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1950年代製を思わせるような古いベンツでカイロ中央駅際にそびえ立つ雑居ビルの中のエベレストホテルに戻った頃には、既に陽は大きく傾き、漆黒の闇が少しずつ当たりを包んでいった。高層階の比較的高い部分の2フロアを占めるこのホテルには、眺望の出来る喫茶室のようなスペースもあった。椅子に腰掛け、かたわらをゆくウエーターに紅茶を注文した。<br /><br />私は昼間パキスタン航空のオフイスで、手に入れたカイロ市街地図を見やりながら、位置確認を改めて頭に入れて置く必要があった。タハリール広場にでれば、カイロ博物館も近いような位置関係だった。 夕刻も過ぎ、喫茶室も混み始めてきたようだった。 しばらくすると相席は構わないか?と、髭とターバンを蓄えた男が私に尋ねてきた。構いませんよ どうぞ と答えた私に礼を言いながらその男はテーブル越しの椅子に座った。それにしても暑いですね〜と問う私にその男は快適だと答える。驚く私に、彼は自分の住んでる国の事を考えると、ここは天国だとさえもいった。<br /><br />サウジアラビアから避暑!!に来ていると答えたその男,曰くサウジアラビアは50度以上超えることもしばしばで、カイロの40度程度はモノの数ではないというニュアンスの言葉を吐いた。ここではビールも飲めるしねと、注文した瓶ビールをコップに注ぎ美味そうに飲みほす。サウジアラビアには四季は三つしかない、暑い、より暑い、最も暑いの三シーズンだけだと云いながら笑った。<br /><br /> 私は以前からイスラミックに尋ねてみたい事があった。<br />彼等の一夫多妻制である。私はその事について、拙い英語で彼に質問した。かなりの努力を要して質問の意味は彼に伝わった。彼は私が差し出す旅ノートに噛んで含めるように分数を使って一夫多妻制の分布図を書いてくれた。それに因ると国民の99%は一夫一婦制のノーマルな形態であること、残りの1%の四分の三は二人の妻を持ち、四分の一が3人以上の妻を持つという。妻を沢山持つと言うことは応分の負担を平等にしなければいけない、つまりリッチマンであることが、条件だという。当時日本でも知られていたヤマニ石油相は4人の妻を持っているとも言う。<br /><br />やがて 我々の話している傍らに一人のボーイが近づいてきた。日本人か?と尋ねて来た彼は日本人が他にもいるよとサービスの積もりで声をかけてきたのだ。 ボーイは東洋人風の、その男を連れて来て、さあ喋りなさよとばかりに、促すのだ。 男は グアム島に潜んでいた横井さんによく似た風貌をしている。歳も40過ぎかなと思われた。髪型もホームレス風だった。<br /><br />型どおりに挨拶をすると 横井氏は私の知らない言語で答えた。私が聞き返す、それでも意味不明の返事をするのだ。困ってしまった私は、英語で彼にお国は?と尋ねた。ブラジルだと答えた彼は、聞き取りにくい早口で沖縄からきたね私、と日本語っぽい言葉で返事をした。聞けば移民したという。ブラジル三世のカップルの事を話すと、横井さんは知っているという。彼等と逢うことになっていると伝えると、後で私も参加するよと聞き取りにくい日本語で答え、その場を離れた。<br /><br /><br />ホテル内で不味いスパゲッティの夕食を摂った。食事中、蝿がまとわりつく。こちらの蝿は手で払ったくらいでは逃げない。パスタにしっかり捕まるのだ!蝿が留まらないように、私は皿を揺らしながらパスタを食べ続けた。それでも蝿はパスタにしがみついてる。すっかり疲れた私は皿を揺らすのも諦め、蝿だけを避けるようにパスタを平らげた。日中は砂漠の砂嵐で土色に煙った感じのこの街も、日が沈むとコーランの祈りの声が街中のスピーカーで響き渡りイスラムの匂いを漂わせ始めていた。<br /> <br /><br />

NO4 マサイ族の娘に恋するブラジル版・横井氏のこと

6いいね!

