思いの外、旧長崎街道は細いです。
- 4.0
- 旅行時期:2020/10(約5年前)
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by リラクマさん(女性)
門司・関門海峡 クチコミ:55件
大里(だいり)は、元々の字は内裏です。これは1183年(寿永2年)に、一時、安徳天皇の御所が置かれたことからです。古来から人の通行の多いところで、平家の西国下行時には、寂しいところに辿り着いたというよりも、旅路の途中の様な感じだったのではないでしょうか。時は下って、門司赤煉瓦プレイスの門司麦酒煉瓦館(事務棟)と赤煉瓦交流館(倉庫)の間の細い道は「長崎街道」と呼ばれる様になり、この辺りには豊前大里宿が設けられました。その石碑が赤煉瓦交流館(倉庫)横に建っています。江戸時代の参勤交代の際には、九州の諸大名の何藩かはこの近くから船を仕立てたとのことです。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2020/12/06
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