関西が好きさんのクチコミ(24ページ)全716件
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- 基本情報
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
桜町の駒札を見た後、富小路広場に沿ってそのまま寺町御門へ。門でたとこは京都市歴史資料館も近い。現在地ここですみたいな地図があるからまだわかるけど、うろうろ歩いてるだけでは今自分がどこの門にいるのかわかりにくいから、自分の現在いる場所をしっかり把握しとくほうがいいと思う。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 寺町通り沿い
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
博覧会場跡を見た後そのままその道をまっすぐ北へ進むとたどり着く。ここの道はまだ砂利とかなくて歩きやすい。土佐日記の作者、紀貫之の邸宅があった場所で、桜が多く咲いてたらしい。わたしもどうせなら桜が咲いてるときに見に来たかったな。
- 旅行時期
- 2021年01月
- アクセス:
- 3.0
- 寺町御門からはいるとよさそう
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- わたしだけ
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
- 桜が咲いてたらよさそ
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
写真は桜町の駒札を見てるときに後ろを振り返って撮ったもの。結構な広さでスポーツするのによさそう。ベンチが広場の形に添うようにしていくつか並んでいるのが遠目から見えた。この広場の近くにゲートボール場もある。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 寺町御門か富小路口あたりからはいるとよい
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 人の姿はあまり見かけなかった
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
博覧会場跡を探してうろうろあたりを見渡してるときにこの駒札も遠目に見えたので、近寄って行ったらここだった。まだ砂利道にちかいところに立ってるから見やすい。近衛家から分かれた五摂家の一つ。閑院宮家の皇子淳宮が鷹司家を継いだと書かれてある。この閑院宮邸跡も御苑の南西角あたりにある。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 堺町御門からまっすぐ進むとわかりやすい
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 人が遠いとこを歩いてるのをみるくらい
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
このご時世なのか水がない。通常は流れているけど。今はどこもこうやってあえて水が引かれてないところが多い。あれの影響でですよねたぶん。人が手をつけたりしちゃだめだし。。ここへは下立売御門からまっすぐ進むと着く。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 下立売から入るとよい
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 寒いしほぼ人いない
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
宗像神社の境内社のひとつ。西からでもいいけど宗像神社の南側の入り口からのほうがより早く着けるかな。恵まれた観光地である京都に対し、観光関係業者が感謝をあらわす意味合いで建てた神社。もうまさに今。京都にまたたくさんの人が訪れる日を願うばかり。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 宗像神社のなか
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- わたしぐらい
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
拾翠亭を遠目から見た後そのまま北のほうへ向かって進んでいくとこの神社が見えてきた。宗像三女神と言ってすべての道をつかさどる神がいる。交通や運送を守る道の神、出産、生産などを守る海の神として信仰されてる。はいってすぐのところに花山稲荷社がある。花山稲荷ってどっかで聞いたことあるなと思ったら山科の西野山に花山稲荷神社ってあったなぁと。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- わたしぐらい
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
天神筋通丸太町上がっていったとこにある。前に幼稚園がある。特にこのお寺についての解説板のようなものは見られなかったので、詳しいことまではわからなかった。柵もあったので中にも入ってない。外観からみるとこじんまりとしたお寺。お寺の名称が書かれてある石柱に勅願所と書かれてた。そのことから国の平安を守ることを目的としていることはわかる。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- JR円町から5分くらい
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- わたしだけ
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
- 中はいってない
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投稿日 2021年02月01日
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
富小路広場が見えるあたりにあった。ちょっと砂利道からは離れたところにたってるのを発見したから最初なんの駒札かわかりにくかったかな。東京に日本の首都が移った後京都が寂れるのを心配した京都府関係者が、博覧会を開いた。その14回目がこの地。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 出入り富小路口が便利。