1979/02 - 1980/01

840位(同エリア1722件中)

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kio

kioさん

1950年代製を思わせるような古いベンツでカイロ中央駅際にそびえ立つ雑居ビルの中のエベレストホテルに戻った頃には、既に陽は大きく傾き、漆黒の闇が少しずつ当たりを包んでいった。高層階の比較的高い部分の2フロアを占めるこのホテルには、眺望の出来る喫茶室のようなスペースもあった。椅子に腰掛け、かたわらをゆくウエーターに紅茶を注文した。

私は昼間パキスタン航空のオフイスで、手に入れたカイロ市街地図を見やりながら、位置確認を改めて頭に入れて置く必要があった。タハリール広場にでれば、カイロ博物館も近いような位置関係だった。 夕刻も過ぎ、喫茶室も混み始めてきたようだった。 しばらくすると相席は構わないか?と、髭とターバンを蓄えた男が私に尋ねてきた。構いませんよ どうぞ と答えた私に礼を言いながらその男はテーブル越しの椅子に座った。それにしても暑いですね〜と問う私にその男は快適だと答える。驚く私に、彼は自分の住んでる国の事を考えると、ここは天国だとさえもいった。

サウジアラビアから避暑!!に来ていると答えたその男,曰くサウジアラビアは50度以上超えることもしばしばで、カイロの40度程度はモノの数ではないというニュアンスの言葉を吐いた。ここではビールも飲めるしねと、注文した瓶ビールをコップに注ぎ美味そうに飲みほす。サウジアラビアには四季は三つしかない、暑い、より暑い、最も暑いの三シーズンだけだと云いながら笑った。

 私は以前からイスラミックに尋ねてみたい事があった。
彼等の一夫多妻制である。私はその事について、拙い英語で彼に質問した。かなりの努力を要して質問の意味は彼に伝わった。彼は私が差し出す旅ノートに噛んで含めるように分数を使って一夫多妻制の分布図を書いてくれた。それに因ると国民の99%は一夫一婦制のノーマルな形態であること、残りの1%の四分の三は二人の妻を持ち、四分の一が3人以上の妻を持つという。妻を沢山持つと言うことは応分の負担を平等にしなければいけない、つまりリッチマンであることが、条件だという。当時日本でも知られていたヤマニ石油相は4人の妻を持っているとも言う。

やがて 我々の話している傍らに一人のボーイが近づいてきた。日本人か?と尋ねて来た彼は日本人が他にもいるよとサービスの積もりで声をかけてきたのだ。 ボーイは東洋人風の、その男を連れて来て、さあ喋りなさよとばかりに、促すのだ。 男は グアム島に潜んでいた横井さんによく似た風貌をしている。歳も40過ぎかなと思われた。髪型もホームレス風だった。

型どおりに挨拶をすると 横井氏は私の知らない言語で答えた。私が聞き返す、それでも意味不明の返事をするのだ。困ってしまった私は、英語で彼にお国は?と尋ねた。ブラジルだと答えた彼は、聞き取りにくい早口で沖縄からきたね私、と日本語っぽい言葉で返事をした。聞けば移民したという。ブラジル三世のカップルの事を話すと、横井さんは知っているという。彼等と逢うことになっていると伝えると、後で私も参加するよと聞き取りにくい日本語で答え、その場を離れた。


ホテル内で不味いスパゲッティの夕食を摂った。食事中、蝿がまとわりつく。こちらの蝿は手で払ったくらいでは逃げない。パスタにしっかり捕まるのだ!蝿が留まらないように、私は皿を揺らしながらパスタを食べ続けた。それでも蝿はパスタにしがみついてる。すっかり疲れた私は皿を揺らすのも諦め、蝿だけを避けるようにパスタを平らげた。日中は砂漠の砂嵐で土色に煙った感じのこの街も、日が沈むとコーランの祈りの声が街中のスピーカーで響き渡りイスラムの匂いを漂わせ始めていた。
 

