2004/11 - 2004/11
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ZISAMAさん
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北アフリカのチュニジア、アルジェリア、モロッコを総称して「マグレブ」と呼び、それは「日の沈むところ」という意味だそうである。
その「日の沈むところのチュニジア」へ、「日出ずる国の日本」からパリ経由で行ってきた。
チュニジアの国土は日本の半分だが、首都チュニスのある北部は小高い丘に覆われた山岳地帯、中部はオリーブ畑の多い草原地帯、南部は大塩湖や砂漠が広がる乾燥地帯という変化に富んだ「大国」である。
行く前のチュニジアに関する私の知識は、カルタゴと砂漠程度であったが、日本はこの国から意外な物を輸入していたのである。それはパルプ。
ナント、日本の紙幣はこのチュニジアのパルプから作られていたのだ。
チュニジアは、我々にとっては身近な国だったのである。
今回の旅は首都チュニスから始まり、アルジェリアとの国境に近いトズール(TOZEUR )、サハラ大砂丘への入り口であるドゥーズ(DOUZ)、砂漠のオアシスにあるクサール・ギレン(KSAR GHILANE)、北アフリカの先住民族であるベルベル人が今も穴居住宅に住むマトマタ(MATMATA)、チュニジア第二の都市といわれるスファックス(SFAX)、世界一保存状態の良いローマ時代のコロセウムがあるエル・ジェム(EL DJEM)、北アフリカにおけるイスラム発祥の地ケロアン(KAIROUAN)、そして「サヘルの真珠」といわれチュニジアを代表する一大観光地のスース(SOUSSE)であった。
簡略に言えば、北のチュニスから西側を南下しサハラ砂漠へ行き、そこから東側に転じて北上してチュニスに帰るコースで、一応はチュニジアを一周してきたのではないかと思っている。
旅の期間はちょうどラマダン(断食)にあたり、日の出から日没までは一切の物を口にしない彼等は、夕暮れになると「サー、メシだ!」とばかりにメディナ(旧市街)の商店さえも観光客など目もくれず早々と店じまいしていた。
尚、この旅は総勢7名のツアーに参加した。
南部の大塩湖やサハラは標識もない砂漠を4WDで突っ切って行かなければならず個人では非常に危険であることと、何といってもチュニジアはアラブ語とフランス語の国であり私のブロークン・イングリッシュでは全く役立たないからであった。
写真は、荒々しいセルジャ渓谷を行く観光列車「レザー・ルージュ」(Le Lezard Rouge 赤いトカゲ)
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先ずは、世界文化遺産のカルタゴ。
これは、ビュルサの丘(Acropole de Byrsa)。
ローマによって滅ぼされた、フェニキア人によるカルタゴの中心があった丘。
ビュルサとは「牛の皮」という意味だそうである。フェニキアの王女エリッサが、この地に都市を建設しようとしたとき「牛の皮」一枚分だけと現地の人達に言われ、王女は皮を切り裂き長い紐にして広い領土を獲得したとのことだ。 -
当時は2〜3階建ての住宅があったそうである。
ローマによって徹底的に破壊された廃墟の向こうの地中海に、雲間から陽が射し込んでいた。 -
トフェ(タニトの聖域)(Tophet Sanctuaire de Tanit )
当時カルタゴでは幼児を殺して神に捧げる習慣があったそうで、その小さな墓石が無造作に置かれていた。
一方で、制圧したローマがカルタゴの非情さを宣伝するためという説もあるとのことだ。
何故か私は墓を正面から撮れず、手前のタンポポに焦点を当て墓石をぼかして撮った。 -
古代カルタゴの軍港(Ports Puniques)
今はただの池としか見えないが、地中海の覇者といわれたカルタゴの軍艦220隻を係留することが出来たという。
遠くにビュルサの丘が見える「池」で、子供達が釣りをしていた。 -
アントニヌスの共同浴場(Thermes d?'Antonin )
2世紀にローマのアントニヌス・ビウスによって建設され、建物は二階建てで、更衣室、温泉風呂、水風呂、サウナ、プール、噴水、談話室、トイレなど100を超える部屋がったとのことだ。 -
現在の遺跡は、80〜88年にかけてユネスコの協力によって修復された物だそうである。
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町に戻って、チュニジアン・ブルーのドアーと真っ白な白壁が映える
「シディ・ブ・サイド」( SIDI BOU SAID)。
この配色は法律で決まっているそうである。 -
その町中で。
因みに、シディ・ブ・サイドの名の由来は(物の本によると)、1270年フランスの国王ルイ9世は十字軍を率いてチュニス攻撃中に没した。だが、彼は死んだと見せかけて実はイスラム教に改宗し、ブ・サイドと名を変えてベルベル人の美しい娘と結婚し聖人となって余生をこの地で送ったとのことである。(シディとは聖人につける称号)。
しかし、これは実在した聖人との話を混ぜたものらしいが、私はロマンティックで良いのではないかと思っている。 -
チュニスのメディナ(旧市街)の入り口、フランス門。
この門の向こうが旧市街、こちらが新市街のバビブ・ブルギバ大通り。
ネフタやトズールなどの町のメインストリートにも、チュニジア建国の父といわれるバビブ・ブルギバ元大統領の名が冠されている。 -
メディナでのショッピング。
狭い路地に多くの商店が並び、我々を見ると声をかけてくる。