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- ぼちぼち
- バリアフリー:
- 2.0
- 砂利道
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
達磨寺を出た後に向かい側にもお寺があるのがわかってついでに写真を撮った。柵があったから中には入ってない。「平野国臣以下三十七士の墓」というスポットと同じ場所で、竹林寺の駒札にも主にこのお墓のことがメインで書かれてたから、このお寺自体がどういったお寺なのかとうことまでは詳しくはわからなかった。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- わたしだけ
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
- 中はいってない
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投稿日 2021年02月01日
総合評価:3.0
千本上立売あがったとこ。釘抜地蔵の呼ばれ方で覚えてたので、今回石像寺という正式名称初めて知った。境内の釘と釘抜がたくさん貼り付けてあるところは、このお寺特有のもので個性的だなと思った。ずらずらと並べられている。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 千本上立売下車すぐ
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- すぐぼちぼち人がいる
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2021年02月01日
総合評価:3.0
中に入りたかったのだけど、入り口のとこ門の横に関係者以外の無断立ち入り禁止の立て看板があったから、外観と駒札だけ見ていくことにした。その駒札は道路からちょっと坂道をのぼらないと見えなかった。浄土宗のお寺でこのお寺の名前が智恵光院通りの由来となっているとのこと。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 智恵光院通一条上ったとこ
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 中は関係者しか入れない
- バリアフリー:
- 3.0
- 坂道あり
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
だるま寺向かいの竹林寺ってとこにこのお墓のことが書かれた石柱と解説の駒札が立っていた。平野国臣はもともと福岡の藩士で京都で尊王攘夷運動にかかわった人物だけど、捕まえられて六角獄舎で同士とともに処刑された。で、ここのお寺に遺骨が移葬された。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- だるま寺の斜め向かい
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- わたしだけ
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
- 中は入ってない
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投稿日 2021年02月02日
総合評価:3.5
九条邸跡の駒札の真正面にあるのがこの橋。駒札から横に移動して撮った写真。この橋を渡って池の様子を見てみた。また厳島神社についたときも下から橋の様子を見てみた。少しアーチを描いている橋。冬なので景色が侘しかったけど広々と見渡せた。
- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 2人くらいいた
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年02月02日
総合評価:3.0
厳島神社のを見たあとそのまま南へ下っていった。すると拾翠亭があるあたりに着く。しかしこのご時世ということで、1月14日から当面の間一般公開していませんとのお知らせの貼り紙が拾翠亭へ続く道に立ててあった柵に貼られてた。外観だけ眺めた。九条家の現存する唯一の建物。
- 旅行時期
- 2021年01月
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投稿日 2021年02月02日
総合評価:3.5
九条邸跡の駒札から近い橋からもこの池を見ることができるし、厳島神社の駒札の横の橋を渡っても見ることができる。とくに厳島神社の橋を渡って神社についたときが一番池の様子を間近で見れると思った。冬だから華やかな色はなかったけど、同じ池でもまた景色が全然違うから色々な方向から見て楽しむのもいい。
- 旅行時期
- 2021年01月
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投稿日 2021年02月02日
総合評価:3.5
九条邸跡の駒札を見たあと左の方へ向かいそのまま道に沿ってぐるっと南へ回ったときに発見した。九条邸跡の駒札解説でも見た通り、ここが跡地のうちのひとつ。写真、橋を通って進んでいくと神社につく。絵馬など飾られてある。池も間近で見れる
- 旅行時期
- 2021年01月
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投稿日 2021年02月02日
総合評価:3.0
堺町御門から入って左のほうに進んでいくと橋と池がある。そこに駒札が立っていた。最初着いたと池があるけど結局どこらへんが跡地なの?と思った。元は広大な屋敷だったけど、今残っている九条家の跡地は茶室の拾翠亭と鎮守だった厳島神社のみとのこと。
- 旅行時期
- 2021年01月
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投稿日 2021年02月02日
総合評価:3.0
堺町丸太町あたりにある門。ほんとに京都御苑の門はたくさんある。すみからすみまで中を見てたらわかるけど、これだけ広ければたくさん出口を用意しておいてもらわないとなかなか外に出られなくて大変だから助かる。激派の公卿七人と尊王攘夷派の中心的存在の長州藩を京都から追放する動きが行った場所
- 旅行時期
- 2021年01月
























