2002/02/02 - 1998/02/05
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girassolさん
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自分はBenfiquista(ベンフィキスタ=ベンフィカのファン)なんだと実感した私は、スタジアムが取り壊される前にどうしても行きたい!と3泊5日でリスボンへ。ネットを通じて知り合ったAさんと、彼女の友人である有名な日本人BenfiquistaのYさんと一緒に密度の濃い4日間を過ごした。
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初めて目にしたルスは真っ赤で、ものすごく大きく感じた。既に新スタジアムの工事が始まっていて、その新スタジアムの建設予定地と重なっている部分は取り壊されていた。知ってはいたことだったけれど、予想以上に壊されていたことがちょっと悲しかった。
ルスの工事が始まったのはスポルティングとのデルビーが終わってから。一応来年の秋には竣工予定なんだけど、ポルトガルの国民性から言って完成が遅れるのでは、とちょっと心配。でもスタジアムの工事、実は24時間休むことなく行われているという。もちろん工事は騒音が伴うので、夜は比較的静かに済む工事だとは言うけれど(スタジアムの周りは新興住宅地。マンションが結構建っている)。「ユーロまでに間に合うのかなぁ」と言うと、「ポルトガル人でもベンフィカのことになると特別」なのだそう。
因みによく使うルス、Estadio da Luzというのは愛称。Luzは街の名前。正式名称はEstadio Sport Lisboa e Benfica。
写真はバックスタンドから見たメインスタンド。ほぼ半分のシートが既に外されていた。 -
こちらもバックスタンドから見たゴール裏。この後ろに練習グラウンドなどが広がっていたそうだ。
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試合開始前のバックスタンド。この壊し方って結構怖い。このあたりはNo Name Boys(ベンフィカのサポーターグループの1つ)の陣地。
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工事の様子が見られるようにデッキができていた。未だ新スタジアムの形は全然ない。心残りはスタジアムのかけらを持ってこなかったこと。
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リスボンに到着した日、Aさんと彼女の旦那さまとルスへ。19番ゲートの前でYさんと、彼女の旦那さまと合流。Yさんはテレビでインタビューされることもある、あちらではかなり知られたベンフィキスタ。今回Aさんの紹介で、彼女にいろいろコーディネートをしていただいた。
サイン用のサッカーボールをいただき、選手たちが来るのを待った。Yさんご夫妻のベンフィカ仲間も続々登場。試合前日だったのこの日、招集されている選手は一度留守に来てトレーニングウエアに身を包み、試合に集中するためホテルに向かうのだと言う。今シーズンで最後、というチームバスは既に入り口の前に停まっていた。2階建てのバスで、私にはそれほど古いものには見えなかったのだけど。
選手は車でやってきて(自分で運転してくる人、奥様に送ってもらう人様々だが)敷地内の駐車場に止めて、スタジアムの中に入っていく。Yさんの旦那さまがまず車を見て「○○だ!」と言うと、Yさんがその選手の背番号を言ってくれる。車を降りてスタジアムの入り口に向かう選手をYさんのお友達がであるJさんが呼び止め、「彼女(Aさん)はここに2年ぐらい住んでいて、こっちの彼女(私)はベンフィカの試合を見るためにわざわざ日本から来て今日着いたばかりなんだ。だからサインしてあげてよ。」と。なんて親切!そのおかげでほぼ全員の選手のサインを手に入れることができた。ベンフィカにもやはり選手の代わりにサインを書く人がいると言うことなので、目の前で欠いてもらえたのは本当に嬉しかった。
