2005/10/18 - 2005/10/24
8553位(同エリア10891件中)
明石DSさん
2004.平成17年10月21日(金)
■モーニングコールは午前5:30分
ネブシェヒルのホテル・アルトゥノズ(Otel Altinoz)午前5:30起床、6:00時朝食で今日の一日は始まった。相変わらず夜中の2〜3時に目が覚める。
これが時差の影響っていうものか。
絨毯工房裏の庭・・・なんかセンスがある
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外はまだまだ暗い
午前7時、まだ薄明るいだけのネブシェヒルの街を発つ。 -
■トルコの和泉元彌
出発前にもらったスケジュール表には、昨日の陶器屋も今日の絨毯屋も明日の皮製品店も明後日のトルコ石店も書いていなかったが・・・これも格安ツアーの重要な立ち寄り先になっているのだ。
おまけにこういった店の滞在時間は、遺跡見学や休憩時間と違ってほぼ時間制限なし、“たっぷり”“たっぷり”のあり余る時間を割く。
誰かが買うまで??これが早朝出発の理由の一つなのだ。7:20分くらいに絨毯工房に到着。お出迎えを受ける、ハハハ。 -
■お買い上げ!商談成立は一斉の拍手で分る
何故か?私のところには来ない・・・さすが買う奴、買わない奴、すぐにお見通しなのだろう。
やはりここでも早速チャイを振舞われる。笑ったのは、商談成立したら大きな声で「お買い上げありがとうございます」・・とか、なんとか声が上がり一斉に拍手の嵐になる。
テレビでしか見たことないが、ホストクラブでシャンパンをキープした時の光景そのままだった。
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聞くところによると60万円以上の絨毯を買った人もいたらしい。
その他、何人かが購入したようだ。
確かに日本で買えば倍近くするのだろうし、この店の品物は安心ではある。
誰も買わないで出て行くのは一体どんな雰囲気なのか・・・興味はあるが、空恐ろしい。
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絨毯工房の付近の様子
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■次は、スルタハン・ケルヴァン(隊商)サライ(宮殿)・・・ラクダ隊商宿へ
Aksaray(アクサライ)〜Konya(コンヤ)へのシルクロードの途中にSultanhani(スルタンハニ)があり、そこにある観光名所になっているケルヴァンサライでバスは停車、観光とトイレ休憩になった。 -
絨毯屋を出て1時間半くらい走り、ここでの休憩はたった30分である。
隊商宿に入ってぐるっと一周し、高所恐怖症なのに知らぬ顔をして展望台にもあがった。
相変わらず白人観光客も多い。 -
そして、門を出て向かいの店に入ると商品棚の一角にCDを並べていた。
ちょうどそこに今流行のトルコの歌手のCDがあったので男女二枚、土産に購入した。
イスタンブールでは1枚20リラだったのが、ここでは15リラと言われたので買った。
小さな取っ手のあるここの名称の入った麻生地の袋に入れてくれたので嬉しかった。
そして、そのレジの彼女に写真を写させてというと気持ちよくOKだったので、早速1枚写す。・・・と、
すかさず名刺を取り出し、送ってくれと頼まれた。送ってあげよう。いやもう送っています。 -
■地元のバザールでシャツを買う
それから、ちょうどケルヴァンサライの横でバザールが開かれていたので行ってみる。
地元の人たちで結構賑わっていた。リュック一つの旅で、着替えも少なかったので現地調達のつもりでシャツを一枚買った。
色、形は気に入ったがコットン100%とという代物は生地が恐ろしく固く、ごわごわ糊利きすぎ、裃ならぴったし。一体なんじゃこれ?という手触りだった。
ハウマッチ?と聞くと「20リラ」というので「10リラ、OK」と言うと簡単に「OK」で商談成立。
果たして着れるか?否か?心配だったが・・・。結果はピッタシ、ついでに日本まで持って帰った。
今も(2006年4月1日)
十分気に入って着ています。 -
あっと言う間の30分の休憩?見学?は終了し
バスの窓からなごり惜しそうに写す。
もう二度と此処に来ることはないだろう・・・に
あ〜あ。あっけない -
コンヤ平野をひた走る我がツアーご一行
いくら見ても飽きないぞ・・・来なきゃあ、自分の目で見なきゃあこの広さはわかんない、延々だ。 -
コンヤ平野をバスはひた走る。
サリーちゃんの解説では、平野・高原は中部トルコだけだそうだ。ホントかな?
