2005/08/25 - 2005/08/29
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night-train298さん
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8月25日の続き
ペペはバレンシアへ出発する前、7時半に部屋に挨拶をしににきてくれ、女性群だけに小さなおみやげをくれた。
袋をあけるとガリシアの魔女が自転車に乗っている人形だった。
手のひらに乗るような小さなものだった。 とても心がこもっていた。
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ぺぺから思いがけない小さなプレゼント
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やはり一言ムービーを撮ると、スペイン語で話をしてくれ、最後は寂しそうに去っていった。
人を送りだすのは本当に寂しい。
誰もから信頼され、優しいペペ、彼の存在は、みんなをほっとさせてくれた。
この日も待ち合わせてお昼も夜もできる限りみんなと一緒にいた。
お昼はオスタルの下でのおいしい食事。
私たちはおみやげを買いに奔走した。
夜のディナーの待ち合わせににギリギリだったから。
私とミカさんは、温泉に入るための水着も購入した。
夜は昨日の夜と同じ近くのバル。
バルセロナからイサベルを迎えにきたパウは、イサベルを、男にしたような人だった。
明日の朝はもう会えないので、イサベルにもお別 れをする。
彼女にはお世話になった。
最初に会った日から24日間のほとんどを、いっしょに歩いてきた。
彼女がいなかったら、ここまで来れなかった。
飾り気もなくよけいなおしゃべりもしない毅然としたイサベルは、いつも かっこよかった。
この時も『バルセロナにいらっしゃい』と言ってくれる。
パオも迎えにきてくれ、彼女にとっても新しい生活が始まるだろう。
ペドロにもムービーを回すと、いつか行ったSanta Marta de Teraのロマネスクの教会で、教えてもらった巡礼の歌を歌ってくれた。 -
8月26日(金)
10:00 Santiago de Compostela → 12:00 Ourense
10時のオウレンセ行きのバスに乗るため、9時にSantiagoのオスタルを出た。
ここの家族はとても優しい。特にお母さんは愛情に満ちている。
ここは、私たちが去年宿泊した宿であるが、偶然にもスペイン通のSさんのお友達でもあり、Sさんからも紹介され、その偶然に驚いたのであった。
またいつかここに戻ってくることがあれば、ぜひここの部屋に帰ってきたい。
ペドロが一緒にバスターミナルまで送ってくれるという。
チケットを買って、バルで朝食を一緒に食べる。チュロスだった。
私は昨日から書いていた絵はがきの仕上げをする。そしてギリギリに出来上がり、それをペドロにポストに入れてもらうように託した。
バスの前まで一緒に来てくれ、いよいよ私たちも出発だった。 -
バスでは今まで歩いてきた道を逆行する。
見ていると、次々に思い出がフラッシュバックしてきた。
あっ、ここは蛸を食べた町。携帯電話を忘れてお店のおじさんが持ってきたところだ。
オウレンセまでの道のりは、 すべてがパキと歩いた道だった。
そしてそこに電話が鳴る。 去年一緒に歩いたバルセロナのフリオからだった。
私は今朝、パキにフリオに電話したいと言っていた矢先だった。
この道で出会った人とは、こういうことがあよくある。誰かのことを考えていると、そこに電話やメールがくる。
