2005/07/20 - 2005/05/22
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2005年7月20日
ちょうど一年前、私は世界遺産にもなっているサンティアゴの道、フランス道と呼ばれる約800kmの道を歩いていた。
この道は1000年の祈りの道、毎年たくさんの人が歩いている。またこの年は数年に一度の聖年に当ったためと、年々人気が高まるこの道を歩く人で人が絶えることがなかった。
私は歩き始める前から早くこのスタート地点に立ち、歩きはじめたかった。
予想を遥かに上回る素晴らしい道で、優しくて愉快な仲間に囲まれ、毎日が幸せな日々だった。
この旅が終わった後、手に取った本が、『Caminode de la Plata』という別ルートのガイドブックだった。
他にもルートがあるのだが、次はこのLa Plata 『銀の道』への思いが膨らんでいった。
しかし前回と違ってこの本以外に情報がほとんどない。しかもこの本さえも、本当の私が求めていた銀の道とは違っていた。
この本によると、ルートの出発点はMerida。そこから北上し、去年のフランス道とアストルガで合流し、西を目指す。
しかし、少しづつ情報を集めるうち、出発はこの銀の道をなぞらえるならSevillaということになるだろう。また、アストルガの手前から西方向に折れる道の方が私の冒険欲をかき立てた。すなわち、私の買ったガイドブックで使えるのは、Meridaからアストルガの少し手前までの旅程の約3分の1しか役に立たないことがわかった。しかし行ってみないことにはわからない。とにかくセビリアから行ってみよう。アストルガに合流するかどうかは歩きながら決めればいい。
持っていない分のルートの地図は海外のweb-siteからダウンロードしたものの、とても頼りないものだった。
行けばなんとかなるだろう、必ず道は開けるもの。
事前に、海外のホームページを通して、去年銀の道を歩いたイギリスに住むドイツ人のアンジェリカと知り合い、何度もメールのやりとりをし、いつも彼女は親切に私の質問に答えていてくれた。また、日本人でこの道の経験者とは交流できなかったが、スペイン通のSさんと知り合うことができ、スムーズに旅が運ぶような情報を教えてもらった。Sさんはしきりに夏のセビリアの暑さを説明してくれた。
暑さのための山火事を心配する私にSさんは、木も生えないようなところだから、山火事は心配ないでしょう。でも暑さを避けるため、北の海のルートや、王道のフランス道、ポルトガルルートなどを勧めてくれた。
そんなやりとりも含め、調べれば調べるほど、夏にこのコースを歩くのはかなり命がけのような気がしてきた。
去年のわくわくするような気持ちに比べ、今年は不安のほうがずっと強かった。
正直言って、出発前のぎりぎりまで、ルートについて心配は尽きなかったし、セビリアからではなく、もう少し先のMeridaあたりから始めるべきなのか・・・と思いは頭の中をかけめぐる。
いや、やっぱりあの幸せがいっぱいのフランス道をもう一度歩いてもいい。
北の海ぞいのルートもいいだろう。
ミカさんに事情を説明し聞いてみると、「私は銀の道でいいよ。」と言ってくれる。その言葉を内心待っていながらも、常にこの道でいいのだろうか?という疑問があった。
それでも、きっと私の気持ちは決まっていたように思う。
セビリアから『銀の道』へ。
スペインに入る前に、少しでも情報を得るため、ロンドンで事前に教えてもらっていた旅行本専門の書店に行き、銀の道の資料を探す。歩くための本は一冊しかなかった。しかも1枚の写真もない薄っぺらい本であった。でもここには村や町の情報、例えばバルが何件あるとか、アルベルゲ(巡礼宿)の情報が書いてあり、後で役に立った。
しかし、この本の冒頭に、いつ銀の道を歩いたら良いかという項目のところに、
「一年じゅういつの季節も楽しめます。でも、7月と8月だけは絶対にやめた方がいい」
あ〜〜〜っ!やっぱり・・・。
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ロンドンからスタート地点のセビリアまで、驚くほどにスムーズだった。
Madridまでの飛行機は一時間遅れて到着。これにはあせったが小走りに地下鉄に乗り、バスターミナルへ。予約もしていない上に夏のこの時期、しかもぎりぎりの時間だというのに、最終の夜行の便が取れた。
予定通りである。
慌ててバスに乗り込んだため、防寒の準備ができていなかった。バスにはしっかり冷房が効いていたのだ。寒くて眠れない。
バスは朝方Sevillaに到着。
まだ早いので顔を洗ったり荷物をロッカーに入れたり。これから今日はここのカテドラルに旅の無事を祈願し、巡礼手帳をもらい、そして去年フランス道で友人になったSevilla 在住のパキに会う予定だ。そして出来れば少しでも駒を進めたいから、10kmでも歩くつもりだ。