観光する東洋人は圧倒的に日本人が多いそうで、彼等は日本語で叫ぶ。「コンニチハ!」「ニッポンガンバレ!」「ナカダ!」。
「ナカダ」はサッカーの盛んなチュニジアだけに当然であるが、「ニッポンガンバレ」はちょうど買い物の値段交渉をしているときだったので、大いに元気づけられた。
では、誰に教わったのか呼び声の極めつけ。「サトノギリノハハニ!」(里の義理の母に!)。 -
チュニスより空路「ローマン・アフリカの果て」と呼ばれた、アルジェリア国境に近い大オアシスの地トズールへ。
これは、宿泊したホテル「パーム・ビーチ・パレス」のロビー。
朝食の時、すぐ近くのテーブルでフランスの俳優ジャン・レノがパクついていた。 -
トズールから4WDにてメトラウイ(Metlaoui)に行き、セルジャ渓谷を走る観光列車「レザー・ルージュ」に乗る。
発車を待つ、フランス人のミシェール君。 -
「赤いトカゲ」の名の如く、観光列車は岩山をくねくねと走る。
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この少し先が、終点であるリン鉱石工場のあるセルジャ(Selja)。そこから折り返してメトラウイへ戻る。
往復の行程は32キロだが、このように景観のよい場所で停車するため約1時間半の列車の旅ということになる。
この列車観光だけで数十枚の写真を撮ってしまったが、それほど一見の価値のある景観であった。
また、観光列車だけに豪華に出来ていて、客車は一両ずつ異なり、革張りのイスがどっしりと置かれた客車やマホガニー材で作られたバー併設の車両などがある。 -
4WDにて、アルジェリアとの国境に近い山岳オアシスのあるタメルザ渓谷(GORGES DE TAMERZA )へ行く。
これは「世界最大の砂漠の滝」といわれるグランド・カスカド!(大滝)。
、、、と言うほどでもないが、それにしても砂漠に滝があると思うとしばらく見入ってしまった -
タメルザから8キロほど離れた、アルジェリアとの国境の村ミデス( Mides)。
村は「バルコニー・オアシス」といわれ、切り立った渓谷の上にあった。
この渓谷はアルジェリアまで続いていて、ここミデスが晴天でもアルジェリアで大雨が降ればいきなり鉄砲水が押し寄せて来るという。
この周辺は、映画「イングリッシュ・ペイシェント(イギリスの患者)」のロケ地だそうである。
残念ながら私は映画を見ていない。今度ゆっくり観るつもりである。 -
ミデスから少し南下したオアシスの村シェビカ(Chebika)。
1969年に近くを流れるワジ川の洪水で壊滅的な被害を受け、村人は別の場所に住んでいるそうである。
ただ、この場所は映画「インディー・ジョーンズ」のロケ地とのことで、観光のポイントとなっいるそうだ。
この映画は観たが、どの場面だったかは定かではなかった。 -
現地の女の子が、糸で編んだ腕輪を持って「ワン・デナ、ワン・デナ」と言いながらまとわりついてきた。
1ディナール(約90円)で、自分が作った腕輪を売るのだ。
チュニジアの人達の平均月収は3万円とのことであり、腕輪代金の1ディナールは彼女たちの小遣いではなく立派な生活資金となるのだと思う。
私は三人に1ディナールずつ上げ、「腕輪は要らないが写真を撮らせてくれと」とジェスチャーで言った。
3人は分かったらしく直立不動のポーズをとったが、1枚撮った後の彼女たちの自然体を撮り直した。
私は覚えたての言葉で「ビッサラーマ(さよなら)」と言った。
私を見返した彼女たちの目は、チュニジアン・ブルーの空に負けぬほど輝いていた。 -
トズールのナツメヤシ園で、現地の人達が実を収穫していた。
数十メートルの高さの木に綱も使わず登り、(この下に人が数珠つなぎに登っている)先頭の人が切り取った枝をリレー式に下ろすのだ。
熟れた実が、手渡している間も枝だからバタバタと落ちていた。 -
大塩湖、ショット・エル・ジェリド(CHOTT EL JERID )。
ショットとは、塩の層に覆われた湖のことだそうである。
塩で作った「ラクダに乗る男」の像があった。これは、多分カルタゴの遺跡ではないと思う。 -
南部にはいくつかの塩湖があるらしいが、ここは5千km2という広さの最大塩湖で西はアルジェリアの国境近くまで東は地中海沿岸まで延びているとのことだ。
塩を取っているオジサンがポーズをとってくれた。
後方の塩湖がカガミのように輝き、遙か彼方に蜃気楼が浮かんでいた -
大塩湖からサハラ大砂丘の入り口であるドィーズ(douze)に立ち寄り、サハラのオアシスであるクサール・ギレンへ向けて標識もない道なき道を4WDで進む。
周囲の景観を見ながら、とてもレンタカーでの単独行動は無理だと思った。 -
長いダンシング・ドライブの末に、やっと到着。
宿泊するのは、ベドウイン風のテントロッジであるパン・シー( Pan Sea)。
4つ星の豪華テント・ロッジで、砂漠の真ん中に佇むエキゾチックなリゾートだ。 -
床はコンクリートに厚い絨毯が敷かれ、内部はこの様にダブルベッドにエアコン、シャワー、それに水洗トイレが整備されていた。
夏は40度近くなるらしいが、この夜は寒くエアコンを暖房にセットして眠った。 -
前後するが、昨日の午後に到着したので夕陽を見ながらラクダに乗る。
何だかサハラ銀行強盗犯の護送のようだが、これでも乗駱駝スタイルである。
馬ならば乗馬スクール卒(?)の腕前で、何処の国へ行っても乗れるチャンスがあれば馬に乗ったが、ラクダに乗るのは初めてであった。馬と違い鐙(あぶみ)がなく、(最もつまらぬダジャレであるが)「さほどラクダとは思わなかった」。
しかし、暮れゆく砂漠の景観を見ながら「アラビアのロレンス」の気分を味わえたことは格別であった。