普段は雑誌やインターネットのサイトや試合の中継でしか見たことのない、そして日本にいる限り見ることの出来ない選手達を目の前にして、かなりの緊張で何も言葉に出来ない状態で、ただただ呆然としていた私。Joao Manuel Pintoはスタイルいいなぁとか、テレビでも見たことなかったYankauskasは本当に背が高くて感じのいい人だなぁとか、Simaoは若くてかわいらしいけれどすごくしっかりした感じだとか、ブラガからの移籍組・Tiago(彼はものすごく細かった)とArmando Sa、そして応援しているMoreiraは本当に可愛いとか(翌日は彼の彼女も見ちゃったよ)、サインを書いてもらったあとAさんと話したりしていた。Enkeは実物の方がかっこよかったし、ポルトガル語がペラペラだし(ポルトガルで頑張ろう!と考えている人はすぐに習得する、とYさんは話していた。それに比べて昨シーズンまで10番を付けていたSabryは全然覚えようとしなかった、と)。試合前日でピリピリした状態だったと思うのに、みんな気軽にサインをしてくれてますます感動! 「遅れているからバスに乗り込む時に」と言った選手達も、その時にはきちんとしてくれたし。一度は無視して(?)バスに乗り込んでしまったZahovicも、荷物を中においたあと、わざわざ降りて来てサインをしてくれた。最後にフッと笑ったよ、とAさんは言っていたけど、それに気付かなかった私は、Zahovicは近寄りがたいオーラを発していて、ちょっと怖い人のように感じた。
でも一番かわいらしかったのがJulio Cesar! 私達が他の選手に書いてもらっているのを、バスに乗り込むところで待っていてくれたMantorras。彼がサインしてくれたあと、真っ暗だったのもあってよく分からず、Julio Cesarがサインしようとしたところ周りの人たちが「もうしたよ!」と言っていたのだけど、「いや、まだだよ!」と僕にもサインをさせてくれとばかりの彼。べンフィカにレンタルされているとは言っても、彼は天下のレアル・マドリの選手なのに...。
この日はCabralとArgel、Porfilioは来ていなかった。Sokotaも怪我で今シーズンは無理だと言われていたし。彼らのサインは次のチャンスにお預け…。
で、その戦利品がこれ。Benficaの文字の下にあるのがSimaoのサイン。その左側がDurlovic。Zahovicのサインはベンフィカのエンブレムの上。そしてBenficaのCaの上にあるのはChalanaのサイン! -
滞在2日目。トップチームの試合の前に、午後2時からのBチームの試合に誘っていただき、Sport Lisboa e Olivaisのスタジアムへ。Bチームが試合をしていたグラウンドのあった場所(プラス練習用グラウンド)に新スタジアムが建設されるために、今はもう跡形もなく、べンフィカホームの試合は全てこのスタジアム(Campo Branca Lucas)を借りているとのこと。べンフィカBは2部B南部リーグに所属している。トップチームにも出場している選手がいるのに、格下の2部Bリーグであまりいい順位でない(だいたい10位前後)のがすごく不思議だったのだけど、それはやはり選手の入れ代わりが激しすぎて、きちんとしたチームづくりが出来ていないからなのだそう。冬のマーケットでまた沢山の選手を「経験のため」に外に出してしまったし。
オリヴァイスのスタジアムはものすごく小さくて、観客席はメインスタンド側のみ。それでも芝生はとても綺麗!と思っていたら、それはきちんと張られたものではないとのこと。到着した時には既に選手達は練習をしていて、普段はトップチームのMiguelやJorge Ribeiro(彼がManicheの弟だと、この時初めて知った)、前監督Toniの息子であるToniがメンバーの中に入っていた。Yさん期待の選手はNuno Coreia。
席についた時にはあまりいなかった観客も、時間が経つにつれていっぱいに。ゴール裏には「裏口」から入り込んで来た男の子達。Bチームの場合、ソシオメンバーは無料なのだとのこと。「多分この試合にお金を払っているのはあなた達だけだよ」と言われてしまった。今日の対戦相手はマシコ(Machico)というマデイラのクラブ。
Yさんが「あの人は誰のお父さんで、あの人はいつも試合に来ていて...」とかいろいろ話してくれるのだけど、全然覚えられず(涙)実は目の前にMiguelのご家族らしき一団がいて、彼がゴールを決めた時、こちらに向かってアンダーシャツを見せていた。その中の男の子は「Foi meu tio! (僕のおじさんだよ!)」と言っていた(ような気がする)。最近調子がよくなさそうに見えた彼だけど、Bチームの中に入るとさすがに活躍が目立ち、この日は2得点。それでもミスも目についたけれど、Yさん曰く、彼の不調は家族の問題なのだとのこと(詳しくは聞かなかったけど)。彼は試合前のYさんの声援にもニコニコ応えていた。
この日の試合は結局3対2で勝利。スコアどおり接戦で、かなりドキドキしていた。だって、もし負けてしまったら「変な東洋人が来ているからだ!」とか言われてしまうのではないか、と思って...。
写真はその試合のチケット。特に対戦カードの表記はなかった。日本円にして約600円ぐらい。 -