今回は、過去に一緒に仕事をしたことがあるミカさんと一緒。彼女とはこの三年間ほとんど会うことがなかったが、二か月前に久しぶりに会った時、去年の巡礼の話をすると、一緒に行きたいと言ってくれた。 -
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バスターミナルを出る前に道を聞いて、カテドラルまで行くことにする。
途中のNUEVA広場でちょこっと寝る。(飛行機やよそのお宅では寝ることができない私だが、公園や野外ではどこでも寝ることができるのが不思議)
そしてカテドラルへ。スペインには何度も繰り返し来ていたのだが、ここSevillaにくるのはなんとちょうど20年ぶりであった。
暗くて巨大なカテドラルの中、不安な気持ちは変わらず、無事にSantiagoに着くことをお祈りし、コロンブスの棺の上の彼の足元をさすり旅の安全をお願いする。
そして朝食を食べるためにbarへ。
そこからパキに電話をする。彼女には今日着くことをちゃんと言っていなかったらしく、驚いていたがすぐに来てくれるという。
パキは郊外の町に住んでいて、10時半にカテドラルで会おうということになる。
続けて去年出会い、途中で帰っていったアセラに電話をする。彼女たちはお兄さん、お父さん、従兄弟の4人で歩いていて、去年断念した場所ブルゴスから今年はSantiagoを目指して再び歩いているのだ。
今、歩いている真っ最中のはずである。
「オラ!アセラ!!」電話の向こうで、ガサッガサッという彼女の歩く音が聞こえる。そして少し息を上げながら、元気な彼女の声。今年はお兄さんのマリオは来ないで、三人で歩いているという。どこへ行っても賑やかなファミリーは、きっと今夜も歌い踊っているに違いない。
お互いにbuen Camino!と言って電話を切る。
おいしいココアと熱々のサンドウィッチを食べ、アルカサルへ観光に行くことにする。まだもう少しパキとの待ち合わせに時間がある。
最近私が訪れたスペイン北部とは全く異なるムデハル様式の装飾は、これもとてもスペインらしいものだと思う。精密な色とりどりのタイル、蜂の巣のシャンデリアのような天井。グラナダにもまた行ってみたくなった。
しばらく歩いてパキとの約束のカテドラルの東門に向かう。その少し手前で誰かが後ろから私を目隠しする。振り向くと明るく笑うパキがいた。
去年は素敵な出会いがたくさんあった。おそらくその中でも私にとって一番大切な出会いが彼女だと思う。
ほぼ最初の頃からほぼ毎日同じ場所に泊まり、そのうち後半はいつも一緒だった。
彼女は明るくて優しいだけじゃなく、ユーモアがありお茶目でかわいい。それでいて誠実でまじめで忍耐強い彼女はとても人気者だった。
私は彼女の存在を知ることができただけでも幸せだと思った。
パキは二年に一度の教員試験を受けた直後だった。二年前から挑戦し、今年で二度目である。一次試験が受かってとても喜んでいた彼女だったが、二次試験は残念ながら不合格であった。とても難しい試験なのらしい。
電話では、「昨日までは落ち込んでいたけど、今日はもうだいじょうぶ!会いに行くわ。」と言ってくれた。
一年ぶりのパキは眩しいくらい輝くほどキレイだった。半年前からつき合っている男性の出現によるものに違いない。
一緒に東門にあるオフィスでクレデンシャルと呼ばれる巡礼許可書をもらう。
これに行く先々でスタンプを押してもらうのだ。それが最終的にSantiagoでもらう証明書のための証拠になるのだ。
Sevillaのカテドラルでもらうありがたいクレデンシャル、しかも偉そうなおじいさんが発行してくれ、ありがたく受け取る。 -
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パキは、これから家に来ないかとしきりに誘ってくれる。
パキのお母さんも待っているという。ここから車で20分ほどらしいが、そこに行ってしまうと、今後のスケジュールが心配だった。今日の午後から少しでも歩きはじめたかったので、巡礼の後に戻って来るという約束をする。
パキは近いうち、私立の学校の先生の試験を受けるという。最初は一緒に銀の道を歩くと言っていたが、そんな気配もない。
今はまだ気持ちの整理がつかないのだろう。
次は『巡礼友の会』に行く。ここでパキが私たちの代わりに質問をしてくれる。
そこで言われたことは、「とにかく水をたくさん持って歩くこと。2リットルは必要で、午後の1時から7時までは歩いちゃいけないよ。この時間は暑くて日射病や脱水症状になるからね。昨日も巡礼をしていた男性が倒れて警察が助けに行ったんだ。」
想像をはるかに上回る、過酷な現状を目の当たりにした気がした。
そこへ二人の男性がやってきたので、おや、仲間かな?と思っていたら、彼等はずっと北の方から始めると言う。歩いている人の数は、平均一日一人くらいだと言う。 -
気を取り直してビールを飲みに行く。大きな大きなジョッキは凍っていたので冷え冷えだった。おいしい!
