1998/12/05 - 1998/12/15
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金魚のじいちゃんさん
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夜の帳が下りたサウザンプトンを出航した世界最高級の豪華客船クイーンエリザベス二世号(QE2)は、最初の食事時間を迎えていた。
乗船第一夜のドレスコードはインフォーマルと、インフォーメーションには書かれていたが、私たちふたりは持ってきた一張羅のタキシードに着替えた。
部屋の大鏡に映すと、馬子にも衣装というより、貸衣装を着た馬子という感じだった。なにせ三十三才の息子も、五十九.九才の私も、タキシードを着用するのは息子の結婚式以来五年ぶりである。息子のほうは背丈があるだけまだましだけれど、短身の私はせいぜいボーイかウエイターがいいところだ。
しかし、なんといってもQE2の四つあるレストランの、最上位のクイーンズ・グリルで食事をするのだ。「クイーンメリー」とか「トラファルガー」などと名の付いた特別室の船客と、同席するのだから、インフォーマルといわれても、ジーンズというわけには行くまい。
左舷のボートデッキ中央部の8202室から、前方に歩いてゆくと、グリルの前室である、一列にソファーをならべたウエーティングルームにでる。ここで、軽いアルコールとか紅茶を飲みながら待つわけだ。
もっとも、グリルのオープンをいまや遅しと待っているのは私だけで、他の乗客はみな落ち着き払っている。
三々五々と集まってくる乗客は、ほとんどが年配の白人カップルで、有色人種は、私たちふたりだけのようだ。息子と話す言葉が浮いているのがわかるくらい緊張している。
でも、これは夢の中だ、慌てることも気にすることもないのだと思うと、少しずつリラックスが戻ってきた。考えてみれば今ここに居るのは、まさに夢の実現以外の何ものでもない。
定年をねぎらって三人の子どもたちが、クイーンエリザベス2世号のクルーズをプレゼントしてくれました。そのうえ長男が会社を休んで、一緒に付き合ってくれたのです。横浜や神戸に来航するたびに見に行ったQE2です。パリコレのモデルさんのように、見るだけで乗ることは考えもしなかった船に乗ったのです。それも、クリーンズグリルという最高級クラス。一週間に満たない短いクルーズでしたが、イギリスのヨークから来た金満家のオバちゃんたちとおなじテーブルに着き、夢を食べ、幻を味わってきました。
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元旦生まれの私は、この年末で定年になる。その定年と還暦祝いを兼ねて三人の子どもたちが、プレゼントしてくれるという。
聞いてびっくりした。クイーンエリザベス二世号のクルーズをプレゼントするというのだ。もちろん私のクルーズ好き、客船好きを知ってのことである。
北海道出張をフェリーで二日間かけて行き、経理の女性を悩ましたり、リフレッシュ休暇として会社から与えられた長期休暇を、フェリーを乗り継いで日本一周をした船好きである。
QE2といえば、コンコルド、オリエント急行と並んで、わたし世代の乗り物好きの憧れである。彼女が横浜や神戸に来航するたびに車を駆って見に行った夢の船だ。遠くから見るだけで乗ることは考えもしなかったその豪華客船に、乗れるという。有難くというより、狂喜乱舞してプレゼントをいただいた。
仕事を持っているかみさんに代わって、長男が会社を休んで付き合ってくれた。英語音痴にとっては、心強い相棒である。
QE2の母港である、英国のサウザンプトンから、三泊四日で大西洋上を航行して戻ってくるというショートクルーズだ。年間を通じて世界一周、ニューヨーク往復など、長期間のクルーズを主体にスケジュールが組まれているQE2が、年に一回だけ行う短期間のクルーズを、よくも見つけてきたものだ。
そしてこのプレゼントの内容は、なんと、最高級のスイートルームだった。もちろん現在の客船は、タイタニックの時代のように一等とか三等というような等級はなく、モノクラス制である。それでも、QE2のような巨大船では、客室のグレードに応じて食事場所が区別されている。
