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神田小川町、淡路町、多町、司町ぶらり散歩

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2005/04/03 - 2005/04/03

82257位(同エリア84919件中)

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神田明神氏子その五さん

4. 4. 2005(MON)
昨日は天気のくずれなく、暖かだったので、戦前の我が家があった、神田淡路町あたりをぶらりとしてきました。丁度、御茶ノ水のJR聖橋口の筋向いにある日立の本社辺りから、外堀通りにかけて下り坂のゆるい斜面になった場所です。

この辺りに、大正末期から昭和初期にかけての住宅、長屋、邸宅(この順に画像を貼ります)が残っていました。三階建ての望楼のあるお宅は高畠邸といい、大正時代の大工の優れた建築技術が随所に見られる建築だそうです。文化財指定になるまではいかないのでしょうが、以前千代田区の広報誌にも取り上げられていました。

今建設中の名倉病院の下辺りに、疎開しなければ私が戦後入る予定だった淡路小学校がありました。でも、少子化による学校統合で、平成5年に芳林小学校と統合され昌平小学校となって、かろうじて生き残っています。明治11年(1878)創設ですから、127年の歴史を誇る小学校でした。画像は昭和2年にコンクリートの建物に建て替えられた時のものです。

  • しもたやです。

    しもたやです。

  • 子供の記憶ではっきりしないのですが、こんな二軒長屋に住んでいたような記憶があります。

    子供の記憶ではっきりしないのですが、こんな二軒長屋に住んでいたような記憶があります。

  • 上の長屋のもっと高いところにあった、大正か、昭和初期の大工が腕をふるった、立派な高畠邸です。以前千代田区の広報で紹介されたことがありました。

    上の長屋のもっと高いところにあった、大正か、昭和初期の大工が腕をふるった、立派な高畠邸です。以前千代田区の広報で紹介されたことがありました。

  • 今はない、淡路小学校が昭和2年にコンクリートの建築で建て替えられた時の画像です。

    今はない、淡路小学校が昭和2年にコンクリートの建築で建て替えられた時の画像です。

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