ここでは去年の楽しかった思い出話に花が咲く。まるで昨日のことのようだ。パキはみんなの物まねをして笑わせてくれる。私たちはずっと大笑いしっぱなしだった。
ラウラ&ミッチェルはイタリアに一か月近く旅行中だと言う。アベルは、私が来る頃に合わせてSevillaに来たいと言っていたが、私の連絡が悪くて会えなかった。
アドリアーノはきっと彼女(アドリアーナ)に会いにメキシコに行っているはず。
私からもマリアがインドに行ったという話をすると、パキは驚いていた。
フェルナンド、カルメン、フリオともスペインにいる間には連絡を取りたいと思っていた。
ビールの後は食事に行き、すべてをパキがご馳走してくれた。スペイン人は決してお金持ちではないが、こういう時にはご馳走してくれる。ありがたく好意を受ける。
今日は友の会の人のアドバイス通り、夜の7時にここを出発することにしよう。
それまでまだ時間があり、気が早いけどデパートに行きお土産の下見。おいしそうな食材にうっとりする。
パキが駐車した場所まで行き、そこからバス停まで送ってもらう。もう6時を過ぎていたので、パキにお礼を言い別れた。もしかしたら途中から一緒に歩くかもしれないと言っていた。 -
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ミカさんとバス・ターミナルのカフェでジュースを飲んでいると、すぐそばにホタテ貝をくくりつけた大きなリュックがあるではないか!
もしかして、これから歩きはじめる仲間かも知れない。リュックの持ち主は、カナダ人とポーランド人のカップルだった。
私たちが話しかけると、こちらの親近感以上にすごいリアクションで、まるで旧い知り合いのように、「おお!友達よ!」とおおげさに喜んでくれる。
話を聞くと、サン・ジャンから歩いてSantiagoに行ってきたばかりだと言う。しかも男性の方だけ。私たちは内心がっかりした。
しかし同じCaminoを歩いたもの同士、心が通い合うものがあるのだ。 -
私たちは意を決し、夕方7時をやや過ぎた頃、第一歩を踏むことにした。
7時になれば、陽が少しは柔らかくなるハズだった。しかしこの日はまるで白昼のごとく太陽は衰えることがなかった。
日中が45度だとした、40度くらいに下がっていたのかもしれないが、ピーカン照りの中、バスターミナルの階段を降りる。先ほど見つけておいた矢印を頼りに、グアダルキビル川に沿って今日は10kmの行程だ。
向かう町の名はSantiponce。しばらく歩くと川から離れ、野犬に吠えられる。こんなところを朝の暗いうちに歩かずに済んで良かったと思うが、ロンドン以来の疲れも溜まっているし、夜行バスでもほとんど寝ていない。そしてこの暑さ。相変わらず不安でいっぱいだった。
去年のような、サンジャンに着いたとたんに感じた神様に迎え入れられたような神秘さはここでは微塵もない。ただ殺伐とした熱い砂漠に修行のために放り込まれた感じ。ミカさんがいたのは救いだが、他に一緒に歩く優しい笑顔も眼差しもない。
明日からいったいどうなるのだろうか・・・。 -
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Santiponceに直前に、矢印の方向が分からなくなった。歩いていくと、横に村が見えるのだが、中に入る道がない。このままでは村に入らずして先に進んでしまう。
思いきってガードレールとそこにある溝を超え、強引に村に入りこむ。村人に誘導された先は、アルベルゲではなく施設だった。ここは私たちが泊まれる場所ではなかった。
持ってきた小さな資料を見ると、カルメンの宿に泊まるようにと書いてある。道を尋ねながらカルメンの宿にたどり着く頃にはすでに日も傾いて薄暗くなっていた。
当たりをつけた家の前に、まさにカルメンらしき人が座っていた。
「カルメンさんですね!」と尋ねる私に、満足げに彼女は首を縦に振る。よかった!値段を聞くと、彼女は私たちを上から下まで見ながら値踏みをして、この手の宿にしては、やや高めの数字を出した。この時間、この疲労感にNOと言えるわけがなかった。
シャワーを浴びて外に出たころにはすっかり店は締まり、今日は飲み物だけをバルで買って済ませた。ものすごく喉が乾いていた。
