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豊見城市城跡公園

公園・植物園

豊見城市城跡公園 施設情報・クチコミに戻る

閉園中ではありますが、特定の日は入れるのかも知れません…。

  • 5.0
  • 旅行時期:2016/06(約10年前)
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)

糸満・ひめゆり クチコミ:207件

豊見城城址公園、三山時代の15世紀頃に後の南山王となる汪応祖の手により漫湖沿岸の高台に築いたグスク(城)が発祥とされています。しばらく豊見城按司の居城として栄えたものの、三山統一の戦いの過程に於いて中山王尚巴志の攻撃を受けて1429年に落城し、南山は滅びたとされています。

1719年には尚敬王の冊封副使として来琉した徐葆光が漢詩に詠み、1853年に琉球に来航したペリー艦立ち寄った記録が残されています。三重の郭からなるグスクは五つの城門があったと言われており、城内には水や雨を司る龍神が祀られている豊見瀬嶽(とみせうたき)があり、約300年前には竜舟競渡や雨乞いなどの儀式が行なわれたとの記録が残っています。しかし沖縄戦によって城郭は破壊され、昭和30年代まで残って城壁や石門も豊見城城跡公園の整備のためほとんどの遺構を失ったそうです。

その後平成15(2003)年9月30日付で城跡公園は閉園となり、その後長きに渡って放置されていました。年に一度だけ?ハーリー由来祭り?が豊見御嶽で開催される聖域だという表記が多いものの、近年?空手道場?としての再開発事業が始まりました。それに伴うのかどうなのかはわかりませんが、6月23日の?慰霊の日?には慰霊祭が執り行われることにより部分的な立ち入りが可能だということが書かれています。公的機関を含め問い合わせ先は記載されておらず、現地確認を行ったに過ぎないものの、工事現場入り口には確かに参拝者向けの案内が書かれていました。

既に?豊見城城跡公園?と書かれていた看板は取り外されており、一見するだけではこの場所が城跡公園跡だということもわからなくなっています。
戦時中この地には第24師団第二野戦病院壕が掘られ、ふじ(積徳)学徒隊が看護補助要員として従軍していた場所でした。昭和57(1982)年に慰霊碑が建立されるにあたり壕内も整備され往時を偲ぶことができる貴重な場所のひとつでした。しかし城跡公園の閉鎖によりそれも不可能となり、13年もの間ほとんど整地もされぬまま荒れ放題になっていることは残念に思います。豊見城市としては戦争遺構として残したい考えはあるようなので、一日も早い再開を望む次第です。

公園だった遺構も多々残ってはいますが、やはりとよみ大橋や漫湖を望む景色はしばし見惚れるくらい魅力のあるものでした。

施設の満足度

5.0

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
5.0
旧海軍司令部壕から車で5分。
人混みの少なさ:
5.0
人影は見えませんでした。
バリアフリー:
3.0
足元はあまりよくはありません。
見ごたえ:
5.0
本当にくることができて感動してしまいました。

クチコミ投稿日:2016/06/30

いいね!:8

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