2004/12 - 2005/01
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高級和牛の会のかいさん
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ラサ、というより、チベット、と言えばポタラ宮。
ポタラ宮を一目見たいという思いに駆られ、やって来たチベット。
ラサの街の、彼方此方から見えるポタラ宮。
何処から見ても感じる威厳。
それは、主が留守でも感じる、チベットの精神の永続性。
とはいえ、やはり、主ダライ・ラマ14世猊下の生還を願わずにはいられない。
表紙:夕暮れのポタラ宮。
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観光客がポタラ宮を参観するには、ポタラ宮の建つマルポ・リ(丘)の裏手に車で上がって入ることになる。(観光客の入場料は100元。地元民は表口から無料で入れる。)
その部屋は、入場口を入ってすぐの一角にあった。
ポタラ宮の参観ルートには、同様の役割を果たす部屋は他になく、参観者にとって、この部屋が最初で最後の砦だ。
室内にはなんの装飾もなく、一切の備品すらもなく、明かりといえば窓から差す光のみ。
薄暗く、そして、不必要なほど広い。
倉庫と言えば言えなくもない。
その穴は、空虚なこの部屋の中央にあった。
この部屋のある建物は崖の上に立ち、日本の城郭に例えるなら、この穴は「石落し」といったところだろうか。
穴を覗き込む。
穴からの落下物が無残にも散っていた。
崖下からの風が吹き上げてくる空間。
俺も、先人たちに倣い、空間に放った。
快晴のラサの街なのに、穴の下の空間だけは雨となっていたことであろう。 -
紅宮内の休憩室で。
チベット人現地ガイドのカンソン(漢字標記:康松)さん。
西蔵大学で日本語を学び、2年前に卒業。
夢は、日本人と直接取引ができる旅行会社の経営。 -
紅宮から白宮へと続く屋上から、ボタラ宮広場を見下ろす。
北京の天安門広場を感じさせる。
「西蔵和平解放紀念碑」の後ろは、ポタラ宮に向き合って建つ西蔵自治区政府。
ポタラ宮の真下のショル村(貴族屋敷街)は区画整理が進む。 -
白宮の甍の先に広がるラサ東部の市街。
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紅宮の吹き抜け部分。
紅宮は歴代ダライ・ラマ法王の霊塔を祀る、ポタラ宮の宗教施設の核心部。
チベット人の巡礼者は、一つ一つの仏像や霊塔を熱心に拝んで廻る。
御布施は中国の通貨だけではなく、インドや欧米などの通貨もあり、漱石先生もいた。
紅宮内部は、経典、仏像、彫刻、絵画など、チベット文化の粋の殿堂。 -
ジョカンを望む。近代的な建物が多く、ラサといえども中国の一地方都市と化している。
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デヤン・シャルから見上げる白宮。
白宮はダライ・ラマ法王の政庁で、謁見室や勉強部屋、居室が公開されている。
デヤン・シャルとは観劇場で、ダライ・ラマ法王が白宮の最上階から観劇する。 -
宮殿であり、寺院でもあるポタラ宮。
チベット人にとっても憧れの聖地。
巡礼の家族も記念撮影。 -
ポタラへの坂を登り詰めて。見上げる空の青、白や赤の壁、金の装飾、何もかもが眩しい。
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取り壊し作業中のショル村から。
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ジョカン屋上からの、聖なる眺め。
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巨大な「黄金のヤク像」、西蔵電視台、ポタラ宮。
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北京中路のチョルテン(仏塔)と。
映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」で、このチョルテンに毛沢東同志の肖像画が掲げられていた場面があった。
(映画の撮影は、当局の圧力のせいでヒマラヤからアンデスに変更せねばならなかったらしいが。) -
ポタラ宮広場に置かれていた中共軍戦闘機。
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チベットの象徴・ポタラ宮
中共の象徴・五星紅旗 -
西天に月浮かぶ、朝のラサの街に。
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ポタラ宮の建つマルポ・リ(丘)の崖には多数の仏画。
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青く澄み切ったラサの空に
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ポタラ宮の北側、ゾンキョ・ルカン(公園)。
全面結氷の龍神池越しに。 -
2004年大晦日。
一年の終わりを迎える夕景。
そして、ラサ滞在最後の夜がやってくる。
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