その後、ルスへ。まずチケットを購入。チケットを販売する窓口にまず驚いた。だって、壁にただ穴をあけたようなところなんだもの(そういえばBチームの試合の時もそうだった)。今回私達が見たのは Bancada Central という一番高い席。メインスタンドの中央前方で、値段は30ユーロ。ちなみにポルトガルでも対戦相手によって値段は変わり、ポルトやスポルティング戦だったら倍以上になることも。
敷地内にあるカフェで少しおなかにものを入れてから(私達の脇を通った女性を「Moreiraの彼女だよ」と教えてもらったのはこの時)、選手がスタジアムに入るのを待つために、出入り口へ。警官隊や警備の人が沢山いて、スタッフの人たちもピリピリムード。でもそんな中、Yさんが私達の前を通った知り合いのフロントのJoao Salgadoさんに私達を紹介してくれて、彼はきちんを挨拶(欧米でよくやる頬にキスをするやつ)をしてくれた。ちょっと感激。目の前には女の子の集団がいて、ファンの子たちかなぁと思っていたら、実はべンフィカのチアリーダーたちだった。この時はちょっと離れたところから選手を見たのみ。バスの席順は決まっていて、Zahovicは必ず最前列の向かって左側に乗るのだそう。その隣はDurlovic。後ろの方はMoreiraやTiago、Armando Saなのだそう(これって年功序列?)。
ここで少しばかり、べイラ・マールの話。
私達が選手がスタジアムに入るのを待っていた時、後ろの方で太鼓を叩く音が聞こえた。「何だ?!」と思ったら、べイラ・マールのサポーターだった。この日、アヴェイロから来たべイラ・マールのサポーターは10人程度。
べイラ・マールの選手達を乗せたバスは、べンフィカバスよりも前にスタジアムに着いた。選手をおろす前に、私達の前で一旦止まったのだけど、その時私はものすごく怖い顔をしていたらしかった(自分の顔は見えないから分からないけど)。じーっと見ていたら、一番後ろに座っていた選手と目があい、ものすごい形相で睨み返されてしまった。それは、バスから彼が降りたらこっちに来て殴り掛かられるんじゃないか、と思ってしまった程怖かった。向こうは向こうで「変な東洋人の女が睨み付けてる」とか思ってたのかもしれない(苦笑) べイラ・マールの選手は全然知らないので(Fernando Aguiarも名前しか知らなかった)誰だか分からず、日本に戻ってから選手名鑑で調べても分からなかった。ちょっと残念だった。 -
この日は日曜日、対戦相手はベイラ・マール、しかも次の試合がアンタスでのポルト戦ということもあり、あまり観客はいなかった。みんなポルトへ遠征するために出費を抑えているらしい。そういえば、スタジアムの外の壁には、Diabos Velmelhos(ベンフィカ公認のサポーターグループ)の「ポルト遠征メンバー募集!」というポスターが沢山はってあった。それに参加すれば、チケットは間違いなく手に入るとのことだった。それでも試合が始まる前には、ソシオの席は特に埋まっていた。
私達の席は、まさにセンターラインの真ん前。私の脇の通路をはさんだ右斜め前の席には、この試合の前に歌って踊っていた女の子のグループ(ポルトガルで人気があるのかどうかは知らないけれど)が座っていた。選手が出てくるのも目の前で見られたし、スカパーの中継を副音声で聞いていると分かるのだけど、場内アナウンスのおじさん(お兄さん、じゃなかった)も目の前で喋っていた。何処か放送席みたいなところで喋っているんだと思い込んでいたので、ピッチ上で、それもべンフィカべンチのすぐ脇でマイクを持って話していたのには驚いた。
そのうち鷲おじさんが、ピッチの周りを歩き始めた。本当に鷲を手にとまらせていた。彼はその後、私の脇の通路を歩いて来たので、あっきぃさんが「写真とってもらえば?」といってくれたのだけど、フラッシュで驚かせてしまったら大変かも、とちょっと躊躇してしまった私。でも結局一緒にとってもらうことに。ちょっと鷲が騒いでしまったので、落ち着いてからもう一度。かなり騒々しいところなのに、やっぱり慣れている。 -
試合が始まる前にはポルトガルで人気のポップミュージック。そして気持ちを高揚させるための「ベンフィ〜カ〜」のかけ声と、「Ser Benfiquista」。一生懸命歌詞を聞き取ろうと思って聞くのだけど、でも結局聞き取れなかった(のちにいただいた雑誌に偶然歌詞が掲載されていて、その謎は全て解けたのだけど。今ではきちんと歌えるようになりました)。
この日のスターティングメンバーは(左から)Enke、Joao Manuel Pinto、Julio Cesar、Yankauskas、Fernando Aguiar、Caneira、Tiago、Simao、Armando Sa、Mantorras、Zahovic。
