悲恋の物語がありました。
- 4.0
- 旅行時期:2021/11(約4年前)
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by リラクマさん(女性)
耶馬溪・中津・玖珠 クチコミ:146件
この神社の奥に滝宮と呼ぶ石祠があり「小松女院奥都城」という霊域とされているそうです。時、975年(天延3年)の平安時代のこと、醍醐天皇の孫姫である小松女院は、豊後の国に配された恋人の笛の名手・清原正高少納言を追って、11人の侍女を伴って、遙々この地まで追ってきたそうです。三日月の滝の畔で出会った老樵(きこり)に少納言の消息を尋ねたら、すでに妻を娶っていることを聞かされます。失意の姫と侍女たちは手を携えて滝に身を投じてしまいました。後から、このことを聞いた正高卿は、小松女院らの御遺骸を引き揚げ、御墓所を作り鎮魂をしたそうです。それが滝宮という訳です。境内には境内社の中でも一段と大きい老樵堂がありました。後でこの事を知った老樵は身につまされ、同じくこの瀧に入水したそうです。この御堂はその老樵を祀っているとのことです。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2022/05/25
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