で航行しながら土蛍を鑑賞したが、ここではそのような生物はなにもいなかった。再び漓江船上の人となり陽朔までの船旅は続いた。<br /><br /> 桂林での風景を堪能して桂林空港から広州空港へ飛んだ。機中はその過半が初老以上の日本人観光客の団体であったが、中に一際目立つ異様な集団があった。西洋人の若い夫婦がいずれも乳幼児を抱いており、その数10数人に及んでいた。こんなに沢山乳幼児を連れた集団を見かけたのは初めての経験であり、最初は健康優良児を競う世界大会でも開催されてこれへ出場した人々かな等と勝手に想像していたが、若い母親の子供を抱く手つきがなんとなくぎこちないし、嬰児の顔をみると明らかに東洋人の顔つきである。そこではたと気がついた。これは子供の生まれない若い夫婦が集団で中国を訪問し、養子縁組を無事済ませて帰国するところなのだと。<br /><br /> ガイドの話の中に中国の近年の発展は目ざましいものがあるが、山村地区と沿岸地区での経済格差には甚だしいものがあり、山村の貧しくて子供を養いきれない親とか一人子政策に反して間違って多く子供を生んでしまった夫婦達が子供を捨てることが多くなったという。捨て子を集めて育てている孤児院には欧米の子供のない若夫婦が養子を貰いに訪れるというのがあった。これはまさしくその里親達の集団だったのである。<br /><br /> 東南アジアを旅行していて、一番厭な思いをするのは乞食にまといつかれることと、しつこく押し売りをする物売りの集団である。中国でも都会地の北京や上海ではあまりみかけなくなったが、田舎の観光地にはこの乞食としつこい物売りがまだ多い。<br /><br /> 陽朔の町では物売りが掏摸を兼ねているというから物騒である。今回の旅行ではこの物売りに悩まされた。<br /><br /> 最近日本にも百円ショップができて意外に安い掘り出し物を見付けることもあるが、過半は中国製のものが多い。観光地の物売りは大体千円を最小単位としてこれに品数を増やして商いをしている。しつこい物売りから逃れてバスに逃げ込むと窓辺へ寄ってきてダンピングが始まる。3枚千円であった刺繍のテーブルクロスが7枚で千円に増えたりする。そこで欲の皮の張った日本の小母さん達が引っかかる。7枚買った筈のテーブルクロスが受け取ってみると5枚しかなかったり、大きさが随分ちいさな物にすり替えられたりしているが、金を渡したあとだから気がついたときは後の祭である。したたかな物売りと欲の皮の張った小母さん観光客のやりとりはちょっとした見物ではあった。<br /><br /> 広州は広東省の省都で珠江流域に開けた城郭都市であった。近くには深川、珠江三角州という、いち早く1979年に経済開放特区に指定され躍進著しい衛星都市を従えている。目下近代化へ驀進中の経済都市である。町中至るところに建設用クレーンが建ち並び今まさに街中普請中という感じのある活気溢れる都会である。人工千百万人を抱えているがそのうち四百万人は内陸部らの出稼ぎ労働者であるという。<br /><br /> 古くは海上シルクロードの起点ともなった町なので、城郭の北端にある越秀公園の高台には鎮海楼という8 階建ての博物館が佇立している。今はサッカー場や高層建築が建ち並んでいるので市街地を見晴るかすことはできないが、字義通りここは珠江交通と海上交通の見張りの場所として設置されたものである。<br /><br /> 今は博物館に転用されている。この博物館のコレクションの一つである紫檀でできた飾り棚に陳列されている寿大石製の手の込んだ彫刻や翡翠の飾り物など明代の骨董品が7 〜8 点展されていた。飾り棚とそこに収納されている宝物一式はこの博物館を改修するための費用として売りに出しているのだという。邦貨88万円の値がつけられていた。ガイドは戸棚から無造作に宝物を取り出して手に持って説明するし、第一博物館のコレクションを売りに出すこと自体が日本人の感覚では理解できない驚きであった。<br /><br /> 食は広州にありとはよく言われる。食べ物にはあまり興味も関心もない。食事に頭を煩わせ時間を費やすのが厭でパック旅行によく参加するのだが、今回の旅は美味しいものを三食食べられたのでとても楽しかった。四つ足は机の足以外は何でも食べると言われる広州人の食文化は逞しくもあり素晴らしいと思う。大阪の食い倒れに匹敵する食文化がここには根付いているようだ。<br /><br /> <br /> <br /><br /> 広州では飲茶料理を堪能した。地元の大衆がよく集まるレストランは大変な賑わいであったが, 蒸籠に入れて供される料理は品数も多いし美味いものが多い。<br /><br />  骨つきの鳥の脚先や鶏冠までには満腹で手が伸びなかった。子豚の丸焼きもこの広州で堪能することができた。北京のペキンダックと広州の子豚の丸焼きはいずれも中国を代表する名采の誉れが高い料理である。料理では中国の影響を強く受けているタイのバンコックでも子豚の丸焼きは最高のもてなしだと言われている。タイでは豆電球が目の所につけられて供されるがここ広州では豆電球がついていなくて安堵した。だが、人間の残酷さも感じながら食した夕食であった。<br /><br /> 桂林の街は広西省の景勝地であるが、歴史は古い街である。古くは紀元前214年に秦の始皇帝が広東・広西地方を統一し、この地方に霊渠という運河をめぐらせた時まで遡る。宋代には広西地方の政治文化の中心地として賑わいをみせていた。1921年に孫文が北伐をする際には独秀峰城内に拠点を構え

