フレンスブルクの水城・“幸運の城”グリュックスブルク城を訪ねて
- 5.0
- 旅行時期:2014/05(約12年前)
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by jijidarumaさん(男性)
フレンスブルク クチコミ:1件
ドイツの春:北方二州・シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州&メクレンブルク・フォアポンメルン州を中心に巡る旅
期間:2014年05月09日~23日 15日間)
05月12日(月) 244km、朝から大雨(午後時々晴れ間)10~14℃
<Flensburgフレンスブルク>
http://www.flensburg.de/
フレンスブルクはドイツ最北の町である。
デンマークとの国境に10kmと近いため、随所にその影響がみられる。町並みはバルト海に通じるフレンスブルク・フィヨルドの湾の奥から西の丘に続いている。
近郊のグリュックスブルク城は北ドイツの名城のひとつに数えられている。
この城もその昔から、一度は訪れたいと思っていた城だが、名城という以上にその城を彩る華麗な家系に驚かされた。
≪Schloss Gluecksburgグリュックスブルク城≫
10:50~14:10 入場料Euro13
D-24960 Gluecksburg 、Am Schlosssee 1
http://www.schloss-gluecksburg.de/
博物館;織物、革加工品などの民俗資料のコレクション。休日なし、10~18時。
見学10:50~13:00、日本語説明のオーディオあり。撮影不可。
駐車料金Euro2。
広い湖水に浮かぶような城は実に美しく、石橋を渡ると城門がある。
この城は3つの連接した3階建ての白い本館で、4隅に塔が立っている。
3個の6角の塔、赤い屋根が目立つ城館は“幸運の城”の名前通りに全く戦いの備えが無い。
(もっとも近年、観光客用に備えたと思われる大砲が置いてあったが。)
三方を水に囲まれた北欧ルネサンスの水城・グリュックスブルク城はフレンスブルクの町から18kmにあり、Herzog Johann III. von Schleswig-Holstein-Sonderburg公爵ヨハン3世シュレースヴィヒ・ホルシュタイン・ゾンダーブルク家(1545 -1622年)が1583~1587年にかけて築城したものである。
“Gott gebe Glueck mit Frieden ・・・「 GgGmF」神は平和と共に幸運を与える。”との城の名前の所以ともなった言葉が今も入口ポータルの紋章上に見ることができる。
1階緑の玄関の間、その先奥のバロック風地下教会(1717年に改装)、30年戦争の戦死者供養の聖壇、1857年製パイプオルガン、それぞれ見事な色彩である。
2階の赤の大広間は長方形で18世紀の壮麗なもので、天井に漆喰細工の子供たち(城のこどもは23人いたとか?)が見える。
たいへん珍しいことに花や天使風にアレンジされて中央に様々な子供の顔があった。赤の間の左右の部屋は衣装の間、寝室、デンマーク王家の人物画、家族用の小さな食事の間などがある。
3階には大きな白の間があり、晩餐会の為の部屋であるが、今はコンサートなどに利用されている。
左右に王子や王女たちの部屋。壁いっぱいにかけられたゴブランの間、18~9世紀の陶磁器、銀器、
訪れたドイツ最後の皇妃アウグステ・ヴィクトリアを囲んだ宴会の再現(皇妃や妹Caroline Mathildeカロリーネ・マチルダ公妃、一族、使用人たちの人形)、
19世紀のシュレースヴィヒ・ホルシュタイン戦争(デンマークXプロイセン・オーストリア)の歴史展示、公爵家とヨーロッパ王家の家系図、人物画、武器の展示、
あるいは屋根裏部屋では城で働く従者・召使たちの仕事の仕組みを人形で表示していた。
≪ドイツの春:北方二州を巡る旅に出る≫
http://4travel.jp/travelogue/10883955
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
クチコミ投稿日:2016/06/21
いいね!:3票
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