2004/08/19 - 2004/08/19
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night-train298さん
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8月19日 SANTINGO DO COMPOSTELAまで (4,4km)
7時にモンテ・ド・ゴソを全員揃って出発。
8時にはカテドラルに到着。
カテドラルの裏手から来て、いきなり中を通って向こう側の『巡礼オフィス』に行く。
慌ただしく流されるばかり。
オフィスは9時から開くということで、順番待ちのため、荷物はおいたまま、
今夜泊まる部屋を探しにいくが、結局宿が決まらないまま、オフィスが開く
時間になってしまう。
すると、もう10日ぶりだろうか。ピレネーから一緒だった、イタリアのおばさん
二人がすぐ後ろで列に並んでいるではないか。うれしくなり、写真を一緒に写す。
初めから最後まで完全に一緒だった彼女たちなのに、今まで挨拶くらいしかした
ことがなかった。
二人は他のイタリア人とさえも交わりがないように見えた。
最初は男の人も一緒で三人で歩いていたのに、最後に会った時は二人だった。
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さて、オフィスでは簡単な質問があり、証明書を受け取る。
お金はかからない。薄っぺらい紙だったし、実際は形だけのものであり、
ここに着いた今は、さほど意味がないように思われる。
歩いた証は、友との出会いであり、残るのは、歩いてきた雄大な風景と、
出会った人々の顔であり、それらはこれからもずっと私の心のなかで、生き
続けるに違いない。
ほっとした私たちは朝食を食べにカフェに入る。タルタ・デ・ケソ(チーズの
タルト)とタルタ・デ・サンティアゴを食べ、結局アルベルゲに向かうことに
なった。
公営のアルベルゲは、泥棒が多いということで、私営のところを予約してあった。
カテドラルまで20分もあるアルベルゲまでは距離があり、モンテ・ド・ゴソに
戻る道すがらにあった。
すでにかなりの距離を歩いていた。私たちは、フェルナンドのことが気になっていた。
そろそろ着く時間である。もしかしたら、すれ違うくらいの時間だ。
もうすぐアルベルゲの前という所まで来て、・・・やっぱりフェルナンドは
やってきた。
カミーノの、お約束なのだ。
みんなで再会を喜び、フェルナンドは急いでオフィスに行かないと、今日着いた
人数にカウントされないし、私たちも早くアルベルゲに行かないと、12時からの
ミサに間に合わない。
フェルナンドとは、ミサで会おうということになった。
しかし、彼は今夜中に実家に帰らなければならないということだった。 -
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タルタ・デ・サンティアゴとタルタ・デ・ケソを半分づつ。
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アルベルゲにベッドを確保して、急いで12時のミサに向かって戻った。
ミサは美しい女性の賛美歌で始まり、おごそかなものだった。
ミサの中で、日本から4人到着と言われ、私たち以外にも一人いたようだった。
セビリアからは12人、ラウラ&ミッチェルのリオハからは二人と言われ
彼ら二人の名前を呼ばれたかのように、喜んでいた。
そして、ボタフメイロ(香炉)に煙りが焚かれ、いよいよ綱に付けられた香炉が
振り子のように揺らされて、カテドラルじゅうに煙りが広がる。
その高さは次第に高くなり、天井すれすれにまで上がり、次第に小さい揺れになる。
やはりこれは感動てきな場面であった。
普段なら日曜のミサでしかやらない儀式も、サンティアゴの年の夏は、毎日の
ように行われる。
その人の数もすごい。入りきれない人が、外でミサを聞いている。
ときおり雨が降ってくるらしく、傘をさしている。
私は10年前のここに立った時を、思い出そうとしていた。
しかし、どうしてもその思い出とは重ならない。
あまりに人の数が違うのだ。印象も全く違う。この10年で、サンティアゴ詣では
こんなに人気になった。また、今年はサンティアゴの年であるためでもあった。
想像していた、サンティアゴ到着の感動というのは、大きくはなかった。
もっと、足をひきずって、フラフラしながら到着する絵を思い浮かべて
いたからだ。
実際には、二日間ゆっくり歩いたし、いままで積み重ねた毎日が、
たまたまゴールだったというものだった。
だから、やっと着いた・・・という感慨もなかった。
目の前にあるのは、明日の目標でも、黄色い矢印でもない。