おっと、「アラビアのロレンス」は結果的にアラブの人達を裏切った形となったので、ここでは余り話題にしないほうが良いと思った。これは、実際に感じたことです。 -
翌日は早起きし、早朝の砂漠を散策する。
今日も観光客を乗せるラクダが、徐々に集まってきていた。 -
朝陽を受けて、新鮮な空気を吸い込むラクダ。
-
早朝の砂漠で見つけた、猛毒のヘビ「バッファー」。
猛毒と聞いて、カメラを構える手が震えてブレ気味の写真となった。 -
こちらは、朝寝を邪魔されて怒りお尻の毒針を持ち上げるサソリ。
実はヘビもサソリも、トズールの小さな動物園「サファリアン・パラダイス」で撮ったもの。
この時期はサソリもヘビも冬眠中とのことだ。
だが、夏場は時折テントロッジに侵入してくるそうである。アブナイ、アブナイ。 -
我々が昨日乗ったのと同じように、早朝のラクダ乗りで砂漠に向かう観光客。
朝陽で砂漠の砂が輝いていた。 -
またもや4WDにてクサール・ギレンから、東側に転じてマトマタに向かう。
その途中にあった、世界一の、、、であるトイレと世界一のミントティーを出す砂漠の中の喫茶店。
ウエイターはむさ苦しいオジサンであったが、東京赤坂のカワイコチャン・ウエイトレスよりもよほど愛嬌があった。 -
ネコは幸運のシンボルとかで、チェニスの町でも遺跡でも目にした。
そして、ここでも土産物の「砂漠のバラ」のそばでうたた寝をしているネコ君に遭遇した。
ネコ君はカメラを構えるヤバーニ(日本人)のオッサンをちょっと見てから、また直ぐに目をつむって夢の世界へ戻っていった。
ところで、「砂漠のバラ(Desert Rose )とは何ぞやと思って調べてみた。
それによると、このバラが発見される処はかってオアシスであった場所で、オアシスが干上がる際に水に溶けていた硫酸カルシュウムが水に溶けなくなり、バラの形に結晶したものとのことだ。
これにも花言葉があり、それは「愛と知性」だそうである。
私には愛があるが、知性というものはないので買ってこなっかた。 -
途中でベルベル人の村を回る。
ここは、ベルベル人伝統の穀物倉庫や住居として使われたクサール群。
この様な建物は、敵が遠くから見ても岩山のようにカモフラージュしたものだそうで、貴重な穀物は山の上部に作ったそうである。
今は無人と化したベルベルの村を、チュニジアン・ブルーに染まる空が覆っていた。 -
白い小さな小石を持って、「ワンデナ・ワンデナ」と言いながら寄ってきた少年。
1ディナールを上げて写真を撮った。
飽食と物があふれるという変に近代化してしまった日本を含む先進国で、子供達は何処へ行こうかと迷っている。
しかし、ここには君が行こうとする場所や、行きたいと思う場所を作る余地がある。君の将来は無限だ。
そんなこと思いながら、彼と握手した。
落ちそうなホッペをした少年の手は、思いの外に柔らかかった。 -
映画「スター・ウオーズ」が撮影された、クサール・ハッタダ(
KSAR HEDADA)。
看板に、1997年7月にここで撮影されたとある。 -
「スター・ウオーズ」のダース・ベーダーが、子供の頃を過ごした処として撮影された場所とのことだ。
-
「スター・ウオーズ」だけでなく、「イングリッシュ・ペイシェント」や「インディー・ジョーンズ」などは、この周辺を撮影して回ったそうである。
それにしても、ここはハリウッドではなく、かって実際にベルベル人が住んでいたところだと思うと感慨を新たにした。 -
マトマタ( MATMATA)。
この周辺には、少数であるが北アフリカの先住民族であるベルべルの人達が、今でも昔ながらの穴居住宅に住んでいる。
我々は、その一つの家庭を見せて頂いた。
地面にポッカリと開いた大きな穴。目的は敵の目をくらますためであったが、時が経つに連れて実際に生活をする家にまで発展したとのことである。
雨の少ない乾燥地帯なので地下特有の湿気はなく、冬は暖かく夏は涼しいとのことである。 -
穴の側面には、こうして炊事などの家事を行う場所が作られている。
奥には穀物などが入った瓶、棚にはミントなどの香辛料が置かれ、白
壁には手作りの鍋敷きなどが掛かっていた。
ベルベルのお二人はカメラを向けると少し緊張気味であったが、妻が虎の巻を見てから「ラベス?」(お元気ですか?)と言うと、満面に笑顔を見せて「ラベス ハムドレッラー」(ええ、元気ですよ)と答えてくれた。 -
ここは居間と寝室で、右端に花が生けられている。
質素であるが、穴居住宅とは思えぬ明るさと清潔欄があった。
ツアーで一緒の若い女性が、「私の部屋よりのキレイ」と呟いていた。
写真は添付していないが、一人しか入れない小さな横穴で老婆が穀物を石で挽くデモンストレーションをしてくれた。
実際に生活はしているが、多分に観光の見学用としている面があった。しかし、それは仕方のないことかもしれない。 -
我々も穴居住宅を経験することにした。
いや、穴ぐら式のホテルに泊まるということである。
ホテルの名は、「オテル・ディアール・エル・バルバール」( Hotel Diar EL Barbar)。
行ってみたが、ホテルの看板はあるものの一面の荒野である。 -
巨大な穴を覗くと、地下に4つ星の立派なホテルがあった。
-
そのホテルの、中庭といった広場。
チュニジアの国旗に、ズィン・エル・アビディン・ベン・アリ(Zuin EL Abidine Ben Ali )という長い名の現大統領の顔写真がプリントされた旗が揺れていた。 -
部屋はダブルベッド、冷暖房のエアコン、水洗トイレにバスというシティーホテル並であった。
向こうに窓があるが、穴ぐら式のホテルであり景観を望むのは無理な話。 -
マトマタからスファックスへ行きメディナを回った後に、エル・ジェムの巨大な円形闘技場へ行く。
この遺跡は、本家のローマにある遺跡よりも保存状態がよいといわれている。