当然レストランもクイーンズグリルという最上級クラス。ここで、定年を迎えた一介のサラリーマンが、世界の富豪と文字通り席を接してワインをたしなみ、キャビアやフォアグラを食することになるのだ。まさに、夢を食べ、幻を味わう一生一度の幸せが始まったのだ。 -
入り口で名乗ると、スタッフが予め指定された席を確認する。リストにはテーブルナンバー60と記されていた。ウエイターに案内される。
もっとも、私たちよりもう一ランク上の、ペントハウスといわれる特別室の乗客は、人目に触れずにこのグリルに入れるよう、部屋から直行の階段がしつらえてあるようだ。
クイーンズ・グリルは、小ぢんまりとした長方形で、渋いモスグリーンの絨毯(カーペットというイメージではない)に、木肌をそのまま生かした柱や仕切り壁。オーソドックスな肘掛け椅子が白布をかけられた四角いテーブルを囲んでいる。グリルの中央部が一段低くなっており、ここには幾つかの丸テーブルが配置されている。いわばセンターコートだ。総じて適度に豪華で、適度にシンプルなつくりになっている。
すでに何人もの客が席につき、室内にはフワーンとした音声がこもっている。言葉がわからないから音としてきこえる。要所々々に何人ものウエイターやソムリエが、直立して待機しているのが格の高さを示しているようだ。
案内されたのは、なんとその中央の丸テーブルだった。四人がけのテーブルにはすでにふたりの先客が座っており、笑顔で私たちを迎えてくれた。
胸元を大きく開けた白いワンピースに、二重三重に細手のレイのような真珠のリングを巻いたブロンドの大柄な女性と、プラチナブロンドというより銅色の髪をカールした、そう、大仏様のような髪型の強い目つきの小太りの女性である。ドレスは真っ赤で、二人並ぶと日本の国旗みたいである。
「熟年のおばさんふたりか」そんな気振りもみせずに、大げさなアクションで「ハウドユドー×××(ここは口の中)マイネームなんとかかんとか。ナイスミーチュユー」と、呪文を唱えた。息子はもう少しましな、相手にわかる程度の言葉で、あいさつをしていた。グラディさんとマリーさんといってイングランドの中央部、ヨークシャーに住んでいるという。グラディさんは炭鉱財閥の孫娘で、マリーさんはヨークシャーテリヤの大ブリーダーの未亡人と想像した。(ゴツイ顔つきと、クシャッとした顔つきから勝手に割り振ったもので、まったく信頼性はない)
言葉での意思の疎通が取りにくい私は、持参したソニーのビデオカメラを話題にして、撮影した画像を再現したり、ウエイターに四人の記念写真を撮ってもらったりして、間をつなぎ、ウエルカムディナーを乗り切った。前菜もスープも主菜もデザートも、みな何種類かのメニューから選択するのだが、横文字のメニューが理解できるわけがない。息子の選択、炭鉱財閥、ヨークシャーテリヤのチョイスを倣って「ミー・ツー」で押し通した。
覚えているのは、メインディシュにサーロインステーキがでてきたことくらいで、小エビのカクテルや、何とかスープが出たり入ったりしていたのはよくは覚えていない。
(細かいことだが、ふつう客船では、食事代は船賃に含まれるけれど、アルコール類は有料なのだが、ここではよほど高価なワインでも注文しない限り請求されないようだ)
息子の片言の英語で、長年の会社勤めを卒業する記念に、念願のQE2に乗りに来た日本人親子だとは、わかってもらえたようだ。
「わたしたち(女性二人)は、よく二人で旅行をする。QE2で日本を訪れたこともある。神戸、京都、ナイス」とほめてくれた。
「何度もQE2でクルーズするなんて羨ましい」と息子がヨイショしたら「あちらの席の夫婦はもう何年も続けて、QE2を乗ったり降りたりしている」と後方の円卓を指し示した。指名された紳士は、こちらに軽いウインクを送ってくれたが、何が話題なのか気にもしていないようだった。
白服の炭鉱おばさんのキンキラキンの宝石は、なんという名か男身で知る由もないが、多分ダイアモンドだと思う。このような席に出てくる以上イミテーションではあるまい。そうだとしても、本物がちゃんと保管されているのだろう。きっと想像もつかない価値なのだろうと、下司は勘ぐった。
いずれにしろ、住む世界が違う人たちとの、束の間の出会いである。せいぜい楽しまなくちゃ。 -