トルコには毎年観光客が1000万人訪れるらしい。
日本人だらけという感じもしないでもないが、まだまだ日本人には沢山来て欲しいそうだ。
観光客の多い順からドイツ・フランス・イタリア・スペイン・ロシア・・・だとさ。 -
休憩所は大体どこともこんな感じ。
給油所と併設、バスの窓を洗ってくれる?有料かも? -
レストランで昼食。
美味い物は記憶にございません・・・が、
アチアチもなかったです・・・が、 -
■コンヤ到着、まずはメヴラーナ博物館へ
(1時45分発)
13世紀末に作られた。メヴレヴィー教団の創始者の霊廟。
隣にセリミエ・ジャミィがあり、そこでちょうど男たちがモスクの外まで溢れ出て?祈りを捧げていた。 -
イスラム教の信仰心厚ければ毎日こうやって時間を割き、祈りを捧げるのか・・・と、大変だなあと率直に思う。
これだけ祈っているイスラム世界の人間だが、悪いことを企み実行する者は多い。
もしかしたら、その精神の弱さ故に、厳しい戒律が必要なのかも・・とも言える。 -
結構長い時間廟内でサリーちゃんの説明を聞き、展示品を見て回ったが・・・記憶にない、のは、何故だろう。
白人多し。地元の人たちも多し。 -
ここでお守りを3リラで一個買う。
「二個で5リラにして・・・」と言ったが頑なに「No」だった。
他のツアー客も同じだったらしい。
やっぱし考えることは同じか、ハハハ。 -
■次は、カラタイ神学校へ
(2時着〜2時25分発)
・・・分刻みのスケジュール
1215年、カラタイ宰相によって作られた神学校。現在は陶器博物館となっている。
そういえば陶器の展示室のようなものがあった・・・。他、記憶にない。 -
神学校の門の前で・・・
10個で1000円、いや20個で、
いや30個で1000円
ツアー仲間のオバちゃん・・・「よし買うたるわ」
バスに乗ってから数えたら・・・
「28個しかないやん、二つ足らんやんか」
バスから降りていって、きっちり余分にもらっていた・・・ホンマの話しです
大阪のオバちゃん、名所観光より面白いねんけど、どうしまヒョ -
コンヤ平野をひた走り
バムカッレへ向かう道中の景色 -
ちょっと風景の感じが違ってきました・・・木々が多くなった
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山並みもあり、変化のある台地に・・・
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一体ここは何処なのか??
もうすぐバムカッレのホテルに到着予定 -
LYCUS RIVER(ルーカスリバーホテル)
5日目:バムッカレ〜エフェス〜イズミールへ
10月22日(土)晴れ
午前6時15分モーニングコール。7時食事、8時出発。今日もハードな予定で出発となる。 -
■バムッカレ遺跡
8時前に出発して、すぐ近くのバムッカレ遺跡に行く。
北門から入って、まずネクロポリス(共同墓地跡)を見学。
解説によると墓の様式もヘレニズムからビザンツのものまであり長い間利用された墓地であるらしい。
入り口の標識、HIERAPOLISと書いてある -
古代の墓地ネクロポリス
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■続いてヒエラポリス遺跡がある。
ここは紀元前190年から始まった都市の遺跡。
西暦1077年ころ(日本では平安時代)に成立したセルジューク朝によって滅ぼされた。
ネクロポリスからヒエラポリス、そして石灰棚は高台にあり、素晴らしい景観が前方に広がっていた。 -
寝ぼけ眼で古代遺跡を歩くもったいなさ・・・
神殿あり、大浴場あり、円形劇場あり、です・・・が -
■次に、石灰棚へ
ネクロポリス、ヒエラポリス、そして石灰棚は同じ場所にあった・・・バムッカレ(トルコ語=綿の城)
靴を脱いではだしになり石灰棚に入って行った。
来る前に日本でトルコの旅を調べていると、どんな旅行記にも出てくる場所が、自分の目の前に広がっていた。 -
その規模は思ったより大きくはなかった。
それにロープで中には立ち入り出来ないようになっており、モデルがその中で撮影をしていたが旅行者は一部分しか入れなかった。
私と他数名は知らん顔して適当にロープの中に入って行ったが・・・遥か遠く日本から来たんじゃ -
確かに温泉なのか?温かい程度の湯が湧き出ていた。そして不思議な、不思議な景色ではあった。
ネクロポリス・ヒエラポリス
