爆死は嘘
- 4.5
- 旅行時期:2020/05(約6年前)
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by bluejaysさん(男性)
信貴山 クチコミ:1件
信貴山下駅からバスで行くのがよい。信貴大橋バス停で降りて、空鉢護法堂を目指して登る。多宝塔までは傾斜が緩くて楽だが、そこを過ぎると急速に傾斜がきつくなる。
最も高いところに空鉢護法堂があり、そこに安土城天守のモデルになった四重の天守があったと考えられている。「信貴山城跡」の碑が建っているのはその下の郭で、非常に狭い。熊蜂が非常に多い。
主郭を下ったところに松永屋敷跡の碑がある。林の中を歩くので非常にわかりにくいが、鉄パイプで造られた階段を目印にすると迷わない。
信貴山には古くから砦が築かれてきたが、木沢長政が1536年に本格的に築城した。彼が三好長慶に敗れると、その後松永久秀が入り、本格的な山城として改修した。
久秀は1577年、織田信長に背いて攻撃されたとき、平蜘蛛の茶釜を渡せば命は助けると言われたのを拒否して、平蜘蛛を砕き城に火をかけ切腹したと記録されている。彼が平蜘蛛に火薬を詰め、これを抱いて爆死したという風説は、20世紀に広まったもので事実ではない。今も残る彼の墓には、彼の遺体が埋葬されている。
- 施設の満足度
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4.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2020/09/15
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