大きさは縦149m、横124m、高さ36m、アリーナの直径は65mで、最大3万5千人を収容したとのことだ。
ローマ時代には剣闘士の戦い、奴隷や罪人と猛獣の戦いなど、残忍な闘技が行われた。 -
闘技場の地下。
ここを剣闘士や奴隷、それに猛獣が通ってアリーナの上に上がっていった。
この暗い回廊を歩くと、剣闘士たちの武具のふれあう音、猛獣のうなり声、そして奴隷達のうめき声が聞こえるようであった。
因みに、アリーナとは「砂」という意味だそうだ。戦いにより流された血を素早く消すために、闘技場に砂がまかれていたことからきた言葉だという。 -
当時は闘技を見るために、多くの人達がお弁当まで持ってここを歩いていたのだ。
しかし、その喧噪は今はない。
私はどちらかと言えば自然観賞派で、人間の造った建造物は大自然には敵わないと思っていたため、遺跡という物を見たことがなかった。
しかし、この闘技場を見て圧倒され、遺跡という物に対する認識を改めさせられた。
人間は長生きするものである。 -
スースの近くにある、ケロアン(KAIROAN )のグランド・モスク。
640年に、時の権力者ウクバ・イブン・ナーフによって建立されたアフリカ最古のモスク。
中庭には大理石が一面に敷き詰められていた。
その他、マグレブで最も美しいといわれるシディ・ハサブ霊廟などを見て回ったが写真は省略します。 -
ザグーアン(ZAGHOUANE)近郊にある、ローマの水道橋。
水源のここザグーアンから地中海に面したカルタゴまで、全長132キロの長さを誇る世界最長のローマ遺跡。
現在に残る部分だけでも20キロあり、今も一部は使用されているとのことである。 -
水道は僅かな高低差を利用して自然に流れるように設計され、地表が高いところは地下にし低いところは橋にした。
長距離にわたり緩やかな傾斜を造らなければならず、高度な測量と土木技術が必要であった。
遺跡オンチの私は、またもアゼンとしていた。 -
さて、振り出しのチュニスに戻り、バルドー美術館を見学する。
バルドーと言えばモザイク。モザイクは大理石、陶器、ガラス片などをはめ合わせて様々な絵画を描きだす芸術である。
繊細で色鮮やかな作品は、驚くと同時に目を楽しませてくれた。
見ながら、日本の山下清さんも出来るかもしれないと思った。 -
写真をたくさん撮ったが、もう一つ。
このモザイク画の中央の絵をご覧下さい。商取引をしている様を描いたものだそうであるが、右手の人が中央の仲介人に足で何かを合図している場面だそうである。
「もっと高く買うようにしてくれ!」とでも言っているのかもしれない。
何時の世も変わらぬものだと思い、妙に見入ってしまった。 -
そしてまた、遺跡である。
これはアフリカ最大級の規模を誇る、ドゥッガ(DOUGGA )のローマ遺跡。
紀元前4世紀にカルタゴからフェニキア人がやってくる前まで、ヌミディア人がここに住み王国の重要な都市として栄えたとのことだ。
当時の市内には、少なくとも1万人もの人が住んでいたという。
チュニスから106キロ西南、標高600mの丘にある。 -
丘の斜面を利用して造られた、19段の観覧席のある劇場。
今も5〜6月のシーズンには、時折フランスの古典劇が上演されるとのことである。 -
キャピトルを背景にして、3ディナール(約250円)で買ったターバン用の布を首に巻いてポーズをとるヤバーニ(日本人)のオバサン。
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チュニジアの最後の夜に、チュニスの町を歩いてみた。
ラマダンで日中は一切飲まず食わずの人達は、夕暮れと共に満腹になり夜の町に繰り出す。
あちこちで祭りのような騒ぎである。
彼等は我々ヤバーニを見ても、「義理の母に!」とも言わず自分たちの夜を楽しんでいた。
チュニジア最後のホテルはシェラトン・チュニス(旧ヒルトン)で、翌日の早朝にホテルを出て帰路についた。
折りもおり、パレスチナのアラファト議長がパリに入院していたため、イスラム圏からのパリ再入国の我々は厳しい身体検査を受けた。しかし、旅の安全という大前提の前にしては仕方のないことかもしれないと思った。
では、つまらぬ写真の多い拙い旅行記を最後までご覧になった方に心から御礼を申し上げます。ありがとう御座いました。いや、アラビア語で「シュクラン!」。
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この旅行記へのコメント (36)
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- あつるさん 2007/05/07 18:18:10
- 旅行記楽しんで読んでいます。
- とても素敵な旅行記だったのでつい会員登録までして
コメントさせていただきました。
旅行の流れのまとめかたや写真だけでなく、
コメントも最高です♪
時に笑えて、時に感動します。
まだ、途中までしか読んでいませんが、
楽しくこれから読ませていただきますね。
- ZISAMAさん からの返信 2007/05/07 21:01:41
- RE: 有り難うございます(旅行記楽しんで読んでいます)。
- あつるさん
おいで頂きまして有り難うございます。
拙者のつたない旅行記をきっかけに、「つい会員登録まで」されたとしたら誠に光栄です。
他人に見てもらう旅行記の難しさは、この会員になって知りましたね。
と言いますのは、余りふざけたコメントでは失礼であり、一方で余りシリアスではつまらない。
その加減が難しいのですが、あつるさんから「時に笑えて時に感動」の過分なるお言葉に恐縮しております。
