hiiragiさんへのコメント一覧全3件
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hiiragiさんへ
おじゃまします。
「ナポリを見て死ね!」
という言葉はゲーテがイタリア旅行記の中で用いている言葉です。
ゲーテはイタリアに強い憧憬を持ち、公務を投げ打って、なかば、家出同然の形でイタリアを極秘旅行しました。
ゲーテは1787年3月2日に
ナポリについて
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ずいぶんとたびたび下記立てられて、褒めそやされたこの街の風光や名所については、改めて記すことはなかろう。
「Vedi Napoli e poi muori!」と土地の人も言っている。
「ナポリを見て死ね!」
----------------------------------(相良守峯訳)
と記載しております。
ちなみにアンデルセンは1805年生まれの人なので引用したとしても二番煎じでしょう。
ちまたではナポレオンという説もありますが、ナポレオンは1799年にブリュメールのクーデタでやっと実権を握っていますので違うと思います。
この言葉に一番深い関わりがあるのはゲーテだと思います。
ゲーテはこのイタリア旅行によってドイツ古典主義文学を確立させたと言えるのです。
すみません。自分のナポリ渡航目的に関係してちょっと気になったんで。
♪Mozart♪
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2日目
バスの席順を3グループにわけ、わたしたちは2グループで
真ん中だ。ローマ市内は渋滞だ。それぞれのアパート
には雨戸もあるようだ。ヴァチカン市国の壁側でガイドの
本田さんがここはどこなどの質問で壁の内外の区別を
教えてくれる。団体は8:45までに入らないと個人の
列に並びなおさないといけないらしい。いよいよヴァチカン
美術館だ。階段をあがりフレスコ画の行列だ。燭台の
ギャラリー、タペストリーのギャラリーを鑑賞。システィーナ
礼拝堂は写真no おちゃべりnoで満員電車の込み具合。
ラピスズリィを粉砕してといた青が印象的だ。天井が
高く首をずいぶんそらせた。ミケランジェロはここで
描いたと思うと感動だ。
サンピエトロ大聖堂はルネッサンスを代表する有名人
の宝庫だ。とくにベルニーニの天蓋に心打たれた。
その後バスにのり昼食。ピザ等がでた。
パラティーノの丘をバスの窓越しにとりながらコロッセオに
到着。コンスタンティヌス凱旋門を写真にパチリ。
穴の開いたコロッセオは昔武器用に鉄筋をとったあと
らしい。大丈夫なのかい。
バスは真実の口のある教会へ。あとは買い物の三越。
買うものもないので共和国広場を一回り。そのご
トレビィの泉ヘ。アグリッパが築いた水道を1000年
ぶりに復活させベルニーニ等がその偉業を誇示した。
右側の窓は描いたもの、そのしたの崩れた土台も
イタズラらしい。歩いてスペイン広場へ。またまた
買い物もなくブラブラ。
その語カンツォーネつきの夕食。
2006年06月20日10時39分返信する -
一日目
いよいよ出発。横浜よりエアーバスにて向かう。渋滞で
バスは高速、一般道をいったりきたり。時間どうり
到着。手続きを済ませ交換所をすべてチェック。三井
住友が一番よいようなので交換。時間になり出国だ。
さてそこから確認が十分でなく、免税品を買い歩いて
行くと人が誰もいない。搭乗場所を間違えた。急いで
戻る。電車に乗りやっと目的飛行機が見え、パチリ。
飛行機はやがて空上。窓側だったので佐渡がよく
見えた。12年まえキャンプしたところまではっきり見え感動。
やがてロシア上では雪一面。搭乗したとたんに時計を
現地時間に合わせた。予定時間を35分ほど早め18時
5分にローマ着。hiliday inn parcodei mediciに向かう。
到着後は機内食で終わりらしく、私たちだけでレストラン
へ直行。メニュウが分からず適当に頼む。となりの
おじさんがやけにフレンドリーで私たちの要望に
ご機嫌で答えてくれた。ここはこのアルミ状のアヒルが
売りみたい。もちろん食事はおいしかった。
2006年06月20日01時01分返信する



