デンマーク海軍第二次世界大戦中と戦後を象徴する艦船 先代はドイツに引渡しを拒否して自沈 本艦はバルト海の防衛をドイツ海軍と共同
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- 旅行時期:2014/07(約12年前)
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by kirstiNorgeさん(非公開)
コペンハーゲン クチコミ:10件
1.訪問の経緯
訪問する予定はなかったがコペンハーゲンの歴史博物館で案内書を見たことから訪問することとなった。 ここへはタクシーで行ったがタクシーの運転手でさえまだ一度も行ったことがなく、デンマーク人にさえ余り知られてないようである。 タクシーの運転手も今度は息子と来ると言っていた。
2.Holmen
実際に行ってみると船は古いレンガ造りの建物に囲まれた岸壁に係留され、船の近くにはマストの取り外しが可能な古いクレーンがあり、ここは帆船時代からの古い海軍基地であることが解る。
3.第二次大戦中のデンマーク海軍と艦船の自沈 AARBORGのSpringeren - Maritimt Oplevelsescenterでの先代Peder Skramの模型展示
1940年4月9日未明デンマークは宣戦を布告することなく、ドイツ軍に占領され、一定の範囲内での自治を行う許される。デンマークはサボタージュ又はストライキ等でドイツの占領に抵抗し続けたためにドイツはデンマーク政府の自治を制限し、占領を強化し、戒厳令を施行しようとした。デンマーク政府は秘密裏に、ドイツ軍にデンマーク艦艇が利用されないように、1943年8月29日各艦艇が自沈又は当時中立国のスウェーデンに脱出するように指示した。この結果多数の海軍艦艇が自沈した。AARBORGのSpringeren - Maritimt Oplevelsescenterには自沈した多くのデンマーク艦船の模型が展示され、その中にはPeder Skramの名の日本の戦艦三笠クラスの戦艦の模型がある。模型とともに自沈時の写真もあり、写真から現在のPeder Skramの係留場所北西にあるマストの取り外しが可能な古いクレーンの前で自沈したことが解る。このことは展示されているPeder Skramは二代目であり、デンマーク海軍が第二次世界大戦時の屈辱の歴史を風化させないために現在展示中のPeder Skramに同一艦船名を引き継がせたものと推定される。
4.展示艦船 と日本海上自衛隊の装備の比較から推定される目的の違い
デンマーク海軍は、艦船の装備から推定するにバルト海周辺及びユトランド半島周辺の沿岸防衛を主目的としているようである。これに対し、日本海上自衛隊はP3C対潜哨戒機とともに長いシーレーン防衛を目的としている。
5.Peder Skram乗船体験
入口で入場券を買い、乗船する。ガイドを頼むことができる。飲み物などの販売場はないが入場券売り場においてコーラは買うことができる。船内は完全に開放されており自由に歩き見て回ることができる。
私にとって興味深かったのは以下の点である。
a 魚雷発射管 日本では魚雷艇は廃艦されており、今、日本では魚雷の発射管を見ることができないので大変興味深い。
b ミサイル管制室 日本の海上自衛隊乗船体験ではこのミサイル管制室だけは決して見せることがないので古い設備とは言え、大変興味深い。
6.Peder Skramとは
15世紀に活躍したデンマークの将軍の名前である。同将軍はハンザ同盟からのコペンハーゲンを守ったと言われている。
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- 観光の所要時間:
- 半日
- アクセス:
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- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
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- 展示内容:
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クチコミ投稿日:2014/10/26
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