彼も今年『銀の道』を歩こうと考えていたと初めてここで聞いた。家の内装を仕上げることにしたため、断念したが。
去年の巡礼中は、は新しい職場に勤める直前で、意気揚々としていた彼だが、数カ月で職を失ってしまったそうだ。
歯科技工士なので、安定していそうに見えるのに。
その時に彼女と住む家を買ってしまったが、すぐにいい条件で売ることができ、今は小さい家にかえて、自分で内装工事をしているのだ。まだ仕事はみつかっていない。
そんな環境なのに、暗さはみじんもない。
私も電話に代わってもらった。 一年経つとは思えないほど、全く変わらぬ声の調子。
彼の声は人を安心させる。
フリオは とても感じの良い楽しい人だった。かと言って、人の前に出ることはなく、彼の周りは笑顔がが絶えなかった。
私が
「フリオ、愛しているよ!」
とスペイン語で言うと(英語は全く通じない)
「僕もだよ・・・。」
ちょっぴり寂しそうに言う。
パキに電話をかわると、
「 Hiromiは『カミーノ・ノルテ』のガイドブックを買っていたわよと。」 報告している。 電話を切った後、パキは
「フリオも来年はノルテに参加するって言っていたわ。私も行きたい。」
もしそれが本当になればどんなにいいことだろう。
来年のことは全くわからない。
もしたとえ来年は行けなくても、『いつかノルテを歩きたい』という夢は持ち続けたいと思った。
実は、Santiagoで、『カミーノ・ノルテ』の本や資料を集めておいた。
仲間のそれぞれが言っていたことは、次は『カミーノ・ノルテ』。
イサベルも出会ってすぐに私が『カミーノ・ノルテ』のガイドブックを買いたいと言ったら、握手を求めてきて、『Next year !!』と言われたことがあった。
ペペはかなりまじめに考えている。資料を集めて回っていた。
ペドロは一度歩いているが、コースが別れているので、最初はフランス道のアラゴンルートからはじめ、ノルテのやはり歩いていない方のコースと繋げたいと考えていた。
パキもノルテなら参加したいと言う。
いつかここに行きたい・・・と、夢を持てることは幸せだと思う。
窓の外は、緑がたくさん溢れて、ガリシアの典型的な風景だった。
するとパキの気分が悪くなりだした。 気持ちが悪いという。
私のスケッチブックに文字を書いていたためか、バスに酔ってしまった。
疲れも出てきたのだろう。
私は酔いに効く手のツボを探した。その間パキは静かにしていたが、実はもう気を失いそうで、私に抵抗できなかったという。 -
オウレンセまでは三時間で着いてしまう。(歩いて5日かかったのに)
バスはオウレンセの見なれた街を通る。私はこの街中の停留所で降りようと急に思い付いた。町外れのターミナルに行くよりいい案だ。 するとパキが
「今日はバス・ターミナルで明日のマドリッド行きの時刻を調べてチケットを買うって、ついさっき貴女が言っていたじゃない?」
おっとそうだった。パキは私がそれを忘れていたので可笑しくてたまらない。
私とパキは同類だからだ。
ミカさんはいつも冷静で、しっかりしているので、私たちの忘れ物がないかチェックしてもらったり、ホテルの鍵なども預かってもらっていた。
明日のマドリッド行きのチケットを買った後、タクシーで予約していたホテルへ。
カテドラルのすぐそばだった。 やっとパキの具合も良くなり、食事に出かけ、温泉行きの情報を集めて一度ホテルに戻り、少し休むことにした。 -
レストランで -
4時に支度を始め、5時から営業を再開するプチ・トランが温泉まで私たちを運んでくれるのだ。
こんな時間からだと遅いのではないかと思っていたら、温泉の午後の営業も5時からだった。(さすがスペイン!)
