2005/02/07 - 2005/02/09
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ぱんぱーすさん
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アウシュビッツ強制収容所。ここで一体どれだけの人が命を散らしていったのでしょうか。多数のポートレートと無造作に積み上げられた遺留品の数々、今も残るガス室や焼却釜の跡、牢や壁、線路……これらは何も言いません。言いませんが、全ての惨劇を無言のうちにこちらに伝えてくれます。実際、自分は途中で写真を撮り続けられなくなるほどの衝撃を受けました。世界に名だたる悪名高き歴史の地、ご覧下さい。
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朝早くの電車に乗って行きたかったのですが、体調の悪化が深刻で、薬で回復するのを待っての出発。持っててよかった風邪薬。アウシュビッツの玄関口、オシフィエンチム駅に降り立ったのは、午後になってからでした。
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アウシュビッツ・ミュージアム。看板にはそう書かれています。地元の人達は「アウシュビッツ」というドイツ名を使いたくないようですが、ここだけは別のようで、昔の悲惨な歴史を忠実に保存する為として、アウシュビッツという名を使い続けているそうです。
看板を見た限りでは、特に何のイメージも沸いてこない看板。ライジングサンの意味は何なのか、これからどんな現実に直面する事になるのか……。 -
アウシュビッツ強制収容所の入り口。働いたら自由になれるとか何とか書いてあったが、実際は死ぬまで働くか、働く前に殺されるかのどちらかだったのは周知の事実。ヒトラー個人のユダヤ人に対する劣等感?がここまで人を狂わせるとは……。
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収容所内の立て札。なんでこういった人の不安を掻き立てるようなマークを使ったんですかね?すぐ後ろの鉄条網に電流でも流してたからですかね……?
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2重鉄条網の中間部分。何でも「シンドラーズ・リスト」によると、ミスをしたユダヤ人を電流を通した2重鉄条網の間に一昼夜立たせておく処罰法があったとか。こういうトコだったのかなぁ?寒さや疲れでふらついたら一貫の終わりですからねぇ。
狂気というのは何をもたらすかわかったものではないです。 -
かの有名なガス室。すぐ隣には焼却施設もついており、ユダヤ人を殺した後は、死体の尊厳も何もあったものではなく、焼却釜に放り込んでいたのでしょう。
煙突から出る煙を前にして、ユダヤ人達は何を思ったのでしょうか。おそらく、ボイラーの湯気だとか吹き込まれていたのでしょうが。 -
焼却釜。恐ろしい惨劇のまさに現場です。ナチスの罪を知らしめるかのように、釜はその口を開けたまま、静かに佇んでいました。
このあたりから、段々写真を撮る元気がなくなってきています。体調不良もありますが、悲惨な現実の歴史に直面した俺自身の精神が衝撃を受け始めたようです。 -
ガス室跡。シャワー室跡でもあったのでしょうか。入り口に密閉性の高い鉄製の重い扉が設置されていたあたり、ガス室専用だったのでしょうか。結構広い空間なのですが、ここに身動きできないほどに沢山のユダヤ人達を詰め込み、一気に処刑していた訳ですか……人間は聖人君子にもなれるといいますが、その一方でこうまで残虐な所業も行えてしまうのです。
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ノズルはついていませんが、シャワー跡。といっても水もお湯も出なかったっぽいですが。興味の無い人にはただの配線にしか見えないのかもしれませんが……。
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絞首台。見せしめにでも使われたのでしょうか。13階段も無く、たったの4階段でした。ところで、何故欧米でも「4」の数字が嫌われるんでしたっけ?日本や中国では「死」を連想させる数字として、だったと思いますが。
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収容施設。現在は展示室になっている為、それぞれの施設が民族ごとに展示分けされていますが、当時はもっとバラバラに入れられていたはずです。
「ホロコースト」というとユダヤ人の大量虐殺というイメージがありますが、実際は色々な民族の人間が収容されていたようです。簡単に言えば日本人、ゲルマン系ドイツ人、イタリア人以外の人間及び民族といった所ですか。 -
旅行記の表紙にもした、壊れた人形の写真。これを大切にしていた子供に、一体何の罪があったというのでしょうか……。
「シンドラーズ・リスト」でも、赤服のゲーナという女の子が、ゲットー狩りの魔の手をかいくぐってうまく逃げていくシーンが描かれていますが、結局は収容所の大量焼却の死体の中に無造作に詰め込まれてしまっていました。
ナチスの容赦の無さが酷明に描かれています。 -
収容所の地図。実は、今いるこの地は「第1強制収容所〜通称・アウシュビッツ〜」で、地図の右下のちっちゃな四角いトコなんです。で、左の大きなグレーの部分が「第2強制収容所〜通称・ビルケナウ〜」なんです。有名で保存もしっかりしてるのはアウシュビッツなんですが、ビルケナウはその何倍も広大な敷地を持っていて……。
