特にコンゴの内乱においては派遣軍の中で最大の兵員6000人以上を出し、多数の死者を出した。それ以降、スウェーデンは国連平和...
続きを読む維持活動の中では後方支援に徹するようになった。展示の中にコンゴの教訓として「平和維持活動はその国の住民が望んでいること以上のことは出来ない」すなわち住民が平和を求めてない状況の中で、いくら国連が介入しても何もできないとの記載があり私にとっては今後自衛隊がPKFへの派遣もあり得るかと思っているのでとても興味深かった。
ガイドツァーがありスウェーデン史に私は関心があったので参加した。参加者はスウェーデン人と思われる12-13歳くらいの少年一人。ガイドに私が途中から参加しても良いかと聞いたら参加しても良いとのことであり、途中から参加した。
多くの説明がスウェーデン語で書かれており、英語での説明が少ないため質問をした。
質問1. スウェーデンで最も尊敬されている国王は誰か
ガイドの回答はグスタフ2世アドルフではないか。
この回答をノルウェー人の友人に言ったら、グスタフ2世はリュッツェンの戦いで戦死したことになっているが、実は味方の裏切りによって殺されたとも言われている。
グスタフ2世は戦いばかり繰り返して、スウェーデンを疲弊させた悪い王ではないかと思うとのこと。
質問2. リンチェピングの血浴とは
博物館訪問の前日にリンチェピングに行ってきたばかりであったためリンチェピングの血浴とは何かをガイドに聞いてみた。
するとガイドと少年が議論となってストックホルムの血浴ではないかとの結論となった。
これをノルウェー人の友人に言ったら、リンチェピングではカトリック信者への粛清が行われており、多数の信者が殺されている。この説明ができないガイドはおかしい。
私がついでにストックホルムでグスタフ2世の宰相アクセル・オクセンシェルナの像を探して歩いたが結局見つからなかったと友人に言ったら、
ストックホルムまで行って宰相アクセル・オクセンシェルナの像を探して歩いた?
とあきれられた。
質問3 第二次世界大戦中フィンランドへのスウェーデン義勇軍派遣
階段の途中にプレートが貼り付けてあり、先程の少年に聞いたら、対ソ連戦フィンランドへ派遣されたスウェーデン人義勇軍の顕彰であるとのこと。
ノルウェー各地のレジスタンスミュージアムでは、第二次世界大戦中ドイツに協力してフィンランドで対ソ連戦に参加したノルウェー人は戦後処罰されたとの説明がある。
では何故スウェーデンでは第二次世界大戦中のフィンランド義勇軍が評価されているのかノルウェー人の友人に聞いてみた。
答えはフィンランドとの歴史的な関係である。フィンランドは一時スウェーデン王国の支配下にあり、スウェーデンとは密接な関係にあるとのこと。
スウェーデン軍の印 三つの王冠
これは何を意味するのか、ノルウェーの友人と議論になった。
私はカルマル同盟の三王国ではないか
友人の意見はスウェーデンの東部西部北部などの地方を示すのではないか。
日本帰国後の私の意見は三軍陸海空の印ではないかと思う。
閉じる
投稿日:2014/10/19