ハーフタイムの時には「ミス・スーパー・ルック・ベンフィカ」の最終選考に残った女の子達のお披露目があった。やっぱりみんな若かった(笑) Aさんは「こういうアトラクションが面白くなくて」と話していたけど、アントの試合では開幕ゲームとかでない限り、こんなアトラクションさえもないので、私には十分面白かった。
試合はご存知のとおり4対1でベンフィカの勝利。でも先制された時はスタジアムがシーンと静まり返り、どうなることかと焦りまくった。古巣との対決となったFernando Aguiarはぼろぼろだった。Zahovicのゴールが見たいね、と話していたのだけど、彼はあまり目立つこともなく途中交代となってしまったし。ベンチに戻らず、不機嫌そうにロッカールームに引き上げる彼は目の前で見られたけど(苦笑)でも同点ゴールを決めたSimaoのフリーキックはきれいだった。やっぱり今、彼がべンフィカを引っ張っていると感じた。Yankauskasも2ゴールを決めたし、最後はMantorrasのゴールで締めくくってくれたし、満足した試合だった(本当はここにMeiraくんがいてくれれば最高だった)。 -
実はこの試合の翌日、朝食をとっている時に、ホテルの人たちが「昨日ベンフィカ戦を見に行ってね...」と試合の経過をこと細かく話していた。Yさんが言っていた「ポルトガル国内の6割はベンフィカファン、移民していった人たちの99%はべンフィキスタ」という言葉も、まんざら嘘ではないのかもしれない。
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以前はスタジアム正面玄関前の芝生の広場にたっていたというEusebioの像。今は何処にあるかというと...入口の隅の方にひっそりとたっているのでした。早く新しいスタジアムを完成させて、もっといい場所にたててあげてよ〜。何だかちょっと寂しい感じ。
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ルスの工事が始まってからかなり規模は小さくなってしまったというミュージアム。しかしその分かなりボリュームいっぱい!という感じで、私的には気に入った。もともとトロフィールームというのは公開されておらず、特別なゲストしか入れなかったらしいのだけど、数年前からミュージアムとして一般公開し始めたとのこと(有料だけど)。Yさんの旦那さまはまだ入ったことがなかったということで、楽しみにしていたみたい。
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壁じゅうに対戦相手のエンブレムが飾られ、カップがまさに所狭しと置かれていた。それはサッカーに関するものだけでなく、他のスポーツに関してもなんだけど。ファンの人が送ったスタジアムの模型やばかでかい鷲のはく製も。
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ヨーロッパチャンピオンになった時のカップは、さすがに照明付きのガラスケースの中に入れられ、大事に飾られていた。
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中には鷲(べンフィカ)が獅子(スポルティング)をやっつけているものもあって、思わず笑ってしまった(実はこの像の写真を英会話の先生に見せたら「イングランドをやっつけてるの?(笑)」と言われたのだけど)。
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今回の私の目的のもう1つは「ソシオに入りたい!」ということだったのだけれど、日本在住の日本人でもメンバーになれるのかどうかが心配だった。一応規約の中には「国籍、年齢、性別、人種等は問わず...」となっているのだけれど。滞在3日目に、こちらもYさん御夫妻が一緒に聞きに行って下さったのでした。
その前に、ベンフィカには「O Benfica」という新聞があって、それを日本まで送ってもらえるかどうか聞きましょうか?と言って下さったので、まずそちらの窓口に。結局「マカオまでは沢山送っていますから、日本でも問題ないですよ」との返事。そうだ、マカオにはまだポルトガル人が住んでいるものなぁ、と思い、早速手続き。これで1年間は毎週郵送してくれるとのこと。因みに購読料は120ユーロぐらいだったと思う。一時は「A BOLA」を送ってもらえるように頼もうかなぁと、本気で思っていたのだけど、これがあれば他には何もいらないものね。手続きが終わったあと、前の週に発行された新聞と、新聞になる以前に発行されていた雑誌2冊をもらってきた(う〜ん、好待遇)。因みに日本在住の購読者第1号だとのこと!
