1980/10/01 - 1980/10/14
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ajiajiroさん
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1980年○□県青年の船の記録です。
今回は完結編で14日間の船旅の船内活動の様子をお伝えします。
この旅行記には一部、私以外の他の団員の撮影した写真も入っていることをお断りしておきます。
-
当時、乗船した船の概略を示します。
船 名:クルーザーさんふらわあ7
竣 工:昭和54年6月
全 長:124.93m
総トン数:7,500トン
定 員:国内794名・海外500名
乗務員:60名 -
当時の乗船票です。
記載の部屋番号D05のDは船内の階数を示します。
さんふらわあ7は7階建てになっていまして、上からサンデッキ、A〜Fデッキとなっています。
客室を簡単に言いますと四角い窓があるA,Bデッキ、円い窓がかろうじてあるDデッキ、窓がないEデッキという感じです。
部屋割りは船内班の男女ごとになっており我々の4組19班の男子6名はDデッキの8人部屋を使いました。
女性陣4人はBデッキの8人部屋を他班の女性と合計7人で使いました。 -
第一日目の夜の様子です。
船長主催のウェルカムパーティーは全員盛装で出席です。
自称、青年の船で一番にまとまりの良かった4組19班の10名が全員集合です。
まだ多少の遠慮があり、お互いの性格を掴みきっていないところが見られます。 -
いいお天気でした
ブリッジの操舵室におじゃました後に記念撮影。 -
今度はデッキで記念撮影。
19班の10名と、右端は指導員の方、左端は4組組長です。 -
穏やかな海です。
何かと忙しく、意外と海の写真は撮りませんでした。 -
今日のお昼はデッキランチです。
天気は快晴。潮風に吹かれての昼食はよい思い出になりました。
たぶん土佐の沖合いを通過中だと思います。 -
船内の食事は基本的にCデッキのレストランでとります。
朝食と昼食はセルフサービスですが、夕食は正装が義務付けられていて早番、遅番それぞれテーブルの席が指定されています。
これはいろいろな人と知り合いになれるようにとの配慮からだと思います。
さて写真のレシートですが、何でしょうか?
出航日の昭和55年10月1日に我々4人のテーブルで赤ワインを飲みましてその料金がたったの500円なのです。
いくら酒類は免税になっているとはいえ、なんという安さでしょう。これには感激しました。
私たちは毎晩安くてとても美味しいワインをたらふく飲みました。
それと船の食事で忘れてはならないのが、知る人ぞ知る夜食です。
毎日、21:45過ぎににレストランへ行くと用意されていますので自由に食べる事が出来ます。
もちろん無料です。 -
船内では各組記録係の当番制で「你好」という名の新聞が毎日発行されました。
団員の目を通してみたその日の出来事や感想などが率直に書かれています。
これは私たちが担当した日の你好です。 -
さて船内ではかなりのハードスケジュールで研修?が行われていましたが、その隙を縫うようにのど自慢大会が行われました。
わが19班はそれに出場し、なんと優勝してしまいました。
曲目は当時流行っていた ロス・インディオス&シルヴィアの「別れても好きな人」。 -
歌唱力では自信がありませんでしたが、チームワークの良さが優勝につながったようです。
写真は女装して検討した我が班の功労者です。 -
当時の名札です。☆のラメを貼り付けたりするのが流行りました。
また、名前の中国語読みを勝手にカタカナで書いてあります。
裏側は正式な名札になっていまして公式訪問の際などは着用が義務付けられていました。 -
遊んでばかりいるように取られると困るのですが…
こんな事もやっていました…
若い者が大勢集まっていましたので… -
上海を出航する晩に行われた中国側約60名を招待しての船上交歓会のワンシーン。
他に茶道など我が班の女性陣は大活躍でした。 -
船内で行われた洋上祭にて4組が大集合。
各種競技で熱戦が行われました。
着ているトレーナーの色によってブロック分けがされています。
全部で県内が5ブロックに別れています。 -
ブロック対抗の仮装行列で一位になったのは「西遊記」
写真はご存じ我が班の班長扮する三蔵法師です。
妙に似合っていました。 -
船には地方紙の記者の方も乗船しており、その様子は後日紙面に連載されました。
基本的に船内の1日は
6:00 起床
6:30〜 朝のつどい 清掃、整理
7:20〜 朝食(早番/遅番)
9:00〜 研修
12:00〜 昼食(早番/遅番)
13:00〜 研修
17:30〜 入浴・夕食(早番/遅番)
20:00〜 自主活動等
22:00〜 点呼・就寝
と非常に厳しいものになっておりました。 -
紅一点?
最後の晩のサヨナラパーティーです。
あちこちで別れを惜しんでの輪ができました。 -
この日、10月13日のレシートはサヨナラパーティーの二次会を班の仲間を中心にラウンジで行った時のものです。
ウィスキー@800円が二本で1600円です。
船内でのハウスウィスキーは確か「さんふらわあ7」という名のものがあったのですが、我々がよく飲んでいたのはアベロウアの10年物だったと思います。
ちょっと若造にはもったいないほど美味しいウィスキーでした。
それが氷や水などもついてこのお値段は安すぎます。
この時は、先ほどのパーティーでの鏡割りの日本酒の樽なども持ち込んできた強者もいまして夜遅くまでうたげは続きました。 -
それでそのときの様子の写真です。
みなさん、かなり出来上がっていたようです。
次の日の朝、船は低気圧の接近のため予定を変更して晴海埠頭へ接岸し、青年の船の団員は帰国しました。
以上でこの三部作は終了です。
私の青春時代の思い出におつき合いいただき有り難うございました。 (^_^)/~
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この旅行記へのコメント (2)
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- enyasuさん 2005/06/03 18:59:02
- 1980年代の中国 船旅
- すばらしい旅行記ですね。
団員達との交流、その後も続いているのでしょうか。フィーリングカップル、何か懐かしいですね。
またこういう旅行記お願いしますね。
- ajiajiroさん からの返信 2005/06/04 00:27:59
- RE: 1980年代の中国 船旅
enyasuさん、こんにちは!
いやぁー うれしかったです。 ♪〜(=^ε^=) 吹口哨
書き込みありがとうございました。
この[1980年青年の船訪中記」シリーズは、言わば私の「輝かしい青春の宝物」みたいなもので、かなりの思い込みと力を入れて、且つ時間を掛けて作ったのですが、誰からも書き込みが無くて、しょげていたところでした。
本当に書き込みありがとうございました。 └(=^O^=)┐ 高興得跳起来
さて、>フィーリングカップル、何か懐かしいですね。
まったく同感です。そのほかには松田聖子の青い珊瑚礁、長渕剛の順子などが当時流行っていました。
では、また。 再 見 (^_^)/~
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