お陰であまり待たされることなく(人数制限をしているので、イサベルたちは一時間待ったと言っていた)入ることができた。 -
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なるほど演出は日本の温泉スタイルで、温泉マークと日本の文字。
脱衣場も銭湯のようだった。
温泉にいられる時間は最長90分。3ユーロ。
いくつかある湯船に10分入っては、水風呂に浸かり、また別の湯船に入りそれを繰り返すと、あっという間に時間がたってしまう。
お湯は硫黄の匂いがし、とても柔らかくて気持ちがよかった。
巡礼中の温泉もいいが、終わったあとの、この温泉は格別だった。
サウナもあったが、一通りお湯をめぐると、もう一度気に入った温度の湯船に浸かる。
ここではおしゃべりをしてはいけない。監視員がいて、何かあるとすぐに飛んでくる。
あのやかましいスペイン人がよくも静かにしていられるものだ。 それを考えただけで可笑しくなる。みんな神妙な顔をしているのだ。
90分はあっという間で、パキは気が付かないでまだ湯船で気持ちよさそうにしていた。 -
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街の中に温泉が湧いています
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こちらも温泉
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ホテルに戻り、先日みんなで来た時に行った、温泉が吹き出す場所に行き、ボトルにお湯をつめた。
そして今夜のディナーを食べる店を探すが、なかなかいい店がなく、結局前回みんなで行ったバル街に行くことになった。
ここでは一軒目にタパスの盛り合わせ、二件目は小イカの煮込みと、獅子唐のフライ。
私は今までパキには話していなかったスペインに関する私のストーリーを話し始めた。 それは長い話だった。
初めてスペインに来た時のこと。
私がまだ『日本人』で、切符一枚買うにも半日かかる国鉄にあきれ、スリやひったくりの事件に遭い、スペインが嫌いだったこと。
そしてポルトガルやモロッコに行く時にどうしても通らなくてはならなくて、スペインに来るうちにだんだん好きになったこと。
この好きという気持ちが決定的になった11年前の旅行の話を、最初から最後まで順序の通 り話をした。(リスボンから北上し、サンティアゴに行き、アビラ、セゴビア、マドリッドを周り、最後にリスボンに戻る前にエストラマドゥーラ地方の片田舎での楽しいハプニングの話。)
私はこの話をするのが好きだった。 普通の旅行では味わえないような、スペイン人の魅力に触れた旅だったからだ。
いつものように、パキはそれをよく聞いてくれ、素敵な話だと喜んでくれた。
バルからの帰り道、大道芸にたくさんの人が集まっていた。 パキはこの旅で初めてオウレンセに来た。 それなのに、10日前ににセビリアから到着してからこれですでに三回目。
「私、オウレンセが大好きになったわ。」
そう言っていた。
ちょうどいい大きさの街である。バルもレストランも素敵だし、観光客はみかけない。
食事の後は、ホテルの隣にあったホットチョコレートの専門店で飲んで帰ることになっていた。
約束通り、濃くてカロリーの高そうなホットチョコレートで、一日をしめくくる。 -
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こちらは朝食のチュロス
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12:30 Ourense → 18:00 Madorid
Madrid行きのバスに乗る。
パキと一緒にバスに乗ると、遠足気分になるのだ。
私はパキに聞いてみた
「ねぇ、『銀の道』は大変だったでしょう?」
パキは
「すごくよかった!来てよかった!去年より早く歩けたり、足にマメも出来ずに痛みもなく、自分がずっと強くなったように思えたわ。」
そして
「もっと早くから参加すれば良かった、サラマンカあたりから行けば良かったと後悔したわ。」
そういえば友人や家族と電話で話している時、パキはいつも目を輝かせて
『すごくすごく楽しい!』って言っていた。
しかしあんな人間関係に巻き込んでしまって・・・。
最後の前の日なんて、すごい強行軍になってしまったし・・・。
申し訳ない気持ちを伝えると、
「この旅に参加する前は迷っていたけど、来て本当に良かったと思っているの。最後の前の日はね、確かに大変だったけど、あれを終えた夜は本当にうれしかったし、充実した気持ちになれたの。あれを成し遂げたことは私にとって大きなことだったわ・・・・・・。誘ってくれてありがとう。これはこの夏の最高のプレゼントだったわ。」
