鶯谷の下谷にある感應寺は、号を宝塔山といい、日純が開山となり、小田原に創建され、その後、下谷に移転しました。
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- 旅行時期:2016/10(約9年前)
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by さいたまさん(男性)
上野・御徒町 クチコミ:136件
鶯谷の下谷にある感應寺は、号を宝塔山といい、日純が開山となり、小田原に創建され、その後、下谷に移転しました。
感應寺の門柱に大黒天の表札が掲げられているとおり、境内に大黒堂があります。
大黒天は、シバ神の化身として戦闘を司る神で、元々の形相は忿怒相だったようです。
一方、インドでは寺院の台所に食べ物の神として祀られたといい、その風潮が日本にも伝わり、鎌倉時代後半から次第に福の神としての性格を強めていき、やがて神仏習合思想によって大国主神と同一視されて庶民の信仰を集めました。
大黒天については、名前だけしか聞いていなかったため、感應寺の大黒天の由来を聞くことができ、とても有意義でした。
特に、日本において、大国主命との関連で、福の神として信仰を集めたとのことは、特筆されるべき経緯と認識できました。大変、勉強になりました。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2016/12/28
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