あつるさんのブログへちょっとお邪魔しましたが、会員になられたばかりなので旅行記がありませんでしたが、これから沢山の旅行記が掲載されるものと期待しております。
この会員でなくとも(当然のことで)世界アチコチを旅されている人が沢山いますが、あつるさんもン十数ヵ国を旅されている人だと確信します。
数ある旅の一つでも旅行記を作られましたら、「作ったぞ〜」と一声掛けて下さい。
最初のコメンテーターとして、拙者が書込みをさせて頂きます。
ところで余計な事ですが、一昨日の夜の遅くに二度目のケニアから帰ってきて旅行記を作ろうとしているところです。
拙者はアフリカが好きですが、あつるさんもアフリカへ行かれたと思いますので、数ある旅のうちのアフリカ版を真っ先に作って下さい(笑)。
再度、おいで頂きまして有り難うございました。
- ZISAMAさん からの返信 2007/05/07 21:09:17
- RE: 旅行記楽しんで読んでいます。
- あつるさん
申し遅れましたが、投票(多分)を有り難うございました。
- あつるさん からの返信 2007/05/08 15:57:48
- RE: 旅行記楽しんで読んでいます。
- ZISAMAさん
おかえりなさい。
ほんとに、人に読んでもらうものを書くのは難しいですよね。
しかもWebのコミュニケーションは実ライフよりナイーブですね。
私はここでのブログが初となりますので、ちょっと緊張しますが、
ZISAMAさんに背中を押してもらったので、
アフリカからやってみようかと思います。
実は7月にチュニジアに行こうとしているので、
それでZISAMAさんの旅行記にたどり着いたのですが、
帰ってきたら、チュニジアも旅行記書きます!
あ、投票、お察しの通りしましたよ〜
- ZISAMAさん からの返信 2007/05/08 20:49:36
- RE: 旅行記楽しんで読んでいます。
- あつるさん
大いに後押しさせて頂きます(笑)。
7月にチュニジアに行かれるとのことですが、ちょっと暑いかもしれませんね。
でも、暑い時期に暑い国へ行くのも「暑い時期に熱いラーメン」を食べるようなもので、意外とツーな人の旅だとも思いますよ。
日程的な関係もあるかもしれませんが、出来ましたらサハラのオアシスにあるクサールギレンまで行ってみて下さい。
zisamaは入りませんでしたが(正式には事前情報がなく服装の面で入れませんでしたが)、あそこには池のような温泉プールがありますから水着を持って行かれて体験談をお聞きしたと思っていますので。
ところで今、帰ってきたばかりの旅行記を作ろうと思っているのですが、余りの駄作写真ばかりでPCの前でウ〜ンと唸っているところです。
- あつるさん からの返信 2007/05/10 19:09:41
- RE: 旅行記楽しんで読んでいます。
- クサール・ギレン、行く予定です!!
実はパン・シーにも泊まる予定なのです〜!
温泉情報ありがとうございます。
水着持っていきます。
真夏のサハラですごい水着跡になることでしょう。
楽しみです。
乾いて干からびずに無事帰ってきたら、報告しますね〜!
- ZISAMAさん からの返信 2007/05/11 17:27:39
- RE: 旅行記楽しんで読んでいます。
- あつるさん
パン・シーの温泉プールは木陰ですから、干からびないと思いますよ(笑)。
さて、「お気に入り」のご指名を受けて誠に恐縮しています。
ただし、まだ「承認」をしておりません。
それには条件があり、あつるさんがzisamaの「お気に入り」になって頂けたらです。
こちらこそ、宜しくお願い致します。
ところで、あつるさんのプロフィール写真はデューン45ですか。
チョベが当たったので、気を良くして「限りなく可能性の高い」推測をしました。
-
- sunnyさん 2006/10/08 20:50:16
- クサールギレン
- ZISAMAさま、はじめまして。
チュニジアの旅、拝見しました。
説明詳しく、コンパクトにまとめられてよかったです。
ドゥーズの先、クサールギレンまで行っているツアーは数少ないですよね。
行きたい場所なんです。
赤い砂漠の上で、ラクダに乗って散歩する。
朝日を拝む。
どれも数年以内にかなえたいものです。
他にも楽しそうな旅行記、続きを読ませてくださいね。
sunny321
- ZISAMAさん からの返信 2006/10/09 09:28:16
- RE: クサールギレン
- sunny321さん
おいで頂いて有り難うございます。
ある時、古い映画「アラビアのロレンス」を観ていて急に沙漠をこの目で見たくなり、(ロレンスの舞台とは違いますが)サハラまで行ってきました。
確かにsunny321さんが言われますように、クサールギレンまで行くツアーは比較的少ないですね。
ただ、沙漠の道なき道を4WDで数時間にわたって揺られ、足腰が痛くなってしまいました。
しかし、クサールギレンの景観はそれを忘れさせてくれるものでした。
蛇足ですが、13日から(sunny321さんは既に行かれたかもしれませんが)ナミブ沙漠へ行く予定です。
無事に帰国しましたら旅行記をアップしますが、sunny321さんにご笑覧頂けたら誠に幸いです。
では、これからsunny321さんのブログにお邪魔させて頂きます。
- sunnyさん からの返信 2006/10/09 15:24:43
- 行ってらっしゃい
- ZISAMAさ、こんにちは。
コメントいただきありがとうございます。
英語がお得意なんですね。私、エル・コンドル・パサがコンドルは飛んでゆく、にすぐに結びつきませんでした・・・
今週からナミブ砂漠へ行かれるとの事。
写真、旅行記、首を長くして待っております。
もちろん楽しいコメントも!