そして、
「最後の日にみんなで歩けたことが、すごくうれしかったの。」
パキはやはり楽しいだけが旅じゃなくて、全てを含めてそれを楽しさと感じる人だった。
「私は友達とちょっと違うの。友達の関心はおしゃれと、どう男性をゲットするかしかないの。私が歩いて旅をすると言うと、『信じられない!』と言う人ばかりなのよ。でも、ここの道にくると、私と似たような『変わった人』にいっぱい会えるの。
イサベルともたくさん話をしたわ。彼女は本当にいい人ね。彼女も同じことを言っていたわ。たくさんの友達の中にいても、時々孤独に思うって。ペペもすごくいい人だった。たくさん話をしたのよ。ペドロもね、ずっと退屈な話をする人だと思っていたのだけど、最後にバスターミナルまで送ってくれた時には、とてもいい人で、彼の話を一切退屈だなんて思わなかったのよ。イワンはね、彼のこと最初は麻薬でもやっているのかと思ったの。だってすごくテンションが高いもの。でもね、話しているうちに、すごく勉強をしていて、私と同じように教員を目指しているってわかったの。たばことお酒はすこしだけ飲むけれど、クスリの類は一切やったことがないと言っていたわ。覚えてる?みんなで朝まで踊った日の帰り、オスタルの前でふざけていたあの二人(フランス道を歩いてきたグループ)、あの人たちはクスリを飲んでいたのよ。二人もイワンが同類だと思ってたばこを要求してたけど、イワンは『何も入っていないけど』と言いながら渡していたわ。イワンは正直で誠実な人だと思うの。」
大好きなパキが、今回出会った大好きな『仲間たち』のことを、やはり大好きになってくれたことがうれしかった。
もちろん、パキはみんなからもとても好かれていた。
道はいつのまにか、なつかしい中部のそれとなった。 私は
「こんな道を一人で歩いたのよ・・・。」
「何でセビリアから一緒に来なかったの?」
と、意地悪な質問をした。
すると笑いながら
「この道が、暑くて大変だって知っていたから。」(!) -
今日はパキのおばさんの家に一泊して明日、日本に発つことになっていた。
パキのおばさんの家は、なんとMadridのバラハス空港から歩いて10分の距離にあったのだ。
バスターミナルのとなりのコルテ・イングレスで食料関係のお土産を買い込む。
ここまでおばさんが車で迎えに来てくれているから、重さも制限はない。
おばさんの家は空港が見えるような距離なのに、うまくしたもので、飛行機の騒音は聞こえない。
いい感じの町になっていた。
食事をご馳走になったあと、車でマドリッド観光へ連れていってくれると言う。 -
ドン・キホーテとサンチョ・パンサの像(Madrid)
車を駐車して、アイスクリームを嘗めながら、ソル、王宮広場、スペイン広場、プラド美術館の横を通 り、マヨール広場のそばのカフェでお茶をして帰る。 -
王宮(madrid)
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カテドラル(madrid)
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サンチョ・パンサ
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(パキとおばさん&いとこ)
翌日も空港空港まで送ってくれて、いよいよスペインとお別 れだった。
パキは少し涙ぐんでいた。
きっとまた会えると思う。
この道で出会った人とは『運命』なのだから。
たまたま新聞を読んでいて見つけた言葉。谷川俊太郎の詩の一節。
[ほんとうに出会った者に別れはこない] -
(また朝食にチュロスをいただきました)
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搭乗口に入る前にイワンとイサベルに電話をした。
イワンは 「今フェニステレに着いたところ、天気は悪いけど、すごくいい景色だよ。ここに来るまでに、カミーノ・ノルテで出会った仲間にたくさんに会ったんだ。信じられないよ。服は午後に燃やすから心配しないでね。」
イサベルは 「今はアストリアス地方に来ているの。海がとてもきれいなんだけど、水がすごく冷たいのよ。あなたがバルセロナに来たら、絶対にみんなで集まりましょう。イワンもパキもきっと来ると思うわ。」
出会った人々の顔を、思い浮かべる時、心 の芯からポカポカとしてくる。
私はこの旅を成し終えたという喜び以上に、こんな素敵な人たちに会えたことを、幸せに思った。 -
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