昔ながら激ウマ 藁納豆!!
- 4.0
- 旅行時期:2015/04(約11年前)
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by After9さん(男性)
水戸 クチコミ:1件
調べによれば納豆の起源は紀元前の弥生時代だとか、奈良時代に中国からやってきたなどの説がある・・・
また昔話の伝説では永和3年(1083)に、八幡太郎(源 義家)とその軍勢が水戸に泊まった時に、家来が馬の飼料に作った煮豆の残りをわらで包んでおいたら煮豆が自然発酵し、食べてみたらウマいと言うことで将軍にも気に入られ納めるようになった納豆!
将軍に「納めた豆」=納豆となったと言われているそうな~・・・
さて、茨城の水戸の名物が言わずと知れた「水戸納豆」!
その水戸納豆もいろいろ食べてみたが、僕のおススメが水戸納豆のルーツである 天狗納豆 という水戸納豆のブランドで昔ながらの製法と味を継承しているわら納豆!
いつも買う天狗納豆は赤いタグで5本入りだが、我が家の冷蔵庫には納豆がまだあるので、今回は緑のタグの3本入りを購入!
ちなみに、納豆が食べれない大阪出身の人にもオススメして納豆好きにさせたのもこの天狗納豆!!
スーパーなどで売られる丸いパックの納豆は1パック30g、四角い容器で40gだが、藁1本に包まれる70gのわら納豆はおよそ2人前!
藁を縛っている紐を解いて藁をめくれば豆の色の茶褐色が濃い超小粒の納豆がお目見え!
スーパーで売られている納豆とは色も違えば食感も違うのがこの天狗納豆だ!!
しっかりとした歯ごたえのある食感でかめばかむほど豆の濃いウマ身が溢れ出る!!
そして、最大の特徴はわらの風味が口に残る後味が最高にウマウマ!!
風味がたまらない絶品である!・・・一般的なパックの納豆とは一線を画す!!
この水戸の天狗納豆のルーツの話から!
水戸納豆の歴史は天狗納豆の創業者「笹沼清左衛門(1854~1920)」!
明治維新の激流の中、茨城が小粒大豆の産地である好条件を生かし、清左衛門は明治17年(1884)納豆の商品化を考え仙台で製造技術を学び試行錯誤の末、明治22年(1889年)清左衛門は納豆製造を開始!
水戸駅開業に合わせて駅前広場でわら納豆を売り出す!
商品名として幕末維新の魁となった「水戸天狗党」から、「天狗納豆」と名付けられ観光客にその独特な小粒の納豆が好評を得て水戸の小粒納豆の評判が広まり名物となる!
この水戸元祖は、その天狗納豆清左衛門の息子の次男の笹沼辰蔵によるもので、明治43年(1910年)に初代としてもう一つの天狗納豆製造を創業!
天狗納豆の看板が分かれたのもこのころ思われる・・・
戦後の昭和20年以降は2代目笹沼敏衛へと受け継がれて行った!(現在は3代目:笹沼重二)!
そして、明治22年から受け継がれてきた天狗納豆総本家としては昭和20年以降、終戦の焼け野原から立ち上がり、(現 水戸天狗納豆 笹沼五郎商店)1945年に笹沼五郎(長男?)が継承!
水戸の名産物となった笹沼清左衛門の魂を受け継ぐ小粒納豆の味と伝統を正統な形でそれぞれ2つの天狗納豆に「天狗納豆総本家 笹沼五郎商店」と「水戸元祖 天狗納豆」に受け継がれたのだ!
総本家は頂いた事ないが元祖水戸納豆の天狗は最強極ウマの納豆に違いないでしょう!!
この天狗納豆は古来の藁納豆はもちろん、納豆のウマさを追及し続けてます!!
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
クチコミ投稿日:2015/04/28
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