水墨画の世界奇山、珍山の絶景を堪能し、桃花源に遊ぶ

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2000/02/26 - 2000/03/01

44959位(同エリア47331件中)

0

19

早島 潮

早島 潮さん

 広州、桂林、離江下り、陽策
 2000年2月26日〜3月1日

 2月26日から3月1日まで桂林へ旅行してきた。漓江流域に聳え立つ奇山、珍山が織りなす光景は3時間程の船旅を退屈させない素晴らしい川下りであった。こういう奇山、珍山はカルスト地形と呼ばれるところにみられる風景だという。
 
 カルストのできかたは先ず
1) 約3億年前、赤道付近で海底火山が噴火を始めた。
2) 約2.5億年前、噴火のやんだ火山の山頂付近に珊瑚礁が発生し、厚く積み重なって石灰岩の地層を作った。
3) 約1.5億年前に珊瑚礁を載せた海底火山は移動するプレートに運ばれて海溝に沈み込み、堆積物と混合し山体が削り取られた。
4) 約二百万年前に始まった地球の造山活動で海底が隆起した。
そして石灰質で出来た地形は雨水に含まれる二酸化炭素に溶かされて削りとられこのような奇岩、珍岩が形成されたと考えられている。

 鋸歯状の地形(カレンフェルト)と擂鉢状の窪地(ドリーネ)とがあるがここ桂林のものは鋸歯状のものである。日本では山口県の秋吉台、北九州の平尾台、四国カルストがあるが、ここ桂林を中心とする漓江流域の広大な地域に途切れることなく続く景観に比べればその規模において全然太刀打ちできない。


 今まで経験した川下りで今回ほど風景を堪能したことはなかった。

 漓江下りの終着港陽朔県で一泊して翌日「世外桃源」と称する観光地へ行った。川に囲まれた田園の中には少数民族が木造の建物に民族衣装を纏って自給自足の生活を送っている。観光客が舟で通ると川べりの舞台へ民族衣装を纏って現れ民族舞踊を踊って歓迎してくれる。
 

周囲には鋸の歯状の奇岩でできた山々が連なり、地味豊かな緑の田畑には折から赤色の桃の花がそちこちに咲き誇っており、木々は淡い緑色の新芽を一斉に萌え出していた。川では女性達が砧を打って洗濯をしていたり、男が投網を打って漁をしていたりする。庭先には鶏や豚が餌をついばんでいる。一見別天地の観があり、陶淵明が桃花源記に描いた理想郷さながらののどかな田園風景が展開されていた。

 しかしよく考えてみれば、彼が描いた桃源郷には現在のように観光客が群れをなして訪れることもなくひっそりとしていたことであろうし、ましてや展示館に伝統の機織り機を持ち込んで若い娘が機織りを実演してみせたりということはなかったであろう。観光事業は手っとり早い外貨獲得の手段である。

