亀甲型奥津城(きっこうがたおくつき)という沖縄古来の墓形状をしている慰霊碑です。
- 5.0
- 旅行時期:2016/05(約10年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
糸満・ひめゆり クチコミ:207件
第二次世界大戦中、現パプアニューギニアのブーゲンビル島を中心とするソロモン群島地域に於いて戦没された沖縄出身の将兵3,800余柱の御霊を祀るため建立されました。熊本県の遺骨収集団に沖縄県遺族会からも二名参加して、20年余りの悲願であった遺骨収集を叶えることができたと書かれていました。そして肉親縁者が待ちわびるこの沖縄、なかでも多くの犠牲者を出した激戦地摩文仁の丘に亀甲型奥津城を建立し、永久に御霊を慰め世界平和を祈りつつ昭和40年9月6日に遺骨を合祀したそうです。
奥津城というと神道のお墓という注釈が入ります。元来沖縄に神道が持ち込まれたのは明治以降のこととされています。このあたりの話がどのように絡んでいるのかはわかりません。亀甲墓というものは勿論わかるものの、なぜ奥津城の名称が加えられたのかは少し興味のある話ではあります。
ブーゲンビル島では海軍主計士官の活躍で、下士官や一般兵卒・地域住民と調和を図り食物の増産を含め、良好な人間関係を築いていたことはよく知られている話です。沖縄では語られない話ゆえ、組織ではなく人は人なのだと手を合わせながら物思いに耽ってしまいました。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 平和記念公園駐車場から徒歩30分。
- バリアフリー:
- 3.0
- 地道です。
- 見ごたえ:
- 4.5
- 他の慰霊碑のような派手さはありません。
クチコミ投稿日:2016/06/08
いいね!:10票
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