2004/04 - 2004/04
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LaoBeijingさん
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4月、北京は例によって春を通り越して初夏らしくなってきたその頃に山西省へ出かけた。
今回の目的地は例によって世界遺産めぐり。街ごと世界遺産に指定されている平遥と、同じく世界遺産の大同の雲崗石窟をめぐる予定だ。
北京西駅を夜に出る列車に乗り込む。なぜか暖房ガンガンで暑い。ちょうどイースターの時期に重なったので西洋人の顔もちらほら見える。
余談になるが、中国で何度となく列車で旅をした私だが、列車で日本人に会ったという経験はない。と言うか見たことさえもない。友達もみなそう言う。列車で旅行する日本人も十分に多いはずだが出会わないのはなぜだろう。それだけ列車に乗ってる人の絶対数が多いということか。
翌朝7時ごろ、列車は平遥駅に着いた。やはり北京より内陸になる山西省は少し寒い。ジャンパーを持ってきていて正解だった。
今回は珍しく宿を電話で予約していて、駅まで車(と言ってもバイクタクシー)で迎えに来てくれるということになっていたので駅で宿の人間を探す。すぐに見つかり移動。バイタクの中から風景を見ていると、ちょっと進むと平遥城の姿が見えた。
ここでちょっとウンチクを語らせてもらうと、中国の街と言うのは城壁で囲まれている。中国の、と言うとちょっと御幣があるかもしれない。なぜなら日本以外では意外に多くの国で歴史上城壁に囲まれた城壁というものを持つからだ。近世か近代、日本に来たヨーロッパ人が、日本の街には城壁がない!とびっくりしたそうだ。ヨーロッパの城壁に囲まれた城塞都市というのはすぐに想像できると思うし、韓国ソウルの東大門や中国北京の前門などももともとは城壁の門である。日本ではかつて中国を模した都市計画を行った際、羅城門(羅生門のモデル)など城壁がないのに門だけ作った。
と話がそれたが、ここ平遥は明代の城壁がほぼ完全な形で残っている中国でほぼ唯一の都市なのだ。そして城内の風景たるや、保存して残したわけではないのに古鎮がかなり多く残っている。そういう訳で街ごと世界遺産に指定されると言う離れ業をやってのけたのだ。
バイタクは門をくぐって城内へ入った。ここに来た人間はみな口々に言うのだが、明や清の時代にタイムスリップしたような錯覚を覚える。何しろ、テーマパークとして保存している訳ではなくて、今でもその城内の家々で一般庶民が普通の生活を送っているのだ。
宿へ到着。平遥は中国経済史上名高い、山西商人たちによって栄えた街であるが、彼らの仕事場や豪邸である四合院をそのまま使っている宿が多数有る。私が泊まるのももちろんそんな宿だ。
オンシーズンはドミとしても使えるらしいがオフシーズンだったので値切って1部屋を一人で使うことになった。3人部屋でトイレシャワー付き。ベッドが硬かったので残り2ベッドのマットも重ねてなんとかなる感じ。とりあえず宿で少し休んで観光へ出かけた。
その時期は城内の観光ポイント全部で使える通し券しか売っていないとのことなので北門まで行きチケットを購入。そのまま北門から城壁へ登り城壁の上も散歩。ちょっと歩いて下りた。そして城内も散策。この日の予定は午前中もしくは午後の早いうちに観光スポットを一通り見る。そして午後はある計画があった。
とりあえず午前中、通し券を使って散策。ここは表通りをちょっと歩くとすぐに観光スポットにたどり着く。なかなかの数だ。そのほとんどは四合院なので途中で飽きてくると言う事も無きにしも非ずだが。。。
観光の途中で空腹を覚えたので昼食をとることにした。ここの名物は平遥特産の山芋料理と山西料理である小麦を使った麺料理。もちろんそれをいくつかづつ注文。そしてビール。中国の旅は地ビールを飲み歩くと言う楽しみも有る。
午後、観光地を回り終わった後は計画していた裏道巡りだ。こんな古鎮になると観光化されてるところよりも裏道の方がしっかり古くて、生活が根付いていて楽しかったりする。それに裏道でもうひとつ探しているものがあったのだ。
それは文革時代のキャッチコピー。中国と言う国ではちょっと田舎にいくと多く残っているのがこの文革のキャッチコピー。平遥に行った人たちが決まって口にするのが、この文革キャッチコピーが多く残っているということなのだ。毛主席の教えに従おう、毛主席万歳、そのような文字が、消えかけながらも壁に書いてある。私もいくつか見付けた。現代・近代を通り越して近世がそのまま残っていそうなこの街にも文革の風が吹き荒れていたのだな、と考えると不思議な気持ちになった。
その日は夜も平遥料理を食べ、1泊。次の日は平遥駅前からバスで喬家大院へ足を運んだ。ここは先ほども書いた、山西商人の大富豪、喬家の家である。大豪邸なのだが、ここも北京の故宮と一緒で、どれだけ大きくなっても基本は四合院の集合となっている。
そしてここ、山西省に数ある大院の中でもなぜ1番有名なのかと言えば、チャン・イーモウが監督コン・リーが主演をした「紅夢」という映画の撮影が行われたところとして有名なのだ。ちなみにこの映画は妾としてこの家にやってきた女性の生活を描いたものだが、実際には喬家は妾を取ることを厳しく禁じていたとか。
喬家大院を出た後、そこの前でバスを拾って太原まで動いた。その続きはその2へ→
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