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(flight from POM) Honiara/Guadalcanal, Auki/Malaita, Savo/Central<br /><br />PNG・Solomonに共通していえることだが、自分の年齢を正確に知らない人が結構いる。「I am maybe 24 yo」なんて言うのだ。Solomon諸島は観光地ではないが、他では味わえない多くのものを得たので、今回のメラネシア訪問でも思いで深い。<br /><br />Auki/Malaita Island/Malaita Province<br />日本からチケットを購入していったが、LandDisputeによりAKS空港が閉鎖され、飛行不可能に。空港のある土地の地主と政府との間で使用料の支払いのことでもめているらしい。東京-大阪にも匹敵するこの路線が約3ヶ月も利用できない状態だという。やむなく船で片道7−8H掛けて渡航。船の中で、現地の女性と結婚しマライタ島に住む日本人Sさんと知り合い、貴重な現地の話を伺う。SさんはAPSD http://www.apsd.or.jp/ 有機農業の普及に尽力している。ひょんな事からマライタ州知事の家に宿泊。翌朝はボートをチャーターして、LangaLangaLagoonの人工島へ。珊瑚などを積み上げたもので、古いものは500年もの歴史を持つ。入島料30SD(4USD)を支払い、島民に案内してもらう。島はキリスト教が普及しておらず今でも伝統的な価値を尊重している。[われわれはcivilizedされていないのだ]というガイドのせりふ。プラスの意味で、誇らしげにこの単語を使っていた。骸骨が祭ってある聖なる場所やシェルマネー作成の作業を見せてくれる。そのあとは、リリシアナ村へ。素朴で、子供達がかわいい。帰りの船で知り合ったイラン生まれイギリス国籍オーストラリア在アルメニア系のArnoldは、LPの記者で話が面白い。同じホテルに泊まり、町歩きも共にする。<br /><br />Savo Island/ Central Province<br />Western Province のGIZO行き往復チケットを持っていたが、飛行機の機体のリース料の値上がりに対処しきれず機体を返還してしまったということで、あきらめる。ソロモンエアの職員は、申し訳ない、現在2機の飛行機を国内で使いまわしてるのだ、とスケジュールを見せてくれた。GIZOは名古屋に相当するような要の都市。東京大阪名古屋の交通が麻痺しているようなものだ。この交通の便の悪さでは企業や観光客の誘致は困難だろう。代わりにCentralProvinceのSavo島にボートで行くことにする。Point Cruise からチャーターボートで約一時間、日差しが強く、相当日焼けした。火山が目的だったが、ここでもLand Disputeが発生しており、そのあたりには近づけなかった。2家族が同時に火山の所有権を主張しており、解決まで外国人を入れてはいけないそうだ。他の場所から島に上陸し、土の中に卵を産むメガポーダと呼ばれるキジ科の鳥とその卵を掘る村人を観察。温泉で体を洗う子供ら。<br /><br />Honiara/Guadalcanal<br />ガダルカナルは太平洋戦争で上陸した日本兵3万人のうち2万5千人もがなくなった激戦地。背景を知るお勧めのHPは「公立高校教諭がつくる「歴史と旅」の世界」http://www11.ocn.ne.jp/~mino0722/soiomon0.html <br />戦争映画The Thin Red Line(「少数精鋭」の意味)の舞台にもなっている。日本人死者のほとんどは病死・餓死であり、ガダルカナル島は通称ガ(飢)島と呼ばれた。今でも慰霊に訪れる日本人家族は多く、現地日本大使館には焼香の場が設けられているという。特別観光地とはいえないこの地に、日系の北野メンダナホテルがあるのも、このような背景によるものかもしれない。<br />市場めぐりが楽しい町。カツオ・ヤシガニ・ガラクタいろいろ。フィッシュ(かつお)&チップス(サツマイモ)がうまい。地元の人は驚くほど親切で、初対面でも「ブラザー」「フレンド」と呼びかけてくる。Honiaraは戦後にできた町で、本来よそ者のマライタ人が今でも多く住む。タクシーに7回乗ってうち5回はドライバーがマライタ人だった。マライタ人とガダルカナル人との間では2年ほど前に部族対立(Tension)が生じ、外国企業(日系のソロモン大洋等)の撤退・経済停滞を招く。http://reg.let.hokudai.ac.jp/miyauchi/solomon-tension-1.html<br />Tambea Resortも閉鎖されていた。もともと働き者のマライタ人は怠け者のガダルカナル人と気質が大きく違う。外見もマライタ人は金髪で肌が若干明るく、ガダルカナル人は黒髪黒い肌。父系相続のマライタ人の男が母系相続のガダルカナル人女と結婚してしまい、よそ者であるマライタ人にガダルカナルの土地・財産をとられていることへのガダルカナル人の不満もあったようだ。警察もほとんどマライタ系で、内戦のときに治安回復に努めるどころかマライタイーグル(武装集団)を支援して戦闘に参加し国民の信頼を失った。現在は多国籍警察Ramji(sp?)が駐留していることもあり平和そのものだ。現地で日本語を教えている元社会科教師Aさんと偶然知り合い、食事に行く。Aさんのほか北野メンダナホテルのMさん・JICAのFさんAさん・筑波大の関根先生ら、ソロモンと深いかかわりのある日本人が集まり、大変有意義だった。関根先生はソロモン諸島研究の第一人者であり、興味深いお話をたくさんしていただいた。 <br />http://member.social.tsukuba.ac.jp/sekine/solomon.htm<br />JICAのF氏には翌日もボネギビーチに連れて行っていただく。このビーチには約60年前に米軍の砲撃で沈没した日本の輸送船鬼怒川丸が、海面から半分姿を出したまま残っている。このあたりの椰子の木の幹は高いところに砲弾の跡が見られるらしい。シュノーケルを堪能したあと、Vilu村の戦争博物館へ移動。博物館といっても無造作に置いてあるだけだ。その後は一人タクシーをチャーターし、戦跡めぐり。Skyline(米軍)はいかにも戦勝国の記念碑といった雰囲気。一方日本の方はでこぼこの道、Austen山にひっそりと。タクシーは1H50SDと格安だったが、ドライバーは戦跡への道をよくわかっておらず、結局Red Beachなどに行き損ねる。<br />「Wild West Flavorな」(LP)チャイナタウンがある。