開放政策実施以来俄に作られたと思われる休憩所や土産物売り場の建物は新築間もないものであり、トイレが清潔に管理されていた。そして民族衣装を纏った娘はしたたかに写真のモデルになりたがる。ここでも商業主義、拝金主義の汚染が始まっていた。

 漓江下りは竹江という港から始まる。カルスト台地に形成された山並の形は鋸歯のように鋭く奇山、珍山を見学しながら川下りを楽しんだ。この打ち続く景色に一時間ばかり飽かず見惚れているとやがて、冠岩の鍾乳洞に到着した。ここで一旦下船して鍾乳洞を見学した。とても大きな鍾乳洞で、天井から垂れ下がった鍾乳石や石筍は保存状態がよく折れたりしているものは少ない。

様々な形をした自然が作り出す芸術作品を鑑賞しながら洞内を歩いていくとやがて洞内湖に到着した。そこには舟が用意されていて10人づつ乗り込んで真っ暗な中を船縁に設置された照明で四囲を照らし出しながら湖を航行するのである。

物音のしない静寂の中、細いトンネル状の穴を通り抜けたりしながら10分間ほど洞内を巡った。聞こえる物音は船頭が操る櫂の水音だけである。観光客も静まりかえっている。閉鎖された空間なのであたかも地獄へでも船出するかの如き錯覚に陥るスリリングな体験であった。

 元の場所へ必ず帰れるという安心感があるから平気で乗っていられるが、初めてここを航行した人は余程勇気のある人だったに違いないと変なことに感心しながら洞内巡りを終了した。ニュージーランドでは鍾乳洞の中を舟で航行しながら土蛍を鑑賞したが、ここではそのような生物はなにもいなかった。再び漓江船上の人となり陽朔までの船旅は続いた。

 桂林での風景を堪能して桂林空港から広州空港へ飛んだ。機中はその過半が初老以上の日本人観光客の団体であったが、中に一際目立つ異様な集団があった。西洋人の若い夫婦がいずれも乳幼児を抱いており、その数10数人に及んでいた。こんなに沢山乳幼児を連れた集団を見かけたのは初めての経験であり、最初は健康優良児を競う世界大会でも開催されてこれへ出場した人々かな等と勝手に想像していたが、若い母親の子供を抱く手つきがなんとなくぎこちないし、嬰児の顔をみると明らかに東洋人の顔つきである。そこではたと気がついた。これは子供の生まれない若い夫婦が集団で中国を訪問し、養子縁組を無事済ませて帰国するところなのだと。

 ガイドの話の中に中国の近年の発展は目ざましいものがあるが、山村地区と沿岸地区での経済格差には甚だしいものがあり、山村の貧しくて子供を養いきれない親とか一人子政策に反して間違って多く子供を生んでしまった夫婦達が子供を捨てることが多くなったという。捨て子を集めて育てている孤児院には欧米の子供のない若夫婦が養子を貰いに訪れるというのがあった。これはまさしくその里親達の集団だったのである。

 東南アジアを旅行していて、一番厭な思いをするのは乞食にまといつかれることと、しつこく押し売りをする物売りの集団である。中国でも都会地の北京や上海ではあまりみかけなくなったが、田舎の観光地にはこの乞食としつこい物売りがまだ多い。

 陽朔の町では物売りが掏摸を兼ねているというから物騒である。今回の旅行ではこの物売りに悩まされた。

 最近日本にも百円ショップができて意外に安い掘り出し物を見付けることもあるが、過半は中国製のものが多い。観光地の物売りは大体千円を最小単位としてこれに品数を増やして商いをしている。しつこい物売りから逃れてバスに逃げ込むと窓辺へ寄ってきてダンピングが始まる。3枚千円であった刺繍のテーブルクロスが7枚で千円に増えたりする。そこで欲の皮の張った日本の小母さん達が引っかかる。7枚買った筈のテーブルクロスが受け取ってみると5枚しかなかったり、大きさが随分ちいさな物にすり替えられたりしているが、金を渡したあとだから気がついたときは後の祭である。したたかな物売りと欲の皮の張った小母さん観光客のやりとりはちょっとした見物ではあった。