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メガネの山です。ユダヤ人が「収容所についたら返すから」との言葉を信じてナチスに預け、ついに持ち主に返る事の無かったメガネの山です。他にも、表面に白いチョークで持ち主の名前や家族構成が書かれたカバンの山、鍋や食器等の家財道具が集められた山、靴の山、髪の毛の山とそれを使って編まれた毛布の山等があります。
このあたりで、大分毒気に当てられた俺は、ポートレートを写真に収める気を失くしていました。実際は廊下の壁一面に、死んでいったユダヤ人の写真と入所年月日及び死亡年月日が書かれたボードが張られています。 -
収容された人(囚人という言葉は不適切なので使いません)に与えられた布団。1人に与えられたスペースは1畳もありません。そんな中に鮨詰めになって寝ていた訳です。満足に寝られる訳がない。
ポートレートには収容人員の生年月日も記載されていました。子供などはヨーゼフ・メンゲレ等の恰好の実験材料にされたのでしょう。恐ろしい実験が現実に行われていたのです。七三一部隊も、同じような事を行っていたのでしょうか。 -
死の壁。銃殺の跡です。今も花が手向けられ続けています。銃痕も残っています。ナチスはありとあらゆる方法で収容者を殺害していきました。ガス・絞首・銃殺・人体実験・過酷な労働・感電死……ナチス側の人間はこれだけの殺戮を行い、目の当たりにして、おかしくならなかったのでしょうか。
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時間も遅かったので、チクロンBの使用後の缶が収めてある館には行けませんでした。というか、体調的に限界……。
1つの強力な指導力、教育があるだけで、人間はここまで変わってしまえるんだな、という事を改めて実感しました。人のあり方について考えさせられる1日でした。 -
オシフィエンチム駅。もうすっかり夜です。そう何本も列車が通っている訳ではないので、駅で2時間ほど待機です。構内のカフェでコーヒーとピザを食べてきましたが、生地はパン生地で、独特の味でした。まぁ、悪くは無かったですよ。
ところで、貨物列車に一般客が飛び乗って行くのを見ましたが、あれってアリなんですかねぇ? -
次の日。今度は朝一の列車でクラクフからオシフィエンチムへ。カフェのおばちゃんに「また来たの」みたいな顔をされました。
写真は第2収容所、ビルケナウの入り口。線路が真っ直ぐ奥まで延びています。「シンドラーのリスト」の終盤で出てきたアウシュビッツ強制収容所はおそらくこちらがモデルになっていると思われます。
夏場にはアウシュビッツからビルケナウまでバスが出ているようですが、この時期はそんなものは無く、しかもビルケナウ前にはタクシーなどいない状態。連れてきてくれたタクシーの運ちゃんに、時間を決めて後で来て貰う事にしました。 -
鉄条網と監視塔跡。ビルケナウは調査の目を恐れたナチスが徹底的に破壊していった為、あまり多くの痕跡が残っているわけではありません。とはいえ、はるかかなたにまで見える鉄条網と広大な敷地にしばし茫然。
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収容所内から撮った入り口の写真。今はビルケナウ博物館の事務所になっています。これでも軽く300〜400mは歩いたはずなのですが、全く歩いた気のしないこの1枚。ちなみにこの時、俺の背後にはまだまだ広大な雪原が広がっています。
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線路の終点。この先に線路は無く、同時に収容された人の人生の線路もここで途切れているかのような感傷に襲われました。
ちなみに、入り口からここまで線路は真っ直ぐ延びているのですが、見ての通り入り口は全く見えません。 -
国際慰霊碑。線路の終点の先にあります。日本語もあるらしいのですが、雪に埋もれていたのか、見つけられませんでした。後ろに森が見えますが、森の先も収容所の敷地だということです。
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破壊された何かの施設の跡。ガス室だったのでしょうか、それとも別の何か?アウシュビッツで行われていた狂気の沙汰と所業が、ここではその何倍もの規模で行われていたのでしょう。
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比較的健全な所業が行われていた建物については、一部残っているものもあります。収容者の点呼や身体検査、消毒作業(普通の消毒です)等が行われていたようです。
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一応、収容者の消毒用に使っていたとされる台車と装置ですが……どう見てもそれ以外のことも行い得た装置にしか見えません。他にもアウシュビッツで見た焼却釜に似た装置もあり、どうも疑わしいです。
肝心なのは、装置の向こう側とこちら側が全く別の部屋になっている点。向こう側にいる収容者には、装置の中及びこちら側で何が行われているのかわからない訳で……うながされるままに装置に入っていくしかなかったのでしょう。 -
どこまでも、地平線までも広がる広大な雪原。写真ではわかりにくいですが、どこまでいっても鉄条網と監視塔があります。
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この施設は何に使われていたのでしょうか。
体調が急速に悪化。風邪薬も底をつき、フラフラな状態。ボーっとしながら歩いていました。あぁ、これからさっきの入り口までまた1キロくらいは歩かなくちゃならないんだ……。 -
ビルケナウの出口。入り口と一緒ですけどね。入り口の事務所棟はそのまま監視所跡にもなっていて、3階まで上るとビルケナウを一望できます……が広すぎる上に雪で日光が反射したりガスが出てたりして何も見えねぇよ!
