【寛永寺根本中堂跡】江戸時代の寛永寺の中心堂宇があった場所
- 3.0
- 旅行時期:2022/04(約4年前)
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by g60_kibiyamaさん(男性)
上野・御徒町 クチコミ:66件
江戸時代、現在の上野公園のエリアは寛永寺の境内で堂塔伽藍が建ち並んでいました。現在でもわずかにその痕跡が残っています。竹の台噴水の南西側、ボードワン博士像の近くに「寛永寺根本中堂跡」の説明板があり、かつて寛永寺の中心的堂宇があったことが示されています。巨石がひとつだけあり、立ち入り禁止を示すロープが張り巡らされていたので、まさにその痕跡?と思ったのですが、さすがに不自然すぎと思い直しました。花見宴会禁止の意味合いなのかもしれません。
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.5
クチコミ投稿日:2022/07/02
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