 広州は広東省の省都で珠江流域に開けた城郭都市であった。近くには深川、珠江三角州という、いち早く1979年に経済開放特区に指定され躍進著しい衛星都市を従えている。目下近代化へ驀進中の経済都市である。町中至るところに建設用クレーンが建ち並び今まさに街中普請中という感じのある活気溢れる都会である。人工千百万人を抱えているがそのうち四百万人は内陸部らの出稼ぎ労働者であるという。

 古くは海上シルクロードの起点ともなった町なので、城郭の北端にある越秀公園の高台には鎮海楼という8 階建ての博物館が佇立している。今はサッカー場や高層建築が建ち並んでいるので市街地を見晴るかすことはできないが、字義通りここは珠江交通と海上交通の見張りの場所として設置されたものである。

 今は博物館に転用されている。この博物館のコレクションの一つである紫檀でできた飾り棚に陳列されている寿大石製の手の込んだ彫刻や翡翠の飾り物など明代の骨董品が7 〜8 点展されていた。飾り棚とそこに収納されている宝物一式はこの博物館を改修するための費用として売りに出しているのだという。邦貨88万円の値がつけられていた。ガイドは戸棚から無造作に宝物を取り出して手に持って説明するし、第一博物館のコレクションを売りに出すこと自体が日本人の感覚では理解できない驚きであった。

 食は広州にありとはよく言われる。食べ物にはあまり興味も関心もない。食事に頭を煩わせ時間を費やすのが厭でパック旅行によく参加するのだが、今回の旅は美味しいものを三食食べられたのでとても楽しかった。四つ足は机の足以外は何でも食べると言われる広州人の食文化は逞しくもあり素晴らしいと思う。大阪の食い倒れに匹敵する食文化がここには根付いているようだ。




 広州では飲茶料理を堪能した。地元の大衆がよく集まるレストランは大変な賑わいであったが, 蒸籠に入れて供される料理は品数も多いし美味いものが多い。

骨つきの鳥の脚先や鶏冠までには満腹で手が伸びなかった。子豚の丸焼きもこの広州で堪能することができた。北京のペキンダックと広州の子豚の丸焼きはいずれも中国を代表する名采の誉れが高い料理である。料理では中国の影響を強く受けているタイのバンコックでも子豚の丸焼きは最高のもてなしだと言われている。タイでは豆電球が目の所につけられて供されるがここ広州では豆電球がついていなくて安堵した。だが、人間の残酷さも感じながら食した夕食であった。

 桂林の街は広西省の景勝地であるが、歴史は古い街である。古くは紀元前214年に秦の始皇帝が広東・広西地方を統一し、この地方に霊渠という運河をめぐらせた時まで遡る。宋代には広西地方の政治文化の中心地として賑わいをみせていた。1921年に孫文が北伐をする際には独秀峰城内に拠点を構え

  • 離江下りの基点武江港

    離江下りの基点武江港

  • 離江下りで目撃する珍山・奇山のひとつ

    離江下りで目撃する珍山・奇山のひとつ

  • 離江下りで目撃する珍山・奇山のひとつ

    離江下りで目撃する珍山・奇山のひとつ

  • 離江下りで目撃する珍山・奇山のひとつ

    離江下りで目撃する珍山・奇山のひとつ

  • 離江下りで目撃する珍山・奇山のひとつ

    離江下りで目撃する珍山・奇山のひとつ

  • 桃花源 <br /><br />

    桃花源

  • 桃花源 <br /><br />

    桃花源

  • 桃花源 <br /><br />

    桃花源

  • 桃花源の工芸センター <br />

    桃花源の工芸センター

  • 桃花源の工芸センター <br />

    桃花源の工芸センター

  • 桃花源の工芸センター <br />

    桃花源の工芸センター

  • 桃花源の工芸センター <br />

    桃花源の工芸センター

  • 冠岩の鍾乳洞の中で

    冠岩の鍾乳洞の中で

  • 子豚の丸焼きもこの広州で堪能

    子豚の丸焼きもこの広州で堪能

  • 広州博物館 <br /><br />

    広州博物館

  • 象鼻岩

    象鼻岩

  • 広州<br />陳氏書院

    広州
    陳氏書院

  • 広州<br />陳氏書院

    広州
    陳氏書院

  • 木綿花と広州市街展望

    木綿花と広州市街展望

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