タクシーの運ちゃん来ねぇ!約束の時間を15分過ぎても来やしねぇ。たまに通るタクシーには悉く客乗ってるし。諦めて事務所の公衆電話を使うことにする。壁には、タクシー会社の電話番号がいくつも書いてあった。どれにしようか迷っている時に、ようやく約束のタクシーが。時間を25分過ぎていました。 -
その後何とかクラクフへ戻り、ワルシャワ行きのICに乗り込んだところでダウン。車掌さんに要らぬ心配を与えてしまいました、ごめんなさい。
同じく旅をしていたアメリカ人のグループから風邪薬を分けてもらいました。これが効いたのか、ワルシャワ駅につく頃には少し快復したような……ありがとう、旅仲間。 -
ワルシャワ駅。随分と西洋化されたというか現代的かつお洒落な駅でした。以前にブルガリアのソフィア駅に立ち寄った時には、まだ東欧っぽい色合いが濃く残った駅舎と街の雰囲気を感じましたが、こちらではそんな事はありませんでした。うーん、見慣れた風景に近いので楽というか、ちょっと寂しいというか。
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さすがは首都の繁華街。ネオンの明るさや人の多さははっきり行って渋谷とか新宿とかと大差ありません。
旧社会主義国家だった匂いはここではほとんど感じられませんでした。 -
次の日。帰国です。本当はアウシュビッツを1日で見て、夜行でワルシャワに到着、ワルシャワのゲットー跡見学に1日を費やす予定でしたが、風邪のおかげで予定が遅れ、タイムアウト。トルンのコペルニクス博物館にも行けませんでした。残念。またいつか来よう。
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出発直前。このプロペラ機でコペンハーゲンまで飛び、そこから成田まで向かいます。あぁ、会社のみんなにお土産買ってないや。買わないとうるさいし、あぁもう。コペンハーゲンの免税店で買っとこう。
これにて旅日記はおしまいです。長々と見ていただき、ありがとうございました!!
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この旅行記へのコメント (2)
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- huwaさん 2006/05/24 00:21:42
- 鎮魂の白
- なぜかこの雪の風景の写真に、何度も見入ってしまいます。
こんなところに収容されてしまったら
世界の果てまで同じ風景が続いていそうな気がしてくるでしょうね…
自由な世界などもうどこにもないような
心はずむ春などもう永遠に来ないような
抵抗する気力を奪い去り、
服従を強いる風景。
それにしても雪の白は、何もかもを美しく包んでしまいますね。
この場所で繰り広げられた出来事は 時による浄化も美化も
決して受け入れないはずなのに…
- ぱんぱーすさん からの返信 2006/05/27 12:04:37
- 雪のビルケナウ
- 整地されてないトコは、ヒザまで埋まるような大雪の中、
えっちらおっちら歩いていったのを覚えています。
60数年前には、全く同じ場所で同じような大雪の中、
防寒具もロクに与えてもらえない収容者が、苦難に耐えながら
希望のない人生を過ごしていたのでしょうね……。
「シンドラーのリスト」の最後の方で、ちょっとだけアウシュビッツが
出てきますが、多分あれはビルケナウ。映画でも雪が降ってる設定でしたが
白黒映画なのにその様子の寒々しさときたら!
そう思いながら歩くと、雪の世界でも十分厳しさが感じられて、ちょっと
センチになっちゃってました。
昔は、はるかかなたまで収容棟が連なっていたんでしょうね……。
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