1975/05/05 - 1975/05/05
22611位(同エリア46502件中)
義臣さん
写真の山を整理中、数枚の京都の写真を発掘。
同行の人物や、画像の入っていた袋で
写したのが、昭和40年台末か、50年代ごく初期と
思われます、綺麗とはいえませんが 雰囲気でも感じられたらと思いまして。
一応 年代は 昭和50年にします。
奈良もいつかは、
-
歌舞伎 鳴滝でも有名な
雲ガ畑の志明院 -
少し位置を変えて、
此処を探して 大変な苦労でした。
何しろ京都人ではないので。
でも何とか。 -
鳴滝、ここで照手姫が、
少しエロチックな場面。 -
帰りの京見峠が綺麗でした。
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時代祭りの山国隊の山国。
最初に行った時は(昭和30年末)
沢山の古い民家(農家)
千木、鰹木のお宅がありました、
地元の方のお話で、
千木の数で、集落の身分の位置決まっていると。
山国の常照皇寺。
写真の頃は秋でした。 -
最初に伺った時は
難しそうな住職さん、
もっともなのも判らない若造が、
ふらっとはいってきて。
「拝観を、、」 当然でしょうね。 -
-
有名な「御車返しの桜」、
ブレで恥ずかしいですが、
此れ一枚しかなくて、 -
市内を、
ホテル ニュー京都が定宿でしたので、
多分 屋上からでしょう。 -
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同じようなので。
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堀川通りでは。
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真如堂付近。
また写真山からそれらしいのがでてきたらこちらで。
お寺さんは殆ど現在と変わっていないので。
変わったのがあったらですが。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 三輪さん 2006/03/22 08:49:24
- ありがとうございます。
- 花の頃でなくても常照皇寺はとても素敵です。
「京に田舎あり」なんていいますが、本当にそう。
都風の端正な山寺の様子です。バスを乗り継いで行く値打ちがありますね。
昭和50年代ですか・・・。ぼくの修学旅行の頃ですね。
観光バスでまわったので町並みのイメージは残っていませんが、おっとりした町の様子が今とは全く違います。
町屋もたくさん在ったんですね。
近年、京都市は高さ制限を緩和してまで高層ビルを誘致しています。
市街地から見るそれらの高い建物は、思ったほど抵抗がないといわれますが、西山や東山から見る風景には目だって醜いものです。
さらに、それらは風水の気を遮る位置にあるとか。
風水を信じる信じないは別として、昔の天皇も秀吉も家康も守ってきた秩序だと思います。それを破壊して町並みの美しさが維持できるのかどうか?
- 義臣さん からの返信 2006/03/22 11:43:09
- RE: ありがとうございます。
- 三輪さん うまい言葉ですね、
「京に田舎あり」まさに名言、私が最初の時まずそれを感じました。
どこか京風で、それでいて穏やかな田舎、
京都の町の変化は地元でない私にはますます、
悪い意味での変化です。
もっと地元を愛してくれないかと。
わざとらしい京都はもうたくさん。
奈良の明日香へ行かなくなったのもそんな理由で。
他人て 勝手ですね(笑)
下手な写真で褒めてくれて、感謝、これはボツにするつもりでしたので。
有難う。
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