お気をつけて行ってらっしゃい。
sunny321
- ZISAMAさん からの返信 2006/10/09 17:50:36
- RE: クサールギレン
- sunny321さん
スミマセン。PCには原題(スペイン語)で入っていましたので、そのまま書いてしまいました。
この曲は、ご承知のようにアンデス地方に古くから伝わる民謡のようなもので、それをS&Gがアレンジして唄い世界中に知れ渡った曲ですね。
彼らの「明日に架ける橋」と同じくらいのヒット曲でした。
とにかく、原題で書いてしまったキザ加減をお許しください。
- sunnyさん からの返信 2006/10/09 18:58:21
- RE:
- ZISAMAさま
英語とスペイン語の区分けができなくなってしまい、これはもう重症ですね、赤恥です。
学生時代学んだ第二外国語はフランス語だったゆえお許しください。
ともあれご指摘いただきグラシアス、です。。
sunny321
- ZISAMAさん からの返信 2006/10/09 19:58:15
- RE: クサールギレン
- とんでも御座居ません。
ただ単に、知ったかぶっただけです。
第二外国語がフランス語とのことですが、レストランなどでコーヒーを頼む時に「カフェ新聞呉れ」と言いますと通じると聞きましたがホントですか。
勿論、発音もフランス語らしくする必要があるかもしれませんが。
zisamaはシャモニへ行った時に使ってみようかと思いましたが、「コーヒーか新聞か、どっちだ!」と言われそうなので止めました(笑)。
いつかまた、シャモニへスキーに行きたいものです。その時は、フランス語をご教授ください。
返信にメルシー!です
ハウンドドック(プレスリー)の好きなお母様に、宜しくお伝えください。
-
- SUR SHANGHAIさん 2006/05/21 17:38:16
- あ、同じホテル! (*^_^*)
- ZISAMAさんもチュニジアにいらっしゃったんですね。
私が行ったのと同じ所も多く、楽しみながら拝見させていただきました。
私もこのホテルに飛び込みで宿泊しましたよ。(*^_^*)
マトマタ周辺の穴居住居を再現した部屋の内部が、ちょっとカタコンベみたいな気がしましたが、裏手にあったプールサイドは、乾いた風景の中のオアシスと言う感じでした。
私は乗らなかった渓谷めぐりの列車にも乗られたようで、楽しい旅になってよかったですね。(*^_^*)
- ZISAMAさん からの返信 2006/05/22 21:29:59
- RE: 今晩は。(あ、同じホテル! (*^_^*))
SUR SHANGHAIさんも泊まられたのは、「オテル・ディアール・エル・バルバール」のことだと思いますが、確かエジプトにある中世の墓地(カタコンペ)という感じがしないでもないですね。
マトマタの穴居住宅を訪問した時に墓地を拝見しましたが、それは見晴らしの良い地上にありました。
ですから、現世の人たちは先祖の人たちが眠っている場所よりも下で生活しているということになりますが、考えてみれば地上にすむ我々も先立った人たちは天国にいると思っているわけで、自分たちを下においているという意味では結果的に同じですね。
ま、それはそれとして、SUR SHANGHAIさんは旅行記を拝見した限りではレンタカーでの旅のご様子で羨ましいです。
zisamaも検討したのですが、(標識もない沙漠を行かねばならない)クサールギレンは外せなかったのでパックとしてしまいました。
もしレンタカーでの自由行動なら、あの(清き!)野花を見られたかもしれないと思うとザンネン!。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2006/05/22 21:38:01
- RE: RE: 今晩は。(あ、同じホテル! (*^_^*))
- >zisamaも検討したのですが、(標識もない沙漠を行かねばならない)クサールギレンは外せなかったのでパックとしてしまいました。
もしレンタカーでの自由行動なら、あの(清き!)野花を見られたかもしれないと思うとザンネン!。
人それぞれの旅のプランもありますし、私たちも必要とあればツアーで行っていたかも知れません。
いずれにせよ、お互い違った面からチュニジアを見られたわけですし、どちらも花丸5重ということで如何でしょう。(^_^)v
- ZISAMAさん からの返信 2006/05/26 17:23:03
- 花丸5重(あ、同じホテル! (*^_^*))
- SUR SHANGHAIさん
ちょっと出掛けておりましたので、返信が遅くなってしまいすみませんでした。
「チュニジアの国土は日本の半分」と言いますが、数日間の旅人にとっては広大な国ですね。
先日TVで「チュニジアマップ」という番組を放映していましたが、「へ〜、こんな処もあるんだな」と興味津々で観ていました。
更にSUR SHANGHAIさんの「咲き乱れる野花」も見ていず、zisamaは旅行記のコメントに「一応はチュニジアを一周してきたのではないかと思っている」などと書いてしまったことを深〜くハンセイしています。
「花丸5重」の慰めのお言葉を感謝します(笑)。
