2000/09 - 2000/09
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イスカンダル亜力山大さん
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「シルクロード・カシュガルとカラクリ湖」の続編〜。
「いとしのトルファン」と形容される町トルファンは、天山山脈南麓、タクラマカン砂漠の果てのエキゾチックなオアシス。
年間降水量15mm程度と極端に乾燥し、盆地にあるので夏は40℃を越える日が続く。
おかげでとびっきり甘いブドウが穫れ、町の別名は葡萄城。
モスクの尖塔、蘇公塔から見渡せば、眼下にブドウ畑と日干しレンガの民家が点在する。
集落の向こうには、西遊記に登場する火焔山の勇姿が......。
-
カシュガルから空路ウルムチへ飛んで、チャーターしたバスでトルファンへ。
途中、天山山脈の最高峰、ボゴタ峰(5445m)が見える。 -
天山山脈の谷間は風の通り道。
たくさんの発電用風車が回っている。
風車の数は340基。
東洋一の規模だそうな。 -
ウルムチから隣町のトルファンへ通じる高速道路。
隣町ったって、180km離れてる。
隣は遠い。
この高速道路は、世界銀行から日本円で500億円の融資を受けて、トルファンのず〜っと手前まで第一期工事が完了したそうな。
(今はほぼ市内まで完成済み)
っで、大型バスの高速代が90元(1200円)!
しかも、ご覧の通り殆ど車が走ってないの。こんなので借金返せるン? -
国道312号線、4054km地点の標識。
この道の起点は上海、終点はカザフスタンとの国境。
東西を結ぶ現代のシルクロードだ!
4054km地点とは、もちろん上海からの距離。
日本列島よりまだ長いヨ。 -
カラクリ湖へ行った道とは較べようもない快適なハイウエーでトルファン到着。
先ずは蘇公塔へ。
入口のイミン・ホージャ像と後ろに蘇公塔。
う〜m、逆光じゃあ.....
イミン・ホージャは、清の乾隆皇帝の時代のトルファン郡王。
生前にモスクの建設を願い出たが、成らなかった。
遺志は息子のスレイマンに受け継がれ、1777年に完成。
スレイマン(中国語で蘇来曼)が建てたから蘇公塔。地元の人はイミン塔と呼ぶンだって。 -
蘇公塔の紋様。
磚(せん=レンガ)で築かれた高さ44mのミナレット(イスラム式の尖塔)には独特の幾何学紋様が刻まれ、オリエントムードが漂う。
内部は一基の石材も一本の木材も使われていない。 -
交河故城は、トルファンの西郊外、ヤルナイゼ川の中州に築かれた高さ30mの天然の要塞跡。
紀元前2世紀ごろから都市国家としての歴史を持っており、前漢代には、匈奴と親密な車師前国の首都だった。
紀元前1世紀ごろ、漢に滅ぼされてこの地方の中心が高昌城に移ってからも、車師国の都として存続した。
以来、幾度も城主が入れ替わって、元代に高昌城が衰退していったのと同時期に、交河城もまた歴史から消えていった。 -
交河故城の中心で記念撮影。
それにしても暑すぎる。気温37℃やし!
あれ?
人数が足りンなぁ、暑さで何人かリタイアしたかぁ〜?! -
交河故城の断崖絶壁から谷あいの葡萄畑を見下ろす。
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日干しレンガを井桁に組んだ乾燥庫の中で、ブドウを自然乾燥させる。
水分が飛んで、重量が四分の一になったら、甘い甘い干しブドウの出来上がり。
トルファンのブドウは全部で200種類。
殆どが干しブドウにされ、新鮮なまま食べたり、ワインに加工されるのは僅か。
ワインは、楼蘭葡萄酒って銘柄のがある。
すんごいネーミング! -
オアシスホテルの歌舞ショー。
演奏は男ばかり。 -
舞姫 その1
この旅から帰ったら、偶然テレビでトルファン特集をやってた。
何と、この娘が出演してたので、ビックリ。 -
舞姫 その2
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舞姫 その3
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舞姫 その4
同じウイグルの民でも、カシュガル人とトルファン人の顔立ちには、はっきりと違いがある。
ここトルファンの人々はモンゴロイドとの混血の結果、どちらかといえば、東アジアに近い顔立ちになる。
カシュガルの舞姫は、別の機会にご紹介ぃ〜。 -
トルファンホテル前庭のカレーズ。
雨が少ないトルファンは、古代から天山の雪解け水を地下水路で町や畑へ引く。
地上の水路では、強烈な日差しで水が蒸発して効率が悪いから。
この地下水路をカレーズと言い、短いもので3km、長いものでは20〜30kmもあり、新疆全体で千本以上、総延長は5千kmにも及ぶ。
万里の長城、大運河と並び、古代中国の三大建築と言われる。 -
火焔山の中ほどにあるベゼクリク千仏洞を目指す。
火焔山はトルファン盆地の北側に東西に横たわる、幅9km、全長100余kmの細長いく赤い山塊。
西遊記で火焔山と紹介された魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈する岩山は、ホンマに真っ赤っかで、孫悟空のお尻と一緒。
どうやったらこんな赤い山になるンでしょ? -
でっかいでっかい火焔山の、ほんの一部。
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火焔山の山懐、ムルトゥク河の断崖に鑿(うが)たれたベゼクリク千仏洞。
ベゼクリク千仏洞は、6世紀末(南北朝)から14世紀初頭(元代)にかけて築かれた一大仏教石窟寺院。
だが、後に仏教からイスラム教へ改宗したウイグル人によって破壊された。
イスラム教は偶像禁止だから。
わずかに破壊を免れた歴史的遺産も、20世紀初頭の西欧列強の盗掘によって運び出され、価値あるものはあまり残っていない。
けど、ベゼクリク千仏洞は、存在そのものが価値有り、だと思う。 -
高昌故城近くのウイグル人の農家を突然訪問、小さな子がいた。
小学校へ上がる前ぐらいだろうか。
この辺りのウイグル人は生まれたときは東洋的な顔立ちで、成長に連れて、だんだんと彫りが深くなり、年老いたら西洋的な顔立ちになる。
不思議じゃぁ〜〜。 -
高昌故城。
火焔山南麓にある高昌国の廃墟。
高昌国は南北朝の頃から元代の終わりにかけて、約千年間この地方の中心だった漢民族系の城塞都市国家。
西隣のトルコ系の車師国(交河城)とは対立関係にあったが、5世紀にこれを滅ぼしてからは、この辺りは漢民族系の支配地になった。
玄奘三蔵法師が天竺(現在のインド)求法の途上、高昌国王・麹文泰に助けられ、中央アジア経由で天竺へ辿り着いたことは、夙に有名。 -
総ては風化し、強者どもが夢の後だけが残った。 -
高昌故城近く、アスターナ古墳群のミイラ。
ナマのミイラって、博物館以外ではなかなかお目にかかれない。 -
さよならしたら、またすぐ行きたくなるトルファンからウルムチへ戻ったら夕方。
家路を急ぐこの子たちは、アスターナ古墳群のミイラの末裔かも。
東洋と西洋の両方の顔立ちの子どもたち。
やっぱりシルクロードは東西の民族人種の行き交った道だなあ。
さ〜て、明日朝の飛行機で敦煌へ発つ。
==次の旅行へつづく==
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