Solomon Islands

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2004/08 - 2004/08

22位(同エリア40件中)

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km777

km777さん

(flight from POM) Honiara/Guadalcanal, Auki/Malaita, Savo/Central

PNG・Solomonに共通していえることだが、自分の年齢を正確に知らない人が結構いる。「I am maybe 24 yo」なんて言うのだ。Solomon諸島は観光地ではないが、他では味わえない多くのものを得たので、今回のメラネシア訪問でも思いで深い。

Auki/Malaita Island/Malaita Province
日本からチケットを購入していったが、LandDisputeによりAKS空港が閉鎖され、飛行不可能に。空港のある土地の地主と政府との間で使用料の支払いのことでもめているらしい。東京-大阪にも匹敵するこの路線が約3ヶ月も利用できない状態だという。やむなく船で片道7−8H掛けて渡航。船の中で、現地の女性と結婚しマライタ島に住む日本人Sさんと知り合い、貴重な現地の話を伺う。SさんはAPSD http://www.apsd.or.jp/ 有機農業の普及に尽力している。ひょんな事からマライタ州知事の家に宿泊。翌朝はボートをチャーターして、LangaLangaLagoonの人工島へ。珊瑚などを積み上げたもので、古いものは500年もの歴史を持つ。入島料30SD(4USD)を支払い、島民に案内してもらう。島はキリスト教が普及しておらず今でも伝統的な価値を尊重している。[われわれはcivilizedされていないのだ]というガイドのせりふ。プラスの意味で、誇らしげにこの単語を使っていた。骸骨が祭ってある聖なる場所やシェルマネー作成の作業を見せてくれる。そのあとは、リリシアナ村へ。素朴で、子供達がかわいい。帰りの船で知り合ったイラン生まれイギリス国籍オーストラリア在アルメニア系のArnoldは、LPの記者で話が面白い。同じホテルに泊まり、町歩きも共にする。