まだまだこんな風に、歩いて旅をしつづけたい・・・という、元気さが
あったし、旅の途中なのであった。
それが、『プツッ』っと断ち切られるような思いもあった。 -
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10年前とは違う大勢の巡礼者、観光客。
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カテドラルを出て、噴水の広場に出ると、フェルナンドが待っていた。
そこにグリちゃんも来て、大撮影大会になる。
この旅行で一緒だった人と、一緒に何度も写真を撮る。
日本人隊3名(グリちゃん、あけみさん)、トレス・ノスケトレモスの三人(パキ
&アンヘルと)。ラウラ&ミッチェル、フェルナンド、ハビー&ロジィ。
そしてバスのチケットを買いにバスのターミナルへ行き、一泊旅行にアストリア
地方のルアルカまでのチケットも手に入れる。
また、明日行くフェニステーレまでの時刻表も手に入れた。
フェニステーレまでは、バスで行くのだ。
ここで、グリちゃんとあけみさんは帰り、私たちはフェルナンドとの最後の
食事にレストランに入る。
バスターミナルの地下なので、期待していなかったが、入った途端、高級ムードで、
料理の方も、ゴージャスだった。 -
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ちょうど背中に回った時に、今日二度目のボタフメイロが始まりました。
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カテドラルに戻ると、宿をまた探す。今日泊まるアルベルゲは遠いし、12時までに
帰らなくてはいけない。明日の『最後の晩』は、遅くまでサンティアゴの夜を楽しむのだ。
そのために、オスタルを探し、明日の分の予約を入れた。
フェルナンドのバスは、9時半だったので、8時半までは一緒にいられる。
カテドラルのサンティアゴ様に近い門は、このサンティアゴの年のみ開かれる。
そのため、その扉から入るために、広場いっぱいに長蛇の列がくねくねと、
長く続いていた。
サンティアゴに着いたら、サンティアゴ様の後ろからハグするのが習わしである。
私たちはその列に並ぶことにした。
そこでパキとアンヘルは、伯母さんの写真を持ってくるのを忘れたとかで、
アルベルゲに取りに行くと言う。
伯母さんに、写真をサンティアゴ様の背中でなでる約束をしてきたと言うのだ。
あの遠いアルベルゲまで、取りに行くなんて、律儀な二人だ。
列に並びながら、真面目なフェルナンドと話したことは、宗教のこと。
神道という言葉を知っていて、仏教、神道など、日本人の宗教観について話した。
また、何でこの旅に出たかを聞かれ、宗教の違いはあっても、同じ考えに根ざして
いることなどを説明した。
カミーノでどこが好きかと聞かれ、私はレオンからガリシアまでだと答えた。
そのあたりが、一番解放された場所な気がした。
フェルナンドは迷わずレオンだと言う。
ミッチェルは私たちが並んでいる間、どこかへ行っていたが、門に入る手前で
あわてて戻ってきて、数年に一度開く門の前で私のカメラを取り上げ、写真を
撮ってくれる。
また、中に入ると、サンティアゴの背中に回った写真もミッチェルが私の後ろに
並んでいたフェルナンドに撮るように命令してくれる。
するとその時だった、今まさに6時のミサの最中で、ボタフメイロ(香炉)
が数人の手によって、焚かれるところだった。
そして香炉が大きく揺れはじめた。
私がまさにサンティアゴ様の背中にいる時に、それは始まり、ドラマティックな
出来事だった。
前に進んでいた人の足が止まり、金色の背中越しに大きく揺れるボタフメイロが大きく揺れる様を止まってゆっくり見ることが出来た。
位置的には、12時のミサの時とは方向が違い、それは前後ではなく、今度は左右
に大きく揺れた。
サンティアゴ様の背中は、金色で大きな宝石がたくさんはめ込まれていた。
この背中越しに、一緒に歩いてきた仲間とこうして素晴らしいタイミングに
立ち会えたことを、本当にありがたく、幸運なことだと思った。
カテドラルを出ると、ラウラとミッチェルはお土産ものを買いに、奔走しはじめた。
ハビー、ロジィー、フェルナンドとバルに行き、ビールを飲むことになった。
ハビーとロジィーは英語を全く話さないので、私たちはいつもそばにいる仲間
としての連帯感はあったが、深い話をしたことがなかった。
カタコトのスペイン語を駆使して、話が始まった。
彼等は、バスク地方出身で、二人の娘がいる。初耳だった。
どちらも小学生で、ロジィのご両親に預けて二人は旅をしていると言う。
写真を見せてもらったら、ハビーのオヤジとは似ても似つかないかわいらしい