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- Aliceさん 2005/05/24 17:10:43
- チュニジア、行ってきました。
- ZISAMAさん、早速見に来てくださってありがとうございました。
このGW、チュニジアに行って、楽しんできました。
出発前にはZISAMAさんの旅行記もずいぶんと参考にさせていただきました。
ZISAMAさんはクサールギレンやクサールハッタダの方も行かれたんですよね。
羨ましいです。もっと休みが取れれば・・・とは思いますが、会社員の辛いところです。
チュニジアは砂漠に遺跡に地中海、と色々な顔を持つ国で本当に楽しかったです。
旅行記はいずれ地道に書いていくつもりですので、また遊びに来てください。
- ZISAMAさん からの返信 2005/05/24 19:01:07
- RE: チュニジア、行ってきました。
- Aliceさん
チュニジアの旅をエンジョイされたご様子、何よりでしたね。
私も数少ない海外旅行ですが、今のところチュニジアはベストワンの旅だと思っています。
そこで自慢話を一つ。
この4travelで私のサハラ砂漠の写真を見たある教材を作る会社から、「地球探検ナビ」とかいう教材に使いたいと言ってきました。
私は喜んで承諾しました。
そして、カメラ気違いの友人の一人に経緯を言いましたところ、「そいつはスゲー!」と言うと思ったのですが「ヘー、この程度の写真が?」と一蹴されました。
ちなみに、コイツとのその後は絶交状態です(笑)。
AliceさんのHP期待しています。
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- さすらいおじさんさん 2005/02/26 11:53:46
- ZISAMAさんチュニジアの写真、懐かしく拝見しました。いい国でしたね。
- ZISAMAさんチュニジアの写真、私も今年1月に行ったばかりなのにとても懐かしく拝見しました。いい国でしたね。
- ZISAMAさん からの返信 2005/02/27 16:58:24
- RE: さすらいおじさん、初めまして。
書き込み有難う御座います。
さすらいおじさんは、今年の1月に行かれたのですか。きっと、チュニジアにはまだ私の温もりが残っていたかもしれませんね。
(もっとも、美女の温もりではない、むさ苦しい私の温もりなどは無いほうがいいですが)。
それでは、さすらいおじさんの旅行記を拝見しに参ります。
- さすらいおじさんさん からの返信 2005/02/27 17:28:06
- RE: RE: さすらいおじさん、初めまして。
- ZISAMAさん
チュニジアからアッサラーム!には暖かいぬくもりがあります。ゆったりとした気持ちになります。 さすらいおじさん
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- sitejmさん 2004/12/10 00:24:23
- ブルーの扉と黄金の砂漠
- こんばんは、ZISAMAさま
このたびはお誕生日おめでとうございます。
チュニジアの旅行記を初めて拝見しました。
白とブルーのお家の写真に見入ってしまいましたが
法律で定められた配色なのですね!
これでこそ景観を保てるのだなあと感心しました。
それから、黄金の砂漠の写真に驚きました。
漣のような黄金色の砂地に、
小さく見えるらくだと人の列。
まるで芸術のようです!
- ZISAMAさん からの返信 2004/12/10 16:26:50
- RE: ブルーの扉と黄金の砂漠
- sitejmさん
誕生日の祝詞を有難う御座いました。恐縮しております。
この様なメールが入って、実は驚いているところです。どうして分かるのかとイロイロ見て回った結果、「トラベラー」のコーナーに有ったのですね。まだまだ、研究が足りないと反省した次第です。
また、チュニジアへのご感想を記して頂いて有難う御座いました。
お褒め頂いた「サハラ」の写真は、ヘリをチャーターして上空から撮ったものです。
いえ、そんなことはありません。
実は、テントロッジの中央に20メートルほどの塔があり、その上からのものです。
朝陽に輝く砂漠は素晴らしく、カメラアングルとしては最高なので、カメラを持った皆さんがたくさん居ました。
自然と順番になり、撮り終えた人が次の人に「メルシー」とか「ダンケ」とか母国語で言って場所を換わります。色々な国の人がいるのだと分かって、私は撮り終えてから次の人にハッキリと言いました「アリガトー!」と。
それと、 ビールのお好きなsitejmさんに申し上げておきます。砂漠でのビールはサイコーでした!。
- sitejmさん からの返信 2004/12/12 20:08:04
- 砂漠のビール!
- ZISAMAさん、こんにちは
>自然と順番になり、撮り終えた人が次の人に「メルシー」とか「ダンケ」とか母国語で言って場所を換わります。色々な国の人がいるのだと分かって、私は撮り終えてから次の人にハッキリと言いました「アリガトー!」と。
なんだか世界を感じました。
アリガトーって、はっきりと次の方に通じていたのでしょうね。
ところで、砂漠でビール!?
想像したことがありませんでしたが
それって、最高の贅沢ですね!