そしてソシオの手続きをとりに、窓口へ。結局日本在住でも問題ないということで(既にメンバーが3・4人ぐらいいるとのこと)、こちらもすぐに手続きを。申し込みの際には写真が必要で、写真を持っていたかったためにあとでまた、と思っていたのだけど、パスポートなど何か写真がついているものがあればそれをカラーコピーしてもらえる、ということで、数年前の古い写真がメンバーカードに載ることに。ベンフィカのソシオには全部でカテゴリーが5つあり、Efectivo(18歳以上の一般)、Infantil Insento(ソシオメンバーの14歳以下の子供)、Infantil(14歳以下)、Menor(14歳〜18歳)、そして私が入った、リスボン50キロ圏外に住んでいる18歳以上の人たちが入れる Correspondente。入会金、年会費、メンバーカード代などを入れてトータル94.50ユーロで、私の番号は124567。一般のソシオと違うのは、試合を見る際ソシオ席のチケットを買う時に制限がつくことと、選挙や総会などには行けないこと。ポルトガル在住じゃないから、このあたりは仕方ない。
メンバーカードを手にしてもなかなか実感がわかなかったのだけれど、そのあと「『日本人のソシオだよ』とみんなが言ってるよ」と言われて、少しずつ、ああ現実なんだなぁと思えるように。 -
Aさんから、監督がToniからFerreiraに代わってから公開練習が少なくなったと聞いていて、見られるチャンスはリスボンを発つ4日目のみ。もともとポルトガルクラブは練習をファンに公開することは多くないのだそうだけど、べンフィカは今までほとんどを見せていたのだという。その日にならないと練習をルスでやるのか別の場所でやるのか、公開なのか非公開なのか分からないとのことで、朝再びルスへ。ホテルのチェックアウトに手間取ってしまって(Aさん、本当にごめんなさい!)少し遅刻してしまい、ついた時には既にサインを貰っていなかったCabralとArgelは来てしまっていた。
しばらくの間、普段公開練習の時に開くという入口の前で待っていたのだけれど、工事中のためになかなか開かず。しかし別の場所が開いているとYさんの旦那様が聞いて来てくれて、ちょうど待っていた反対側から入ることが出来た。前日はお休みだったこともあって、この日は軽めのトレーニング。日曜日の試合にフル出場した選手は端の方でストレッチやダッシュなどを。その他の選手達はボールを使った練習。最後にはミニゲームをやっていた。練習を見ながら、Yさんからいろいろな裏話を聞いていた(かなり際どい話もあるので、ここでは書けないけど)。Ferreiraに変わってよかったことは、フリーキックの練習時間が増えたことなのだそう。べイラ・マール戦でのシモンのフリーキックを見て、確かに納得。 -
練習を見たあとに再び選手の出入り口へ行き、CabralとArgelを待った。この日、出てくる選手は手に何か紙切れを持っていて、急いでいるようだったり、機嫌よさそうだったり。実はその性格からあまりソシオからは人気がないと言われているPorfilioも、サインをお願いしたら別に普通にしてくれて、「若い女の子2人だったからじゃない?」とYさんは話していたのだけど、結局その紙切れは小切手で、今日はお給料日なのではないか、と言う結論に。そんな、小切手をひらひらさせて外に出てくるなんて、なんて不用心なんだろう...(確かにみんながみんなではないのだけど)。
Cabral、Argelは出てくるのが遅くて、でも出てくるまでしっかりと待っていた。出入り口へ行く前に、前出のSalgadoさんに会い、「彼女が香港から(!)寒さを連れて来たんだな」と言われてしまった。実はずっとリスボンは天気がよかったのだけど、私が着いてから天気が悪く、時々雨が降る状態になってしまったので...(私が日本に戻ってから、また天気がよくなったんだって!) ヴェルディでもプレーしていたArgelはYさんと仲がよく(でもYさんは彼が日本でプレーしていたということを、私が話すまで知らなかった)「僕も日本に2年いたんだよー。カワサキにね」とか「どこに住んでいるの?」とか、お話ししていたのはYさんとだったのだけど、すご〜く感じのいい人だった。実はヴェルディにいたというだけでちょっと好きじゃなかった(笑)Argelなのだけど、このことで私の中では急上昇したのでした。
この日、実はベンフィカの歴史に残る名プレーヤーで、現在は助監督を務めているChalanaからもサインを貰った。ものすごく得した気分。結局、全部で24選手&Chalanaのサイン、となりました。もうこれ以上の宝物はありません。実際のところ、来年行っても、もう同じ選手のサインはほとんどもらえないだろうしね(涙)
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