町庄屋を勤めていた竹原屋の屋敷
- 3.5
- 旅行時期:2020/01(約6年前)
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by たびたびさん(男性)
大崎下島・豊島・下蒲刈島 クチコミ:48件
御手洗七卿落遺跡は、御手洗地区の中心部。文久3年(1863年)、公武合体派による八月十八日の政変で失脚した尊王攘夷派の7人の公家が京都から長州藩へと落ち延びたのが七卿落。翌年、蛤御門の変で長州藩が勢力を回復すると見て都に向かいましたが、長州藩の敗北を知り引き返します。その途中5名が宿泊したのがここ町庄屋を勤めていた竹原屋の屋敷。母屋の表にこうした経緯が詳しく紹介してありました。建物の中には入れませんが、裏手の庭が穏やかな趣きです。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2020/10/23
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