  • 夕食を済ませた私は、バザーの屋台で購入したビワの様なオレンジ色の果実を持って、ブラジル三世のジョージ・ツバキ氏の居る部屋を訪ねた。彼等の部屋はツインルームで私の部屋より、一回り大きいくらいの部屋だった。 さっき、沖縄出身のサンパウロ在住の日本人と言葉を交わしたよと言うと、ツバキ青年が云うところの横井氏に関する話は私を驚かせた。 <br /><br />グアム島から出てきた旧日本兵だった当時の横井さんそっくりの風貌と格好のブラジル版横井氏は、年齢は40半ば、この数年は一年のうちの半分をブラジルでブローカーのような仕事をして働き、残りの半分はアフリカで過ごしているという。ケニアのナイロビ郊外に横井氏がご執心のマサイ族の娘が居て、その娘に逢いに行くために、ビザの降りない在エジプトのケニア大使館に日参している最中だという。 ツバキ氏 曰く、自分の目から見ても相当変わったオッサンだと笑った。その間、ツバキ氏の彼女は彼の傍でニコニコと笑っている。<br /><br /><br />不意にノックもせずにドアが開き、ザックを背負った噂の横井氏が立っていた。 先ほどはどうも〜と曖昧な挨拶を済ませると、彼はケニアのビザが相変わらず貰えないと、ぼやいた。 マサイ族の彼女の話、聞きましたよと私がおどけながら話すと、横井氏は耳まで真っ赤にして照れる。写真をみせたら?とツバキ氏が追い打ちをかける。 横井氏はイヤだよ恥ずかしいよと云いつつ、ザックをまさぐり、ノートに挟んだ数枚の写真を取り出すサービス精神の持ち主だった。<br /><br /><br /> マサイ族の山形の高式な住まいの前で、横井氏とその彼女が嬉しそうに立っている微笑ましい絵柄だった。彼女は幾つなのと尋ねると16歳位だと横井氏は、はにかみながら答える。 現地での食事はどうしてるの?と尋ねると飯盒炊さん持参で米や豆を煮るという。 ツバキ氏も知らなかったようで驚いていた。 ナイロビは意外と物価も高いらしい。倹約しないと長期逗留はしんどいので必然的に、倹約生活になると横井氏は沖縄訛の聞き取りにくい早口で答えた。 だから余りここにばかりいると無駄な金がかかって仕方がないとぼやく横井氏だった。 <br /><br /><br />ぼさぼさ頭でさっぱり風采の上がらない感じの横井氏がなんだかとても魅力的な男に見えてきた。地球の裏側からやってきて障害を乗り越えて好きな女性に逢おうとする努力、並大抵の男ではない。 大使館で金を握らせてみようかとも考えていると話す横井氏に、やっぱり彼女に逢いたいから?と尋ねると、再び耳まで真っ赤にして照れるということを繰り返すおじさんだった。日系3世のカップルは微笑みながらその様子をみている。 <br /><br /><br />これから欧州に向かうという彼等に私は彼の地での安宿情報を知ってる限り与え、私は彼等から、、カラチやバンコック、マニラの安宿情報を得た。 それらは後に私の旅を楽にしてくれる有用な情報だった。カイロの安宿でほんの一瞬、交差した我々が、それぞれの旅体験を、横井氏持参の固形燃料で湧かした熱い紅茶をすすりながら、遅くまで語り合った。 彼等が辿ってきた道を今度は私が辿り、私が辿ってきた道を今度は彼等が辿る。 ほんの一瞬のすれ違いのような交差でも様々な人生や、生き方があることを知った。人の息吹や人の暮らしをを感じた。旅という非日常的な日々を続けている中で、一瞬でもすれ違った人達の顔が浮かんでは消えた。<br /><br />旅は続けている限り、出会いと別れの繰り返しの日々、そんなことをふと感じながら、私は彼等の部屋を後にした。 <br />すっかり暗くなったカイロの中空に大きな満月が見えた。 何故だか判らぬまま、故国が突然、恋しくなった、、、 <br /><br /> あてもない旅を続けているうちに、私は知らず知らずのうちに心身共に磨耗していたのかもしれない・・・ <br />

