1980/01 - 1980/01
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ソフィさん
金沢は、落着いて静かな街だった。
駅に降りた途端、そのゆっくりしたテンポの快適さに気付く。
駅前には、緑色の可愛い市電が、線路をギーギーと軋ませながら、のんびり走っている。
その様子は、それまでの訪問では旅情をかき立てるものだったが、いざ自分の住む町として見ればいささかわびしかった。
大阪駅前の、市電や自動車が互いに警笛を鳴らし合いながら、入り乱れるように走っている光景とは、はっきりと別の文化の存在を示していた。
私の住む殿町の家は、近江町に住む山本叔母の家の近くということで選ばれたのだったが、金沢城の大手門の直ぐそばで、道路は広く、駅から10分くらいの市電尾張町停留所は近く、近江町市場にも便利であり、位置的には申し分なかった。
金沢城は陸軍の兵営になっていて、朝には起床ラッパが響いてきた。
夕方になると、城の森に帰るカラスが、一日の経過を告げた。
道の広さは、雪除けのたいへんさはあったが、遊び場を提供してくれ、空の広さは星を見るのに向いている。
日本放送協会金沢支局や赤十字病院が斜め前にあって、自動車はほとんど通らず、閑静ながらほどほどに人通りもある。
町の風格が漂う、好きな町だった。
父は私を比較的近い女子師範付属小学校に入れようとして交渉したが、学期末まで空席がなかった。
そこで市立の材木町小学校に入ることになる。
殿町の含まれる学区には、男子校と女子校とが分かれている。
男女共学が普通であった当時としてこれは異例のことで、金沢でもここだけであった。
すなわち私の通うこととなった材木町小学校は、生徒は男だけの異例な学校なのである。
その分校下は広くて、その隅にあった私の家から学校までは、町の学校としては遠く、町の商店街を通っての通学は、箕面にはない雰囲気があって、楽しみでもあった。
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