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「一寸法師」の「打出」と「小槌」伝説」の宝積寺(ほうしゃくじ) - 長岡京・向日  のクチコミ

「一寸法師」の「打出」と「小槌」伝説」の宝積寺(ほうしゃくじ)

満足度: 3.5

さすらいおじさんさん 写真

さすらいおじさんさん
男性 / 長岡京・向日のクチコミ : 11件
旅行時期 : 2009/11(約16年前)

宝積寺(ほうしゃくじ)は大山崎町の天王山中腹にある真言宗智山派の仏教寺院で724年、聖武天皇(しょうむ てんのう701?756年)の勅命を受けた行基(ぎょうき668?749年)による開基と伝えられている。行基は奈良時代に架橋、灌漑などの社会事業を行い、多くの寺を建てたと伝えられるが725年、淀川に「山崎橋」(山崎?橋本間)を架け宝積寺と川向こうを結んだといわれる。
723年、聖武天皇が文武天皇(もんむてんのう683?707年)の皇太子の時、夢に龍神が現れ授けられたという「打出」と「小槌」を祀ることから「宝寺」(たからでら)の別名があり、大黒天宝寺ともいわれる。この寺で修行したと伝えられるのが室町時代から江戸時代にかけて成立した御伽草子(おとぎぞうし)に登場する鬼を退治し「打出」と「小槌」を振ってもらって立派な若者になった「一寸法師」だ。豊臣秀吉(とよとみ ひでよし1536?1598年)が座して天下統一を考えたという「出世石」も残されている。1582年、天王山が豊臣秀吉と明智光秀(あけち みつひで1528?1582年)が戦った山崎の合戦の舞台となった際、宝積寺には秀吉の本陣が置かれ秀吉が勝利しその後天下を取った。秀吉は戦勝の礼に一夜で「三重の塔」を建立したと伝えられるが宝積寺の「打出」と「小槌」は秀吉に「運」も授けたようだ。
縁起が良い寺として古くから知られていたからだろう、著名人も多く参拝している。藤原定家(ふじわら の さだいえ1162?1241年) は「明月記」に1202年に宝積寺を訪れたことを記し、1864年には禁門の変で尊皇攘夷派の真木 保臣(まき やすおみ1813?1864年:真木和泉・まき いずみ)ら十七烈士の陣地がおかれた。
明治時代には夏目漱石(なつめ そうせき1867?1916年) が宝積寺や隣の大山崎山荘を訪れ「宝寺の隣に住んで桜哉」の句を残している。漱石も何か願かけをしたのだろうか、宝積寺は願い事をする人には魅力ある寺で現在も多くの参拝者が訪れている。

京都大山崎・宝寺のホームページ---http://www.eonet.ne.jp/~takaradera/
日本の旅 関西を歩く 京都、大山崎町の宝積寺:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10411616/
(写真は宝積寺の秀吉の寄進とされる三重の塔)


同行者
家族旅行
アクセス : 
1.5
阪急京都線大山崎駅、JR東海道本線山崎駅より天王山登山道を徒歩約10分
人混みの少なさ : 
4.0
見ごたえ : 
3.0
バリアフリー : 
1.5
話題性 : 
4.5
「打出」と「小槌」を祀ること「一寸法師」の寺

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