江戸時代、宿場の境界の西側の入口として町木戸があった跡
- 3.0
- 旅行時期:2023/11(約2年前)
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by RAINDANCEさん(男性)
嬉野温泉 クチコミ:13件
大正14年(1925年)創業の老舗旅館「嬉野温泉 大正屋」の脇にある「長崎街道嬉野湯宿西構口」という遺構です。何のこと?と思いましたが、江戸時代には「嬉野の宿場はこの範囲である」という明確な境界があり、その西側の入り口として木戸(町木戸)があったということらしい。「跡」ということなので遺構でもないのかな?ちょっとわかりにくい史跡です。
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 2.5
クチコミ投稿日:2024/02/09
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