百済からの先進技術伝来を証明するつるのはし跡公園
- 3.5
- 旅行時期:2009/08(約16年前)
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by さすらいおじさんさん(男性)
ミナミ(難波・天王寺) クチコミ:214件
古代・仁徳天皇の時代に、多くの百済からの渡来人が住む地を「百済郡」と呼んでいたが渡来人がブタ(猪)を飼う技術を持っていたことから「猪飼野(いかいの)」と呼ぶようになったとのこと。渡来人の優れた技術により、文献上日本最古の橋が「百済川」(現在の平野川)に架けられ、通称「つるのはし」と呼ばれたことが現在の「鶴橋」の地名になったそうだ。
ツルがよく飛来したので「つるのはし」と呼んだそうで全長約36m、幅約2mの古代では大きな板橋だった。1940年に旧平野川が埋め立てられ道路になり、1997年に橋があった近くにつるのはし跡公園が作られている。公園には顕彰碑や「しのぶれど 人はそれぞと 御津の浦に 渡り初めにし ゐかい津の橋」という小野小町(おの の こまち825年頃−900年頃)がつるのはしを渡ったとき詠んだと言われる歌碑などが建てられている。つるのはし跡は百済から多くの先進技術が伝来したことを証明するひとつだ。
大阪環状線・桃谷駅を東へ徒歩5分.
- 施設の満足度
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3.5
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2013/01/08
いいね!:2票
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