子供たちであった。
ハビーのフルネームは、フランシスコ・ザビエル。日本では教科書に載っていて、
誰もが知っていると教えてあげた。
フランシスコ・ザビエルの名は、南部の人はあまり知らないようであったが、
北部の人たちは良く知っていた。
話はスペイン人の結婚するまで、結婚してからのことになり、複雑になって
きたので、フェルナンドが通訳してくれる。
先程列に並んでいた時のフェルナンドは、ちょっぴり固かった。話も固かったが
英語も通じにくかった。ビールを飲んで調子づいたのか、意思疎通がとても
スムーズになる。
今までこんなにハビー&ロジィと話したことはなく、フェルナンドの通訳
のお陰もあって、おおいに盛り上がった。
また、私がつけているペンダントは、アンヘルが彫り出してくれたもので、
そのオリーブはフェルナンドの村で食べたものだと言うと、とても喜んでくれた。
私は調子に乗って、次に来る時は、短期のスペイン語留学をしたいと言うと、
ロジィが理由を聞くので、
「スペイン人はいつもおしゃべりをしているので、話していることの内容を知りた
いから。」と言うと、みんなの答えは、
「話の内容はラビッシュ(たわいもない話)」
と言われ、大笑い。
そのうち、ここを見つけたラウラとミッチェルも加わって、時間ぎりぎりまで
みんなで一緒に過ごす。
最後に、フェルナンドに、ブルゴスの時に習った台詞、『I\'ll miss you』と
スペイン語で言いたいが、頼りのパキはいないし、フェルナンドに聞くわけにも
いかない。
私は集中して言葉を思い出す。
そして不思議なことに、その言葉が出てきた!
『テ エチャレ デ メノス!』
いよいよフェルナンドの出発の時間になり、パキたちを探し、そして全員で
見送る。
とても淋しい瞬間だ。
こうして一人、また一人と、みんな帰ってしまうのである。
最後まで残る私としては、とても辛いことだ。
私たちは、バスターミナルへ向かうフェルナンドの背中を、見送った。 -
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しかし私たちはその余韻に一瞬浸ったかと思ったら、次の瞬間は、海鮮がおいしい
と評判のレストランに向かって歩き出していた。
ここは、マリア(マラガ)から教えてもらった店だった。
レストランは、アルベルゲとは反対方向で、しかも遠い。
そこでおいしいシーフードをたくさん食べ、外に出ると雨が降ってきた。
すでに11時近い。しかし雨宿りのため、隣のバルに入る。
みんなのんびりお茶を飲んでいるが、私は門限が心配だった。
11時半を過ぎた頃、やっと雨も上がり歩き出した。
アルベルゲまでは延々と遠い。
カテドラルまで来て、今日二度目のお別れになる。
ハビーとロジィは明日帰ってしまうのだ。
二人はカテドラルの近くに宿を取っていた。
だんだん人数が減っていく。
二人と別れてからは、猛ダッシュでアルベルゲへの道を急ぐ。
しかし、本当に遠い。
すでに途中で門限の12時を過ぎてしまった。
責任感の強いパキは、みんなの先頭に立って歩いていた。
私は少し遅れて歩き、かなり後ろに三人が歩いていた。
やっとパキがアルベルゲに着いたのが見える。そこにはパキ以外の人影も
見える。
なんと、その時、別の巡礼者が管理人に鍵を開けてもらっているところであった。
パキは頼み込み、後から来る人が入るまで、鍵を開けておいてもらった。
不思議なくらい、神様から見放されることはなかった。 -
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この旅行記へのコメント (5)
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- さすらいおじさんさん 2005/05/22 09:56:15
- night-train298さんも歩かれたのですね。大きな感動があったことでしょう。
- night-train298さん スペイン巡礼を拝見しました。私は昨年5月にスペイン、ポルトガルツアーでサンティアゴ・デ・コンポステーラを訪問し、ピレネーから1ヶ月かけて歩いてきたというフランス人の若者の満足感溢れる表情に私まで感激しました。night-train298さんも歩かれたのですね。大きな感動があったことでしょう。私も近いうちにスペインの旅をUPしようと思いました。感動の巡礼に1票です。
- night-train298さん からの返信 2005/05/22 23:43:22
- RE: night-train298さんも歩かれたのですね。大きな感動があったことでしょう。:さすらいおじさんへ
- さすらいおじさん、ありがとうございます!!!
