“第二のローマ”として、西方世界の首都と称されたトリアーのシンボルPorta Nigraポルタ・ニグラ(黒い門)
- 4.0
- 旅行時期:2010/10(約15年前)
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by jijidarumaさん(男性)
トリアー クチコミ:3件
ドイツワイン街道とラインラント・プファルツ ・ザールラント地方を巡る
2010年10月18日(月)~11月01日(月)15日間の旅
10月28日(木)71km 、曇り、時に小雨、8.5℃
この朝の最初の決断は予定に入れていたLuxemburgルクセンブルクに行くのを諦めた事だ。ここからルクセンブルクの町は20kmと近いのだが、むしろTrierトリアーの町を久しぶりに見てみたい。
シュロスベルクを10:30に出発。モーゼル川に平行したB419国道沿いを走る。あたりは美しいブドウ畑の景観が続く。ザール川がモーゼル川に合流している地点の町Konzコンツを経由し、B51でTrierトリアーの市内に入った。11:20、距離は44km程度だ。
<Trier トリアー>
ラインと水運でつながるモーゼル川と当時のガリア主要都市との幹線道路が交差したトリアーはローマ軍団を統括する重要な拠点となり、アルプス以北最大の、“第二のローマ”として、西方世界の首都と称された。
その当時、8万人の人口を誇った都市に発展したと云う。
トリアーが再びその人口数を回復したのはつい最近のことで、現在の人口は10万人である。
この日はフランクの塔近くのCityパークハウスに車を入れ、Porta Nigraポルタ・ニグラに向かう。
ローマが造ったドイツ最古の都市にはドイツ最古を謳うものが多い。
意外に買い物客などで、メインの歩行者天国Fleischstrasse肉通りは人通りも多い。Kornmarktコルンマルクト(穀物広場)を過ぎて、更にHauptmarktハウプトマルクト(中央広場)からSimeonstrasseジーメオン通りに入ると、ポルタ・ニグラに一直線だ。
2世紀後半の城門であるPorta Nigraポルタ・ニグラ(黒い門)は要塞のような、巨大な砂岩の建物で、黒く煤けた様子は以前と変わらない。高さ30m、幅36m、144の丸窓が見られる。砂岩は鉄のカスガイで繋ぎとめている。トリアーの象徴であり、目印でもある。
ここから南にローマ時代の遺跡が点在している。Dom大聖堂、バジリカ、Barbarathermenバルバラテルメン、円形劇場、ローマ帝国時代の最も大きな浴場施設であるカイザーテルメン(皇帝浴場)などがそうである。
中央広場を挟んで、Fleischstrasseと、St.Simeon聖人ジーメオンの名前をとったジーメオン通りを歩けば、この町の中心街を歩いたことになる。
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- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間:
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 3.0
クチコミ投稿日:2018/02/10
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