「普門寺城」と呼ばれた臨済宗妙心寺派の寺院普門寺(ふもんじ)
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- 旅行時期:2012/03(約14年前)
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by さすらいおじさんさん(男性)
高槻・島本 クチコミ:45件
高槻市中心部の南西に位置する富田町は1476年蓮如によって富田道場が創建されて以来一向宗派一門の拠点として発展し寺内町を形成していた。全国各地の一向宗勢力は時の領主と対立する一大勢力となり、富田も細川勝元(ほそかわかつもと1430−1473年)との一向一揆の戦いによって焼き払われてしまうが細川氏と本願寺の和解によって教行寺(富田御坊)が再興された。
富田町には臨済宗妙心寺派の寺院普門寺(ふもんじ)がある。
普門寺は1390年創建されたと伝えられるが1561年に元管領・細川晴元細川晴元(ほそかわ・はるもと1514−1563年).を隠居させるため城郭として築城され「普門寺城」と呼ばれ14代将軍足利義栄(あしかが よしひで1538−1568年)の居城になったことで知られる。
信長、秀吉の時代になると「富田東岡宿」として楽市・楽座と公事免許が補償され、寺内町、宿場町、市場町の機能を合わせ持つ町として発展した。
- 施設の満足度
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3.5
- アクセス:
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- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2013/03/25
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