明治6年の火葬禁止令による土葬墓地需要からつくられ、極東軍事裁判の遺物も発見された。
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- 旅行時期:2021/06(約5年前)
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by ワンダラーさん(男性)
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雑司ヶ谷墓地は、明治6年に国家神道派が仏教的な火葬を禁止させた火葬禁止令による土葬墓地需要を満たすためにつくられたという。火葬禁止令は2年で廃止されたようだが。
有名人の墓も多く、夏目漱石、ジョン万次郎、小泉八雲、島村抱月、竹久夢二、泉鏡花、永井荷風、などが眠っているとされる。お墓巡りの人も多いと聞く。
最近、「極東軍事裁判で絞首刑にされたA級戦犯7名の遺灰は米軍機で太平洋に散骨された。」という公文書発見が報道された。(殉国者として祀られないようにするためであろうと想像する。)
極東軍事裁判のA級戦犯といえば、代表的に言われるのが東條英機で、そのお墓も雑司ヶ谷墓地にあるというが、当然に遺骨は入っていないはずだ。
極東軍事裁判といえば、 上坂 冬子著『巣鴨プリズン13号鉄扉』が有名で、霊園のすぐ北西にあった巣鴨プリズンのBC級戦犯も含めた処刑場入口の13号鉄扉が、その象徴とされている。
霊園内を歩きながら、その巣鴨プリズン13号(A)鉄扉は、解体廃棄されたはずだったが、一時期、雑司ヶ谷霊園内に放棄されていたという新聞報道を読んだ記憶が浮かんだ。
改めて調べると、錆びた鉄扉は長く法務省で保管(矯正研修所から国際法務総合センター)されているらしいが、火葬禁止令のドタバタからも、13号鉄扉からも、日本のお役所らしさを感じる。
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- 利用した際の同行者:
- 一人旅
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クチコミ投稿日:2021/06/08
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