セピア色の思い出:コンデ公代々の居城、シャンティイ宮殿は水城である。
- 4.5
- 旅行時期:1984/04(約42年前)
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by jijidarumaさん(男性)
シャンティイ クチコミ:1件
≪セピア色の思い出:1984年の復活祭はフランスのパリ、ロワール渓谷に小旅行≫
1984年は復活祭の休みが4月20日(金)~23日(月)だったので、40歳の私共は、この3泊4日の予定でデュッセルドルフからフランスに小旅行をした。(総走行距離1,781km)
③1984年4月22(日) 晴、568km (尚、2泊3日で帰宅した)
古城ホテル ショーモンテル城 =>D1016 9km Chantillyシャンティイ宮殿=>A1・A2 331 km Grottes de Hanベルギーのアンの洞窟=>(アーヘン経由)=>E40・A44 228 kmデュッセルドルフに戻った。
<シャンティイ宮殿>
パリから北に約40kmの郊外にあるシャンティイ市(人口1万人)に見事なChateau de Chantillyシャンティイ宮殿が立っている。
ショーモンテル城を出発、シャンティイ宮殿を訪れた。シャンティイ宮殿はショーモンテル城から9kmと近いから、ドイツに戻る日に立寄ることにしていた。ただ外観のみだったが・・・。
元々は中世の14世紀に要塞として建てられ、ルネサンス時代に大規模な改築がなされた。400年の歴史を持ち、ルイ13世やブルボン公が代々城主でもあった。
32万坪の敷地を持つ宮殿は大きく分けて「グラン・シャトー」と「プチ・シャトー」の2つから成る。
「グラン・シャトー」はフランス革命期に最初の建物が破壊された後、1870年代に国王ルイ・フィリップの5男オマール公アンリ・ドルレアンにより再建された。
「プチ・シャトー」は1560年頃、Anne de Montmorencyアンヌ・ド・モンモランシー(ヴァロワ朝時代のフランスの元帥)のために建てられたものである。
1772年から1774年にかけて、第8代コンデ公ルイ5世ジョゼフ(1736年~1818年、ルイ4世アンリの子。また、付け加えれば、ショーモンテル城を再建したのは第7代コンデ公である)が城内に造らせた「Le hameau de Chantillyル・アモー・ドゥ・シャンティイ」はイギリス式庭園である。
城内にはコンデ美術館、そして世界的に知られたシャンティイ競馬場がある。
- 施設の満足度
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4.5
- 利用した際の同行者:
- 家族旅行
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
クチコミ投稿日:2021/05/12
いいね!:7票
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