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写真の山を整理中、数枚の京都の写真を発掘。<br /><br />同行の人物や、画像の入っていた袋で<br />写したのが、昭和40年台末か、50年代ごく初期と<br />思われます、綺麗とはいえませんが 雰囲気でも感じられたらと思いまして。<br />一応 年代は 昭和50年にします。<br /><br />奈良もいつかは、

昭和40年台末 常照光寺 志明院 市内

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1975/05/05 - 1975/05/05

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義臣

義臣さん

写真の山を整理中、数枚の京都の写真を発掘。

同行の人物や、画像の入っていた袋で
写したのが、昭和40年台末か、50年代ごく初期と
思われます、綺麗とはいえませんが 雰囲気でも感じられたらと思いまして。
一応 年代は 昭和50年にします。

奈良もいつかは、

  • 歌舞伎 鳴滝でも有名な<br /><br />   雲ガ畑の志明院

    歌舞伎 鳴滝でも有名な

       雲ガ畑の志明院

  • 少し位置を変えて、<br /><br />此処を探して 大変な苦労でした。<br />何しろ京都人ではないので。<br />でも何とか。

    少し位置を変えて、

    此処を探して 大変な苦労でした。
    何しろ京都人ではないので。
    でも何とか。

  • 鳴滝、ここで照手姫が、<br />少しエロチックな場面。

    鳴滝、ここで照手姫が、
    少しエロチックな場面。

  • 帰りの京見峠が綺麗でした。

    帰りの京見峠が綺麗でした。

  • 時代祭りの山国隊の山国。<br />最初に行った時は(昭和30年末)<br />沢山の古い民家(農家)<br />千木、鰹木のお宅がありました、<br />地元の方のお話で、<br />千木の数で、集落の身分の位置決まっていると。<br /><br />山国の常照皇寺。<br /><br />写真の頃は秋でした。

    時代祭りの山国隊の山国。
    最初に行った時は(昭和30年末)
    沢山の古い民家(農家)
    千木、鰹木のお宅がありました、
    地元の方のお話で、
    千木の数で、集落の身分の位置決まっていると。

    山国の常照皇寺。

    写真の頃は秋でした。

  • 最初に伺った時は<br />難しそうな住職さん、<br />もっともなのも判らない若造が、<br />ふらっとはいってきて。<br />「拝観を、、」 当然でしょうね。

    最初に伺った時は
    難しそうな住職さん、
    もっともなのも判らない若造が、
    ふらっとはいってきて。
    「拝観を、、」 当然でしょうね。

  • 有名な「御車返しの桜」、<br />ブレで恥ずかしいですが、<br />此れ一枚しかなくて、

    有名な「御車返しの桜」、
    ブレで恥ずかしいですが、
    此れ一枚しかなくて、

  • 市内を、<br />ホテル ニュー京都が定宿でしたので、<br />多分 屋上からでしょう。

    市内を、
    ホテル ニュー京都が定宿でしたので、
    多分 屋上からでしょう。

  • 同じようなので。

    同じようなので。

  • 堀川通りでは。

    堀川通りでは。

  • 真如堂付近。<br /><br />また写真山からそれらしいのがでてきたらこちらで。<br />お寺さんは殆ど現在と変わっていないので。<br /><br />変わったのがあったらですが。

    真如堂付近。

    また写真山からそれらしいのがでてきたらこちらで。
    お寺さんは殆ど現在と変わっていないので。

    変わったのがあったらですが。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 三輪さん 2006/03/22 08:49:24
    ありがとうございます。
    花の頃でなくても常照皇寺はとても素敵です。
    「京に田舎あり」なんていいますが、本当にそう。
    都風の端正な山寺の様子です。バスを乗り継いで行く値打ちがありますね。
    昭和50年代ですか・・・。ぼくの修学旅行の頃ですね。
    観光バスでまわったので町並みのイメージは残っていませんが、おっとりした町の様子が今とは全く違います。
    町屋もたくさん在ったんですね。

    近年、京都市は高さ制限を緩和してまで高層ビルを誘致しています。
    市街地から見るそれらの高い建物は、思ったほど抵抗がないといわれますが、西山や東山から見る風景には目だって醜いものです。
    さらに、それらは風水の気を遮る位置にあるとか。
    風水を信じる信じないは別として、昔の天皇も秀吉も家康も守ってきた秩序だと思います。それを破壊して町並みの美しさが維持できるのかどうか?

    義臣

    義臣さん からの返信 2006/03/22 11:43:09
    RE: ありがとうございます。
    三輪さん うまい言葉ですね、
    「京に田舎あり」まさに名言、私が最初の時まずそれを感じました。
    どこか京風で、それでいて穏やかな田舎、

    京都の町の変化は地元でない私にはますます、
    悪い意味での変化です。
    もっと地元を愛してくれないかと。
    わざとらしい京都はもうたくさん。

    奈良の明日香へ行かなくなったのもそんな理由で。

    他人て 勝手ですね(笑)

    下手な写真で褒めてくれて、感謝、これはボツにするつもりでしたので。
    有難う。

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