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第24師団第二野戦病院壕

名所・史跡

第24師団第二野戦病院壕 施設情報・クチコミに戻る

間違いなく学徒はいました。

  • 5.0
  • 旅行時期:2016/06(約10年前)
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)

糸満・ひめゆり クチコミ:207件

現在閉鎖中の豊見城城跡公園。その敷地内には沖縄戦末期に第24師団第2野戦病院壕が構築され、私立積徳高等女学校生徒から構成された?ふじ(積徳)学徒看護隊?25名が配属されました。昭和20(1945)年3月23日の沖縄に於ける地上戦が始まる寸前に看護補助要員として配属となり、沖縄戦が始まると前線から毎日多くの重傷を負った傷病兵が絶え間なく送られてくるようになり、休む暇もなく看護業務にあたりました。

5月下旬には戦況の悪化とともに首里に置かれていた第32軍司令部が南部に撤退し、それに伴って野戦病院も南部に撤退、糸洲の壕に入ることになります。

僅か2ヶ月の野戦病院壕ではあったものの、その後の学徒隊や野戦病院の運命を担った重要な場所であったことには違いありません。数の問題ではないことはわかっていても、多くの犠牲者を出した学徒隊の中で3名だった?ふじ(積徳)学徒隊?。戦後生存者が語ることをされなかったこともあり、話題にのぼるようになったのもつい最近のことだと聞いています。

平成15(2003)年9月に豊見城城跡公園が閉園となり、慰霊碑が建立された昭和57(1982)年に整備された野戦病院壕も10余年もの間放置されたおり、一見した限りではとても入壕出来るような状態ではありませんでした。口コミで知った?慰霊の日の部分開放?の情報に基いて回りましたが、どこまで許可をされているのかはわからないところもあります。

城址公園跡地には現在空手道場の建設が進んでいます。豊見城市の予定では旧海軍司令部壕とともに市内の主要戦跡として保存を進め、平和学習の一端を担うようにする旨が発表されており、見るからに危険そうな第24師団第二野戦病院壕が再び?戦争を考える者?の学習の場となって復帰して欲しい…そんな風に思いました。

施設の満足度

5.0

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
5.0
旧海軍司令部壕から車で5分程。
人混みの少なさ:
5.0
人が訪れている気配はありません。
バリアフリー:
3.0
舗装はしてありませんでした。
見ごたえ:
5.0
入口から覗いたでも重い雰囲気が伺えます。

クチコミ投稿日:2016/06/30

いいね!:14

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