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品川弥二郎は、駐独公使、農商務大輔などを歴任し、松方内閣の内務大臣となりました

  • 3.5
  • 旅行時期:2018/03(約6年前)
さいたまさん

by さいたまさん(男性)

市ヶ谷 クチコミ:71件

品川弥二郎の銅像は、九段坂・牛ケ淵のお濠沿いの九段坂公園内にあります。
品川弥二郎の銅像は、上野の西郷隆盛像や皇居前の楠木正成像の制作で知られる高村光雲が監督してされたもので、建設に当たった者は、西郷従道等でした。
品川弥二郎は、長州藩で生まれ、15歳で、松下村塾に入門、その後、長州藩士として尊皇攘夷運動等に活躍、京都で倒幕運動に奔走しました。
維新後、戦争視察のため欧州に派遣され、留学のためロンドンに、その後も軍事を学ぶため兵部省からドイツに派遣され、政治や経済を学びました。
駐独公使、農商務大輔(次官)などを歴任し、子爵に任ぜられました。
松方内閣の内務大臣となりましが松方の命を受け、強力な選挙干渉を行い引責辞任を余儀なくされました。
晩年は、吉田松陰の遺志を継ぎ、京都に尊攘堂を創設し、勤王志士の霊を祀るとともに、志士の史料を収集しました。
銅像は、立派なものであり、衆人の高い評価を集めています。
特に、銅像自体に威厳を感じさせるとともに、胸を張って自信を覗かせるような風貌は、長州征伐の逆境を跳ね返すような意志の強さを醸し出しています。
しかしながら、明治維新の背景にある薩長の間の関係を思い図ることを忘れてはならないと感じた部分もあります。さらなる勉強をしたいと思った訪問でした。

施設の満足度

3.5

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
4.0
人混みの少なさ:
3.0
バリアフリー:
3.0
見ごたえ:
3.0

クチコミ投稿日:2018/03/19

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