カルメンの宿には私たち以外の客はおらず、あてがわれた部屋が車の騒音でうるさかったら、別の部屋に寝てもいいわと言ってくれた。宿の前の道は細かったが、確かにトラックが通るとうるさい。深夜に私は別の部屋に行き、思いきり眠ることができた。 -
7月22日
今日の予定は30km強歩くこと。昨日短くした分今日取り戻せば、予定通りなのである。
7時に出発。まだ暗い。本当はもっと早く歩き始めたいところだが、まだ二日目。調子が出るまではこのくらいの時間にしよう。
この時間からバルが開いていたので、水を買って出発。
よく寝たせいか、順調に足は進む。しばらく歩いていると信じられないことが・・・。
木陰で休んでいると、後ろから巡礼者が歩いてくるではないか!!!
私は彼女を待ち構えて話しかけた。
一人で歩いているイギリス人のフランという名の女性だった。
彼女はSevillaから今朝歩きはじめたのに、もう追い付かれてしまった。
きっと凄い人に違いない。私は今日の目的地を告げると、彼女はその手前までの予定だと言う。
「きっとあなたたちは私に追い付くわ。」
そう言い歩いていった。私たちが追い付くわけがない。こんな健脚の持ち主に。
しかし私の頭の中は???がいっぱいだった。この季節、北のフランス道でもイギリスなどの北部ヨーロッパ出身者には敬遠されるというのに。しかも初めてCaminoを歩くと言っていた。たくさん聞いてみたいことがあった。 -
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9時半に生ハムのボカディージョ(サンドウィッチ)の朝食をバルでとる。
とてもおいしい。バルの店内はアンダルシアにいることを実感させてくれるお祭りの写真がたくさんあった。
ここは南部なんだ。去年とは趣きが異なって当然だった。 -
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歩いていると午後1時を過ぎた。この時間は歩くことを禁止されている。しかしそうは言っていられなかった。
その日はこの時間、少しだけ風があったので、『けっこうイケル!』と喜びながら歩いていた。
オリーブ畑を抜けると、とてもいい道になった。しかし急に暑さを感じてきた。
水もなくなってきた。歩いてはすぐに休む。幸い木陰は涼しかった。
また歩き出す。きつい。 -
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やっと目的の村かと思ったら、まだ手前の郊外の村だった。ここに着いた頃、もう水は尽きていた。しかしバルも店も一軒もない。大きな一軒家が並ぶ住宅街なのだ。
こうなったら、どこかの家のドアをノックして、水を乞うしかない。
ところがどの家も立派な門からドアまでが遠いのだ。そして門は閉ざされていた。
あきらめずに探していると、門が少し開いていて、しかも車のドアが半開きになっている。ここなら人がいるに違いない。
中に入ってドアをノックする。
私たちのような東洋人の、しかもリュックを背負った巡礼者の訪問は初めてであったと思う。
最初はびっくりしながらも、一緒に出てきた子供にキッチンから水を汲んでボトルを満たしてくれた。
この辺りは・・いや、この巡礼路は・・・巡礼者に慣れていない。フランス道のように日常的ではないし、この人数ではお金にもならない。
だから、巡礼者に対し理解に欠けるのである。それでもこうして水をくれるので助かる。
ここからはもう1.5kmで目的地だったが、水がなくなる恐怖を初めて味わった。
目的地、Castiblanco de los Arroyosに着いてからも大変なのだ。
まずアルベルゲを探す。そしてそのアルベルゲにはボランティアも主人もそして他に巡礼者もいないから、町は鍵を近くのバルなどに委託し、預けている。
今日の鍵のありかはガソリンスタンドだとわかる。
ガソリンスタンドを前にして、まずはバルで水を大量に飲むことにし
た。1.5リットルのボトルを二人でほとんど飲んでしまう。 -
ガソリンスタンドで鍵をもらう。外出する際は、万が一来るかもしれない別の巡礼者のために、いちいちガソリンスタンドに預けなければならない。
アルベルゲはすぐ隣にあった。いったいこの前にいつ誰がここに泊まったのだろう?
