かつて広大な境内を有した、寛永寺
- 4.0
- 旅行時期:2015/06(約11年前)
-
-
by sio爺さん(男性)
上野・御徒町 クチコミ:29件
寛永寺の境内地は、かつて約30万坪に及び根本中堂のほか、清水観音堂、不忍池弁天堂、五重塔、開山道などの伽藍が競い建っていたそうだ。ところが戊辰戦争で戦場と化し、全山の大部分が灰燼に帰し、明治政府によって境内地は没収されたそうだ。しかし明治12年、寛永寺の復興が認められ、現在地に本地堂を移築して根本中堂として再建された。今回、寛永寺の諸堂を参拝するにあたって、JR鶯谷駅で降りて寛永寺根本中堂に行き、上野公園を不忍池方面に向かうコースを考えた。ただし道順はわからないので、駅員さんに教えてもらった通りに、駅を出て線路沿いを左に進み、橋を渡ってそのまま進むと寛永寺通用門に辿り着いた。霧雨が降っている早朝で、境内は空手の練習をされている方が2~3名いるほかはほとんど誰もいなかった。辺りは静寂に包まれた中、根本中堂を静かに参拝した。
- 施設の満足度
-
4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2015/06/18
いいね!:7票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する