-
- 桜桜さん 2004/11/28 23:09:46
- ちゅにじあ・・・(^-^;) チュニジアは全然知りませんでした。
- 思わず地図でチェックしてしまいました(恥)地中海のマルタ島に近いんですね。XISAMAさんの詳しい旅行記のおかげでチュニジアに興味を持ちました。塩の湖とか、砂漠のテント宿泊とか、憧れます(*^0^*) サソリと毒蛇は怖いけど・・・ぜひ将来行ってみたいです。ああ、行きたい所だらけでこまります(悩)
- ZISAMAさん からの返信 2004/11/29 19:10:03
- RE: ちゅにじあ・・・(^-^;) チュニジアは全然知りませんでした。
- 桜桜さん、おいで頂きケニアとチュニジアへの書き込みを有難う御座います。
ところで、アフリカは(桜桜さんの旅行記のように)刑務所の脱走犯はいませんが、恐ろしい「アフリカの毒」があります。
いや、ご心配ご無用。それは、「一度アフリカの大地を踏んだ人は(毒に侵されてしまい)必ず戻ってくる」という意味だそうです。
私も見事に侵されてしまい、結果的に今年はアフリカへ二度行ってしまいましたが、両方とも(プロフィールの如く)初恋のような興奮と感動を受けました。
しかし、この毒の解毒剤はないらしく、今の時点で来年はタンザニアを考えてしまっています。
では、桜桜さんの次の旅行記を楽しみにしております。
- 桜桜さん からの返信 2004/11/30 18:05:13
- アフリカの毒
- アフリカの毒ですか〜。アフリカは危険で魅惑的〜(喜)行ってみたいです、きっと私も虜になってしまうことでしょう。来年はタンザニアですか?!ZISAMAさんの旅行記UPが今から楽しみです。
-
- 魔女ランダさん 2004/11/21 04:42:13
- サトノギリノハハニ!?
- こんにちわー。Zisamaさんのチュニジア、楽しませてもらっています!
メディナのスーク、「サトノギリノハハニ?」という掛け声でしたか?
昨年、私が行ったときは、「ギリノハハニサソリ!義理の母にサソリ」で、
サソリの剥製の入った額縁を熱心に売り込まれました。
1年経って、少しトーンダウンしたのでしょうか?
それとも、サソリはだれも買ってくれなかったから、
他のものを売りつけるために別フレーズを勉強したのでしょうか???
私は、色んなスークや、バザールに行きましたが、
「義理の母にサソリ!」はかなりウケました。
でも、実際、サソリは買わんでしょう????
魔女ランダ
- ZISAMAさん からの返信 2004/11/22 08:48:46
- RE: サトノギリノハハニ!?
- 魔女ランダさん、サバーハルヒール(お早うございます。日本は朝なので、、、)。
そうですか、「サトノギリノハハニ」は言い伝えのある伝統的(?)な呼び込みの言葉だったのですね。本当に、誰が教えるのでしょうか。
ケニアへ行ったときに、「カタナ!」と言いながら土産物を持って寄ってきた人がいました。持っている物は刀ではないので不思議な顔をしましたら、彼は「これは最低の値段で、これ以上安くすると店の主人にカタナで殺される」と流暢な英語で言いました。
ことによりますと、来年あたりはチュニジアでも「カタナ!」が流行るかもしれませんね。
では、魔女ランダさんの「チュニジア旅行記」にも、「大国」チュニジアのために清き(?)一票を投じさせて頂きます。
-
- ナランハさん 2004/11/20 01:17:40
- ショット・エル・ジェリドの塩の像!!!
- アッサラーム アライクム!
チュニジアは私も5年前に行きましたが、
その時はショット・エル・ジェリドにあんな塩の像はありませんでした。
あの間抜けなラクダとそのコブのてっぺんに不安定に乗っている
オジサン?の写真を見て大爆笑でした。
私もこの目で見たかったです…。
- ZISAMAさん からの返信 2004/11/20 17:36:20
- RE: ショット・エル・ジェリドの塩の像!!!
- これは、これは、ムパタのナランハさん。アッサラームではなくジャンボ!。
そうですか、5年前はあの神々しいほど(?)の「塩の像」はありませんでしたか。
やはり私が思っていたとおり、ローマ時代の遺跡ではなかったのですね。安心しました。
今回の、変化に富んだ旅はエンジョイしました。ナランハのチュニジア旅行記を拝見したいものです。先ずは、書き込みをありがとう御座いました。
- ZISAMAさん からの返信 2004/11/21 08:43:12
- RE: ショット・エル・ジェリドの塩の像!!!
- ナランハさん
追伸
読み返してみましたら「ナランハのチュニジア旅行記を、、、」となっており、「さん」が抜けておりました。大変失礼致しました。サマハニ(ごめんなさい)。
- ナランハさん からの返信 2004/11/22 01:01:27
- RE: RE: ショット・エル・ジェリドの塩の像!!!
- こんばんは。
わざわざ追伸を書いてくださいましてどうもです。
私は気にしてませんのでZISAMAさんも気になさらないでください。
私も頑張ってチュニジアの旅行記作りま〜す。
- ナランハさん からの返信 2004/11/30 01:45:03
- チュニジア旅行記、やっとできました。
- アッサラーム!
私の旅行記にもついにチュニジアを追加出来ましたので
お知らせの書き込みしてしまいました。
先日5年前と言いましたが、数えてみたら6年前ですね。
1年サバよんでました…早いものです。
アルバムや日記とにらめっこしながら旅行記作っていたら、
写真には残していない細かい事まで思い出されて、
なんだかトクした気分になりました。
- ZISAMAさん からの返信 2004/11/30 17:06:02
- RE: チュニジア旅行記、やっとできました。
- ご丁寧なお知らせに感謝。
それでは、只今よりナランハさんのマイページへ参上つかまつります。
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