二日目の食事は、少し早めのクリスマス・ディナーと銘打ったメニューで、当然ドレスコードはフォーマルである。男でよかったのはこんな時で、昨晩とおなじタキシードで出陣できる。女性はこうはゆかない。財閥とブリーダーは、今夜は公式のカラー、黒いドレスでお出ましになった。
「イッツワンダフル。グレイシャス」とほめ言葉も少しは板に付いたかな。
席につき互いにニコニコと友情を深めていると、思いもかけないイベントが始まった。なんとウエイターがバーズデイケーキをテーブルに運んできたのだ。そして「ハピーバーズディ」と私の前にケーキを置き、ロウソクに点火していったのだ。
仕掛け人は息子だった。クルーズ中に誕生日を迎えるとQE2からお祝いのケーキが出ることを知り、本当の誕生日にはもう少し間があるけれど、時差を勘案して今夜を六十歳の誕生日として申請してくれたらしい。
財閥とブリーダーは、この出来事にすっかりはしゃぎだした。私にケーキを持たせ「ハピバーズデイ・・」と世界共通の誕生日ソングを歌いだしたのだ。周りの人々も、何事かとこちらを注目し、バーズデイケーキを持って立っている私に気が付くと、一斉に合唱してくれた。
乗りやすいのは、私の性格だ。テーブルの上にあるテーブルスタンドを取り上げて胸ポケットに差し入れた。スタンドには、大きく60とテーブルナンバーが振ってある。六十才のバーズデイですと洒落たつもりだ。あちらこちらから笑い声と拍手がとんできた。
これに勢いを得たのだろうか、財閥が突如立ち上がり、隠し持っていた(としか思えない)マラカスを振りながら腰振りダンスを始めたのだ。
周りからは、一斉に手拍子と「オーレ」の掛け声が飛んできた。隅のほうの席の客は、いったい何事が起こったのかとでもいうように、半分立ち上がってこちらを注目している。グリル中が和やかな一体感に包まれたというのはいいすぎだろうか。
ついには、スカートの裾を膝までたくし上げてポーズして、ヤンヤの歓声を浴びていた。天下の(だろうと思う)富豪や長老を含めたクイーンズ・グリルの全員が、東洋のなんでもないオヤジの誕生日を祝ってくれたのだから、忘れられない思い出となった。
船を下りた後も、私はヨークシャーの財閥とブリーダーと、折にふれ手紙のやり取りをしている。
半分は外交辞令だろうけれど、文末には決まって「We shall meet you again」(もう一度逢いたいね)と書かれてある。 -
公海上は公認のギャンブル場。スロットマシンでなんと1000倍を出し、現金化するときに、なんとパスポートの提示を求められました。
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デッキチェアーに横たわり、大西洋に沈む夕日を眺めるなんて、そうそうない幸せの瞬間でした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- kyonさん 2004/12/20 08:18:33
- はじめまして
- 定年のお祝いにクイーン・エリザベス2世号のクルーズを
プレゼントしてくれるなんて、すてきな息子さんですね。
私もこの夏にイタリアの船で地中海をクルージングしてきました。
金魚のじいちゃんさんのコメントを読んで、あの時の緊張を
思い出しました。
ほんと、食事の時が一番緊張しましたね。
他のお客さんたちは、着慣れた感じで素敵なドレスを着ていて
一方、私はといえば友達の結婚式にきた一張羅。
何だか自分だけ場違いな気がして…。
もちろん、クイーン・エリザベス2世号とイタリアのカジュアルな船では
一緒にしては申し訳ほど、格段に違いますが。
- 金魚のじいちゃんさん からの返信 2004/12/20 09:20:43
- RE: はじめまして
- 同様なご経験者からのメッセージありがとうございます。どうしても島国育ちの人見知りDNAと、外国語コンプレックス、場慣れしていない遠慮とでせっかくの豪華なディナーの味が良くわからず、帰って来てから「今度こそ堂々と付き合ってやろう」と後悔しても後の祭り。
いろんな国を旅すると、いろんな人がいろんな価値観で、いろんな言葉で生活しているのだなと実感できますね。国連の事務総長にあらためて敬意を表したいくらいです。よく纏めておられるモンです。
また旅行記読ませてください。
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