あたたかい一票を、ありがとうございます!
さすらいおじさんも、サンティアゴに行かれたのですね。
私は信者でもなんでもないのですが、帰ってからは、会うひとごとに、巡礼をすすめてしまいます。
フランス国境から歩いたのですが、30日かけて歩きました。
景色やおいしいものとの出会いもうれしいけれど、やはり人との出会いが感動的でしたね。
ほんの数日しか歩かない(仕事などの都合だったり、週末のリクレーションだったり)ひとたちとも、
家族のような親近感がわいてきます。
30日間一緒だった人たちとは、時間がたっても、一生の友達でいられそうな気がします。
実は、この夏もまたサンティアゴに行こうと計画しているんです。
今度は南の方から北上する銀の道に挑戦しようかと思っています。
さすらいおじさんのスペイン旅行記も、楽しみにしていますね!
ぜひ、一度少しでも歩いてみてくださ〜い!ヤミツキになりますよ〜!
- さすらいおじさんさん からの返信 2005/05/23 01:41:51
- RE: RE: night-train298さんも歩かれたのですね。大きな感動があったことでしょう。:さすらいおじさんへ
- >実は、この夏もまたサンティアゴに行こうと計画しているんです。
今度は南の方から北上する銀の道に挑戦しようかと思っています。
さすらいおじさんのスペイン旅行記も、楽しみにしていますね!
ぜひ、一度少しでも歩いてみてくださ〜い!ヤミツキになりますよ〜!
今度は銀の道ですか、すごいですね。レオンーサンチャゴ間で散歩程度はしましたが、全部歩いた人は一生の宝ですね。たいしたものです。
- night-train298さん からの返信 2005/05/24 00:17:06
- あっ、さすらいおじさんも歩かれたのですね!
そうでしたかー!
昨年の5月のことですか?
だとしたら、去年は数年に一度のサンティアゴの年だったので、あちこちで行事があったり、
歩く人の数も多かったようですね。
おかげでサンティアゴから200km手前あたりから、ベッド争奪戦が、厳しくなり、
体育館の床で寝る・・・なんてことにもなりました。
争奪戦といっても、もちろん争いはなく、みなのんびりしたものでしたが。
暑いば場所では、まだ暗いうちから出て、午前中の涼しい時を歩いたのですが、
お昼前後に目的地に着くでしょ。以外と労働時間(?)は短く、午後は気ままに
のんびりできて、時間さえあれば、誰でもその人の体力に合わせて歩くことができるのだなぁと思いました。
それでも、足の爪は計4枚はがれ、マメだらけ。なんでこんな辛いことを・・・と
思うのですが、それでもまたあの道に帰りたい!と思えてしまう、不思議な道でした。
さすらいおじさんは、レオンのバルに行かれましたか?
ちっこいビールを頼むと、それぞれの店のお得意のタパスが無料でサービスされて、
なんていい街なんだろうと思いました。
カテドラルや、サンイシドロ教会も、すばらしかったですよね。
さすらいおじさんの旅行歴はスゴイですね。今度遊びにいきますね!
- さすらいおじさんさん からの返信 2005/05/24 01:23:09
- RE: あっ、さすらいおじさんも歩かれたのですね!
- >それでも、足の爪は計4枚はがれ、マメだらけ。なんでこんな辛いことを・・・と
思うのですが、それでもまたあの道に帰りたい!と思えてしまう、不思議な道でした。
足の爪は計4枚はがれ、マメだらけは強烈ですね。でももう一度と思うのはマラソンを完走したような達成感があるからかもしれませんね。
>さすらいおじさんは、レオンのバルに行かれましたか?
ちっこいビールを頼むと、それぞれの店のお得意のタパスが無料でサービスされて、
なんていい街なんだろうと思いました。
カテドラルや、サンイシドロ教会も、すばらしかったですよね。
レオンのバルは行ってません。ツアーだったので自由時間はほとんどありませんでした。次回はゆっくり歩きたいです。
>さすらいおじさんの旅行歴はスゴイですね。今度遊びにいきますね!
旅行中毒患者なのです。どうぞ遊びにおいでください。
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