マットの上は頻繁に人が使っているような跡はなく、虫がいたり清潔とは言えなかった。
仕方がない。需要がないのだから。
念のため鍵を中からかけてシャワーを浴び、洗濯をしていた頃、誰かが下で怒鳴っている。
鍵をかけてしまったので、中に入れない人がいるため、先ほどのガソリンスタンドのお兄さんが来たのだった。
ミカさんがドアを開け、後で部屋に戻るとそこにいたのは、疲れ果てたフランだった。 -
フランは今日40kmも歩いてしまったという。やっぱり健脚・・・と思っていたら、そういうわけでもないらしかった。
私たちが10km を歩いた日、彼女はSevillaに一泊した。ユースホステルに行ったが、いっぱいで、ホテルを紹介されたという。ところがそのホテルは冷房がなく、暑さで眠れず、とうとう4時半にホテルを出て歩きはじめてしまう。
何度も休みながら、やっとここにたどり着いたと言う。ぐったりとして、「歩き過ぎたわ。」と言っていた。
そして、できれば明日から私たちと一緒に歩きたいと申し出る。こちらも心強いし、仲間ができるのは本当にここでは貴重なことで、大歓迎だった。
フランもシャワーを浴び、一緒に食事にいく。
彼女は最初から私たちの邪魔にならないように、とても気を遣ってくれていた。
食べ物も、『出てきたものを何でも楽しくいただくわ』という姿勢だった。
バルで適当に何品かオーダーする。どれもおいしくて三人ともだんだん元気になっていった。
フランは15歳の娘がいるというから、30代後半くらいの歳だろうか。
最近までずっと小学校の先生をしていたが、最近転職し、動物園付きの先生になったという。
幼稚園児から大学生まで見学にくる子供たちに合わせ、動物の生体などを説明するのが仕事。
銀の道を選んだ理由は、動物にたくさん会えるからということだった。
Sevillaを出発する前は、ドナーニャ国立公園でたくさんの動物を見てきたと興奮していた。
9月の中旬までお休みをとってあるので、ゆっくり歩くことができると言っていた。
8月の25日までには遅くとも着かないとならない私たちと違って余裕だった。
どのくらいの間、彼女と歩くことができるのだろうか。
レイク・ディストリクトの出身だった。
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この旅行記へのコメント (6)
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- チビケイさん 2005/09/22 00:41:08
- nightさん☆,。・:*:・゚★o(´▽`*)/過酷な旅・・・・無事で良かった!
- nightさん、、暫く大人しくしていたチビケイです(笑)
そろそろ始まってるかな?と来て見ました(*^m^*)
前回以上に過酷な旅・・・序曲ですねヽ(´〜`;
今からドキドキしますーーーー
パキさんと無事お会いできたようで良かったです。
今回はずっと一緒じゃなかったんですねぇ
優しい笑顔の女性がパキさんですよね(*^。^*)
今回はお写真も沢山でユックリと見せて頂いてます。
nightさんの長い旅の始まりに飲まれたビール!
昨年の旅をまた皆で語り合える喜び!素晴らしいです。
本当にこの厳しい巡礼を成し遂げられた
nightさんにおめでとうを言わせて下さいm(__)m
(⌒▽⌒)/゜・:*【ネ兄】*:・゜\(⌒▽⌒)巡礼!
- night-train298さん からの返信 2005/09/26 22:14:57
- RE: nightさん☆,。・:*:・゚★o(´▽`*)/過酷な旅・・・・無事で良かった!
- チビケイさん、いつも暖かいお言葉をありがとうございます!
このページにもすっかりご無沙汰してしまい、第一弾を書いたきり、すっかりひきこもって(どこに?)おりました〜。
でも、復活の予感(!?)です!
さて、そ〜なんです。笑顔の女性がパキ。不思議なのですが、彼女との意思疎通ってスムーズなのですが、彼女曰く
「私の英語はドイツ人にもイギリス人にも通じなかったの。あなたにしか通じないの。」と言われるくらい、
言葉を超えて通じあっています。彼女を見ているだけで、楽しくなるんですよ!
