1970/05 - 1970/05
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ソフィさん
チェコスロバキアの首都プラハは、ワルシャワより一段と豊かに感じられた。
東欧の都市では珍しく、華やかささえ感じられる。
しかし「プラハの春」の余韻は生々しく残っていて、日常すべてについて取り締まりが
厳しいらしい。
政治や生活についてホテルの人やタクシーの運転手に聞いても、お座なりの言葉しか戻らない。
確か1969年のこと、私と一緒に東京鉄道サミットを準備していたチェコ人Rさんは、ある日挨拶一つないまま、忽然と姿を消した。
噂によれば、国鉄のエリート幹部が粛清され、国に呼び返され、操車係になったのこと。
軍隊の階級で言えば、中佐から上等兵へ、9段階ほどの格下げである。
一日鉄道に乗って、本場のボヘミアンガラスを求め、カルロヴィ・ヴァリを往復する。
途中、車窓の森は暗く、心まで暗くなりそうだ。
私の見た東欧はどこに行っても、西欧の明るさがない。心が閉ざされた圧迫感がある。
その代わり、内面的な深さと、いぶし銀の落ち着きが感じられる。
これは風土に染みついたものか、民族の持つ性格の特性なのか、あるいは政治による一
時的なものなのだろうか。おそらくすべての要素が相互に関連し合いながら、どちらかと
言えば助長しあっているのだろう。
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この旅行記へのコメント (2)
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- calafateさん 2005/05/12 10:06:09
- 民主化以前のチェコスロバキア
- 1970年代のチェコスロバキアですか。
私は民主化直前の1989年2〜3月にポーランド・チェコスロバキアを旅しましたが、なんといっても共産主義社会のもつあの独特の暗さ(まさに心の奥底まで忍び寄ってくる暗さですね)が印象的でした。オーストリアに抜けた途端車窓の風景がガラッと変わり、タイムスリップしたような錯覚にとらわれました。1989年は民主化への動きが少しずつ表面化し始めていましたが、それでもあんなに早く、あっけなく革命が起きてしまうとは想像もできませんでしたね。
その後何度かチェコ・ポーランドを旅しましたが、明るくなった街並に旅行者としてはついつい寂しさを感じてしまいます。旅人の身勝手な考えですが。
カルロビバリも3年前に行きましたよ。高齢者の療養地といった感じでした。
- ソフィさん からの返信 2005/05/13 07:54:08
- RE: 民主化以前のチェコスロバキア
- 当時の東欧圏の暗さは、表現できないほどでしたね。
私が訪問したのは、チェコ以外、ポーランド、ハンガリー、(当時の)ユーゴースラビアの内三ヶ国です。
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