Savo Island/ Central Province
Western Province のGIZO行き往復チケットを持っていたが、飛行機の機体のリース料の値上がりに対処しきれず機体を返還してしまったということで、あきらめる。ソロモンエアの職員は、申し訳ない、現在2機の飛行機を国内で使いまわしてるのだ、とスケジュールを見せてくれた。GIZOは名古屋に相当するような要の都市。東京大阪名古屋の交通が麻痺しているようなものだ。この交通の便の悪さでは企業や観光客の誘致は困難だろう。代わりにCentralProvinceのSavo島にボートで行くことにする。Point Cruise からチャーターボートで約一時間、日差しが強く、相当日焼けした。火山が目的だったが、ここでもLand Disputeが発生しており、そのあたりには近づけなかった。2家族が同時に火山の所有権を主張しており、解決まで外国人を入れてはいけないそうだ。他の場所から島に上陸し、土の中に卵を産むメガポーダと呼ばれるキジ科の鳥とその卵を掘る村人を観察。温泉で体を洗う子供ら。

Honiara/Guadalcanal
ガダルカナルは太平洋戦争で上陸した日本兵3万人のうち2万5千人もがなくなった激戦地。背景を知るお勧めのHPは「公立高校教諭がつくる「歴史と旅」の世界」http://www11.ocn.ne.jp/~mino0722/soiomon0.html 
戦争映画The Thin Red Line(「少数精鋭」の意味)の舞台にもなっている。日本人死者のほとんどは病死・餓死であり、ガダルカナル島は通称ガ(飢)島と呼ばれた。今でも慰霊に訪れる日本人家族は多く、現地日本大使館には焼香の場が設けられているという。特別観光地とはいえないこの地に、日系の北野メンダナホテルがあるのも、このような背景によるものかもしれない。
市場めぐりが楽しい町。カツオ・ヤシガニ・ガラクタいろいろ。フィッシュ(かつお)&チップス(サツマイモ)がうまい。地元の人は驚くほど親切で、初対面でも「ブラザー」「フレンド」と呼びかけてくる。Honiaraは戦後にできた町で、本来よそ者のマライタ人が今でも多く住む。タクシーに7回乗ってうち5回はドライバーがマライタ人だった。マライタ人とガダルカナル人との間では2年ほど前に部族対立(Tension)が生じ、外国企業(日系のソロモン大洋等)の撤退・経済停滞を招く。http://reg.let.hokudai.ac.jp/miyauchi/solomon-tension-1.html
Tambea Resortも閉鎖されていた。もともと働き者のマライタ人は怠け者のガダルカナル人と気質が大きく違う。外見もマライタ人は金髪で肌が若干明るく、ガダルカナル人は黒髪黒い肌。父系相続のマライタ人の男が母系相続のガダルカナル人女と結婚してしまい、よそ者であるマライタ人にガダルカナルの土地・財産をとられていることへのガダルカナル人の不満もあったようだ。警察もほとんどマライタ系で、内戦のときに治安回復に努めるどころかマライタイーグル(武装集団)を支援して戦闘に参加し国民の信頼を失った。現在は多国籍警察Ramji(sp?)が駐留していることもあり平和そのものだ。現地で日本語を教えている元社会科教師Aさんと偶然知り合い、食事に行く。Aさんのほか北野メンダナホテルのMさん・JICAのFさんAさん・筑波大の関根先生ら、ソロモンと深いかかわりのある日本人が集まり、大変有意義だった。関根先生はソロモン諸島研究の第一人者であり、興味深いお話をたくさんしていただいた。
http://member.social.tsukuba.ac.jp/sekine/solomon.htm
JICAのF氏には翌日もボネギビーチに連れて行っていただく。このビーチには約60年前に米軍の砲撃で沈没した日本の輸送船鬼怒川丸が、海面から半分姿を出したまま残っている。このあたりの椰子の木の幹は高いところに砲弾の跡が見られるらしい。シュノーケルを堪能したあと、Vilu村の戦争博物館へ移動。博物館といっても無造作に置いてあるだけだ。その後は一人タクシーをチャーターし、戦跡めぐり。Skyline(米軍)はいかにも戦勝国の記念碑といった雰囲気。一方日本の方はでこぼこの道、Austen山にひっそりと。タクシーは1H50SDと格安だったが、ドライバーは戦跡への道をよくわかっておらず、結局Red Beachなどに行き損ねる。
「Wild West Flavorな」(LP)チャイナタウンがある。

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