マリー・アントワネットの牢獄
- 5.0
- 旅行時期:2013/05(約13年前)
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by bluejaysさん(男性)
パリ クチコミ:15件
シテ宮として建てられたが、1370年に牢獄となった。もとは門衛を「コンシェルジュ」と呼んでいたが、後に建物自体を「コンシェルジュリー」と呼ぶようになった。
フランス革命時には、ここに入ると必ず死刑になることから「死の牢獄」「ギロチン控えの間」と呼ばれ、マリー・アントワネットも最後にここに移されている。彼女の独房は贖罪礼拝堂のある場所で、別の部屋に再現されている。
時計塔には、現存するフランス最古の壁時計がある。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 展示内容:
- 5.0
クチコミ投稿日:2015/02/14
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