    夕食を済ませた私は、バザーの屋台で購入したビワの様なオレンジ色の果実を持って、ブラジル三世のジョージ・ツバキ氏の居る部屋を訪ねた。彼等の部屋はツインルームで私の部屋より、一回り大きいくらいの部屋だった。 さっき、沖縄出身のサンパウロ在住の日本人と言葉を交わしたよと言うと、ツバキ青年が云うところの横井氏に関する話は私を驚かせた。

    グアム島から出てきた旧日本兵だった当時の横井さんそっくりの風貌と格好のブラジル版横井氏は、年齢は40半ば、この数年は一年のうちの半分をブラジルでブローカーのような仕事をして働き、残りの半分はアフリカで過ごしているという。ケニアのナイロビ郊外に横井氏がご執心のマサイ族の娘が居て、その娘に逢いに行くために、ビザの降りない在エジプトのケニア大使館に日参している最中だという。 ツバキ氏 曰く、自分の目から見ても相当変わったオッサンだと笑った。その間、ツバキ氏の彼女は彼の傍でニコニコと笑っている。


    不意にノックもせずにドアが開き、ザックを背負った噂の横井氏が立っていた。 先ほどはどうも〜と曖昧な挨拶を済ませると、彼はケニアのビザが相変わらず貰えないと、ぼやいた。 マサイ族の彼女の話、聞きましたよと私がおどけながら話すと、横井氏は耳まで真っ赤にして照れる。写真をみせたら?とツバキ氏が追い打ちをかける。 横井氏はイヤだよ恥ずかしいよと云いつつ、ザックをまさぐり、ノートに挟んだ数枚の写真を取り出すサービス精神の持ち主だった。


    マサイ族の山形の高式な住まいの前で、横井氏とその彼女が嬉しそうに立っている微笑ましい絵柄だった。彼女は幾つなのと尋ねると16歳位だと横井氏は、はにかみながら答える。 現地での食事はどうしてるの?と尋ねると飯盒炊さん持参で米や豆を煮るという。 ツバキ氏も知らなかったようで驚いていた。 ナイロビは意外と物価も高いらしい。倹約しないと長期逗留はしんどいので必然的に、倹約生活になると横井氏は沖縄訛の聞き取りにくい早口で答えた。 だから余りここにばかりいると無駄な金がかかって仕方がないとぼやく横井氏だった。 


    ぼさぼさ頭でさっぱり風采の上がらない感じの横井氏がなんだかとても魅力的な男に見えてきた。地球の裏側からやってきて障害を乗り越えて好きな女性に逢おうとする努力、並大抵の男ではない。 大使館で金を握らせてみようかとも考えていると話す横井氏に、やっぱり彼女に逢いたいから?と尋ねると、再び耳まで真っ赤にして照れるということを繰り返すおじさんだった。日系3世のカップルは微笑みながらその様子をみている。 


    これから欧州に向かうという彼等に私は彼の地での安宿情報を知ってる限り与え、私は彼等から、、カラチやバンコック、マニラの安宿情報を得た。 それらは後に私の旅を楽にしてくれる有用な情報だった。カイロの安宿でほんの一瞬、交差した我々が、それぞれの旅体験を、横井氏持参の固形燃料で湧かした熱い紅茶をすすりながら、遅くまで語り合った。 彼等が辿ってきた道を今度は私が辿り、私が辿ってきた道を今度は彼等が辿る。 ほんの一瞬のすれ違いのような交差でも様々な人生や、生き方があることを知った。人の息吹や人の暮らしをを感じた。旅という非日常的な日々を続けている中で、一瞬でもすれ違った人達の顔が浮かんでは消えた。

    旅は続けている限り、出会いと別れの繰り返しの日々、そんなことをふと感じながら、私は彼等の部屋を後にした。 
    すっかり暗くなったカイロの中空に大きな満月が見えた。 何故だか判らぬまま、故国が突然、恋しくなった、、、 

    あてもない旅を続けているうちに、私は知らず知らずのうちに心身共に磨耗していたのかもしれない・・・

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