2005/04/05 - 2005/04/05
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神田明神氏子その五さん
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捕物帳の原点ともいうべき「銭形平次捕物控」は、野村胡堂の代表作だが主人公の平次親分は神田明神下の台所町に住んでいた、という設定になっている。その縁で、「銭形平次の碑」が昭和38年、日本作家クラブや、多数の映画人、俳優、出版社等の肝いりで台所町を見下ろす神田明神・本殿の右横に作られた。
今日(4月5日)は、天気もよいので小川町交差点から本郷通りの坂を上がって、ニコライ堂の脇を通り、聖橋を渡って湯島聖堂の木立を右に見て神田明神迄足を伸ばした。
神田明神の本殿の右脇の現在の外神田を見下ろす小高い場所に平次の碑がある。台石が平次お得意の銭投げに使った寛永通宝の銅銭をかたどった台石に立てられた碑は2mはあろうかという自然石をつかったもの。その脇に5〜60cm程のほんに小ぶりの石碑が申し訳程度におかれているが、それが平次の手下のガラっ八こと八五郎の碑である。建てられたときの事は知らないが、おそらく平次の碑が建てられて、その後によき相棒?のガラっ八の碑もたててやろうじゃないか、という洒落っ気のある人がいたのだろう。
境内には、2組、3組と近所のオフィスのOL が弁当を使っていた。帰りがけに、参道入口の鳥居脇にある、弘化3年(1846)創業の「天野屋」で甘酒を頂く。ここの甘酒は、店の地下にある土室(つちむろ)で作られた糀(こうじ)が原料となっている。この界隈、江戸時代には100軒ほどの糀の店があったという。天野屋の甘酒は、いわば生粋の江戸の味。暑い季節には、グラスに入った冷やし甘酒も供される。甘酒と同じ室で作られた「芝崎納豆」も江戸から引き継いだ伝統の味でもある。
最後に一言。野村胡堂は新聞記者から時代小説の作家になった人であるが、クリスチャンでクラシック音楽の評論家でもあった事はあまり知られていない。故郷の岩手県紫波町には、7千枚のSPレコードコレクションを所蔵する野村胡堂・あらえびす記念館がある。あらえびすは胡堂の音楽評論家としてのペンネーム。1882年生まれ、1963年に亡くなったが、盛岡中学では先輩に金田一京助、1年後輩に石川啄木がいた。
銭形平次は、映画で今まで多くのスターが演じてきた。テレビでは、曾っては大川橋蔵が平次の極付けだったと聞いているが、最近ここに村上弘明が参入してきた。第1回のシリーズは終了したようだが、2回目も近々始まるように聞いている。
背が高くてちょっと格好良すぎなのと、TV朝日の「八丁堀の七人」の青山与力のイメージが重なって、もう一つ村上の平次像
が鮮明に出て来ていないきらいがある。ガラッ八役のアリとキリギリスの石井ははまり役。
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