スメリオンナ島
前略 昔訪問しました。1939年春 ソ連軍スペインより撤退(スペイン内乱)、1939年7~8月満州とモンゴルの国境線でノモンハン事件(日ソ両軍が衝突)、9月16日停戦、17日ソ連軍ポーランド侵攻,
同年11月下旬よりソ連軍フィンランド侵攻、1940年2月まで冬戦争、この島は、ソ連軍との戦争で、28サンチ海岸砲が近づいてくるソ連艦隊を砲撃しました。ある砲台は400発を超える砲弾を、ソ連海軍艦艇に向けて放ちました。クラック〔砲塔にひび)が生じるもさらに80発も砲撃を続けました。
この島の砲台を鎮圧するのは困難と判断し、ソ連海軍はヘルシンキ侵攻作戦(海上艦艇と輸送船による首都への上陸)は中止になったようです。
また、28サンチ海岸砲は、日露戦争のとき使用された日本の海岸砲と同じタイプです。有名なのは内地の要塞(例、浦賀水道の入口にある要塞など)に装備された砲を、旅順まで運び、旅順港を砲撃しました(203高地の戦い、ロシア帝国海軍のバルチック艦隊来航の前に占領するため)。
1説によれば、これらの砲は、呉海軍工廠で製造されたものもあるそうです。では
Re: スメリオンナ島
あまり深い歴史を知らずに見て回りましたが、鎮圧困難の要塞ですか。更に呉で作られたものもあるとは驚きです。