(8:05分〜8:30分=25分)
石灰棚(8:35分〜9:10分=35分)
この景勝地にはるばる来たのに見学時間は以上の通り・・・目に焼き付けてやるぞ! -
次なる目的地、エフェソス(エフェス)
遺跡観光にバスは再びひた走る。
車窓の景色からは綿花を摘む光景も見えた。
宿舎がないところでは青いテント張りの中で摘み取り期間を出稼ぎ労働者は過ごすようだ。
そんなテント村もあった。 -
車窓から電車を撮る
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■今日は皮製品販売店へ・・・一日一店
今日は革製品の店に立ち寄る。勿論遺跡観光よりゆったりの時間をこの場で過ごす・・・。
Aydinという所の道路傍にある。ここも観光客ようの店である。まずはファッションショーの始まり。
女性3人、男性2人の美男美女が皮のジャケット、ジャンパー、コートを次々着替えながら舞台に登場、しばしの目の保養である。 -
時間無制限??お買い物コース
道の途中にいきなり出現しました -
■エフェソス遺跡に行く前に・・・ハァー、フー。
まず聖母マリアの家に
当地の案内板には日本語で、「この地、エフェゾは聖母マリアが最後にお暮らしになった場所と言い伝えられている」と書いてあった。
前のローマ法王ヨハネ・パウロ?世が生前この地を訪れ、その言い伝えを認めたと言われている。
まあ、この聖母マリアの家はどうみても観光用に作られた建物ように感じたが・・・。 -
この場所の土産物屋の少年が私達にしきりに
「ぼちぼちでんな」「もうかりまっか」「大阪?」「東京?」
と関西弁で話しかけて来たので「写真を撮ってもいいか?」と聞いたら、OK・・・と、
乗り気で店から日本語のガイドブックを持ち出して記念撮影に応じてくれた。そのあと彼は名刺を取り出し写真を送ってくれと言う。
17歳の土産物屋で働く少年アキー、お守りのピンを沢山ただでくれた。写真はすでに送ったよ(10/27)に
その後、トルコ語での礼状と手に持っている本も贈ってくれました。
どなたか、彼を見かけたら宜しくお伝えくださ〜い!
彼の書いてくれた名前。
NAME:ACI YAVUC -
少年の働く土産物屋全景
聖母マリアの家の傍にあります -
■エフェソス(エフェス或いはエフェゾ)遺跡・・・(10月22日、午後2時49分入場)
ここの観光は、私の感覚ではこのトルコ旅行のメーンでもある。
エフェソスは、ヘレニズム・ローマ時代(紀元前334〜紀元後395年)の古代都市遺跡だそうだ。 -
オデオン(音楽堂)
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トルコの小学生の一団が、遠足なのか?遺跡観光に来ていた。
「写真を撮らせて・・・」とジェスチャーすると笑顔でポーズをとってくれる。 -
エフェス遺跡で出会ったトルコの子供たち
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全盛時代は25万人のも人が暮らす都市で、現在発掘されているのは20%に過ぎないらしい。
私達が観光していたその日も、傍らで黙々と慎重に若者の男女が発掘作業をしていた。 -
発掘はまだ2割・・・現在も地道に作業を続けている
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クレテス通りのモザイク歩道
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ケルスス図書館に辿り着いて
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大劇場に到着
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■アルテミス神殿跡
エフェス遺跡巡りが終了し、バスに乗ったが、又、直ぐ近くのアルテミス神殿跡を遠くから見るためだけにバスは数分停車した。
確かに前方にアルテミス神殿跡の象徴である柱一本が突っ立っていた。
写真、丘の上の城塞は聖ヨハネ教会。
手前の四角い建物がイーサベイジャミィだそうで・・・柱一本付近がアルテミス神殿跡で、この神殿は世界の「古代の七不思議」の一つだそうだ。
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