チビケイさんに、ぜひご紹介したいなぁ。
今回は、何と言っても巡礼者の数が圧倒的に少ないんです。
めったに人にも会わず、動物に少し会うくらい。
でも、歩いた後のビールは最高!なんです。
(このためだけに、歩いているというウワサも!!)
では、ぼちぼち復帰いたしますので、よろしくお願いします!
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- kioさん 2005/09/18 22:23:15
- <旅の自分史>を書き残せる愉しみ・・・
- night trainさん こんばんわ〜
いよいよ始まりましたね!
早速 読ませて頂きました。 途中からふと感じたのは
ロールプレーイングゲームな如くな雰囲気多々あり(笑)
村に入って指示どおりにカルメン・ハウスらしき前に辿り着くと
カルメンおばさんな如きな人物が家の前で座って待っているな様や
或いは町の鍵をゲットすべくガソリンスタンドに向かう様は
妙にアイテムを手に入れるが如くですよね(笑)
去年のサンティアゴの道ほど、ポピュラーな道では無いだけに
今後の道中の苦労がしのばれます。更に日中、午後一時から午後七時までは
歩いてはいけないというお達しが在るほどの過酷な暑さの中を
如何に通り抜けてきたか・・
night trainさんにおかれましてはnight trainさん自身の愉しみとして
少しずつアップしていってください。
今後の展開をホントに楽しみに待って居ますよ。
- night-train298さん からの返信 2005/09/20 01:40:47
- kioさん、
早速、旅行記を読んでくださって、ありがとうございます。
なるほど、ロールプレーイングゲームですか!?
そうかもしれません。何しろ、宿探し、鍵探し、矢印探し、先人の足跡探し・・・と、まさにゲームのようでしたね。
後でも書きますが、まさに五感を集中させ、精神を研ぎすますと、なぜか道が見えてくるんですよね。
誰かと一緒の時は、つい相手に頼るため、勘は働かないのですが、不思議と一人の方が、道に迷いませんでした。
結局、足の遅い私たちは、掟を破って日中も歩き続けるはめになり、今後、喉の渇きと、暑さにより汗のためにマメもでき、過酷になっていくのであります。
前回よりも、おもしろくなるハズなので、どうぞよろしく!
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- osdさん 2005/09/15 22:02:24
- 長編、大作の予感!
- 始まりましたね!「LA PLATA」巡礼の旅。わりに静かなスタートでしが、充分長編、大作の予感がします。今回の旅文が「週間4travel」の9月3週号として楽しく読みました。急ぐことはありません、また文章の瑣末にこだわることなく、書き続けてください。泣き笑い、人と人とのフレアイ、感動、感激を筆者固有のVIVIDな感性で伝えてください。
でも女二人タフですね。生水ガブガブ1.5?、お腹は?イギリス人のフランさんも加わり、旅は始まり始まり!パキさんは途中から参加するのかな…いろいろ伏線あり、これからをハゲシク期待しています。
※年寄り読者からのお願い…文中出てくる以前の友人(アベル、カルメン、フリオさんなど)、ひと言あだ名みたいなコメントがあれば、どんな人か思い出すのに大変助かります。
※大変、厳しい旅だったと思います。それに対してオモシロ半分のカキコミになるかもしれませんが、興味本位の一読者としてカンベンしてください。
- night-train298さん からの返信 2005/09/20 01:38:06
- OSDさん、
- OSDさん、
早々と旅行記を、読んでくださって、ありがとうございます。
今後、山あり谷あり、笑いあり、涙あり・・・の感動巨編(そんな!)になっていく予定ですので、少しづつアップいたしますので、お見守りくださいね!
登場人物の解説(特に去年知り合った人たちですね)は、なるべくわかりやすいようにしますね!
ちなみに、アベルは去年スタートから一緒だった、マラガから来た大学生4人組の一人です。一番大人しい人でした。途中ブルゴスで帰りました。(最初からの予定)
カルメンは、バルセロナから来た、フランス語&国語教師で、いつのまにか一緒に歩いていました。(去年)一時期一緒に歩き、歌を歌ってくれました。
フリオは、とっても明るい好青年(みかけはおじさんだけど)で、いつも楽しそうに歩いていました。スペイン語しか話さないので、深い話はしていないけれど、心は通じ合っていたと思います。
どんどん感想をいただけると、励みになりますので、よろしくお願いいたします!!
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